拾
擦り足で、間合いを詰める。
【糸游】を使い間合いを、狂わせるのが目的だった。
どんな事情で在っても、人間を殺す訳にはいかない。刀だけを砕けば、其れで良かった。
魔徒を討つ。其れが己の使命だ。
人間を護る。
其の想いに、反する真似はしない。
戎三の放つ斬撃は、空を切っていた。既に自分は、背後を取っている。
「見事だ!」
叫ぶ戎三。
腹に鈍い痛みが走っていた。
一瞬、何が起きたのかが理解らなかった。
戎三は己の腹を貫いて、攻撃してきたのだ。其の捨て身の奇襲を、全く予測していなかった。
「不味いわよ、羅刹。彼が魔徒と同化したわ」
羅刹は後ろに退がっていた。
「其れに……己を殺した事に縒り、鬼神化したわ」
戎三の傷が癒えていく。
「気を付けて。彼の能力は《練磨》よ。既に貴方の技は、学習されてしまっている」
「戦騎を喚装しろ!」
叫ぶ戎三。
鬼神化しても、其の姿が変わっていない。
そういう手合いは、決まって強い。
「何故、魔徒に身を委ねた?」
「言っただろう。俺は、本気のお前と戦いたい!」
戎三は、斬り掛かって来た。
戦騎を喚装して、籠手で受けた。
短剣を、刀に変化させて斬撃を放った。
「お前ならば、騎士に成る道も在った筈だ!」
極界の炎を、身に纏う。
「正義の味方は、性に合わん!」
《糸游》を繰りながら、刃を放つ。上下に打ち分けながら、隙を窺う。
だが、隙など微塵も見出せなかった。
「俺も同じだ。だが、今は護りたい者が居る!」
先程、戎三が見せた蓮華を放つ。
三連撃目に、刀を合わせて来る戎三。
「そして……其の存在が、俺を強くする!」
更に身体を回転させて、鞘で刀を打った。炎の出力を、刀に集中させて五連撃目の斬撃を放った。
「見事だ。最早、一分の悔いも無い!」
炎の斬撃を受けて、戎三の身体は燃えていた。
本当に強い相手だった。無聊を携えて掛かった己を、恥じなければ為らない。此の傷は、其の報いだ。薄れる意識の中、煌めく一陣の暉を見た。其れは戎三が放つ最期の暉だ。灰に成りながら、全霊の剣で斬り掛かって来ている。
既に戦騎の喚装は解いていたが、問題は無い。
「誠にッ……天晴だッ!!」
放たれた短剣を胸に受けて、戎三の身体は灰燼に帰した。
——爪倉戎三。其の強き者の名を、確りと心に刻み込んで短剣を鞘に納める。
「……糞。思ったよりも、傷が深い」
眩暈がして、膝を着く羅刹。腹部が血に染まっている。其の出血量は、尋常ではなかった。此の儘では不味い。
息が荒れている。身体に力が入らない。血と汗にへばり附く衣服が、異様に重い。脱力が全身を襲う。血に伏せば、途端に意識を失うだろう。抗い切れぬ睡魔が、曾て経験した死を誘う。
意識が薄れて往く。
此の儘では、不味かった。眠れば、確実に死ぬ。自分は未だ死ねない。漸く見えて来た光を、護りたい。
刹那を、守護りたい。こんな処で、死ねる訳が無かった。
何処か遠くで、声がした。
自分を呼ぶ其の声が、とても温かくて心地良かった。気付けば、地に伏していた。
温かい暉が、身体に触れている。意識が甘やかな微睡みに墜ちて、溶け込んでいった。




