捌
日が暮れる中を、刹那は家路についていた。
今朝の少年の姿が、不意に頭を過ぎる。不思議な少年だった。
彼は一体、何者なのだろうか。
幼い頃、刹那は不思議な場所に迷い込んだ。其の場所は、深い霧に包まれた森の中だ。幼いながらにも、危険な場所で在る事を理解していた。
刹那には、生まれつき危険を予期する能力が備わっている。大抵の場合は危機と遭遇する前に、無意識の内に回避していた。しかし其の時はどういう訳か、最も危険な場所に迷い込んでしまっていた。
気が付くと周りを、怪物達が取り囲んでいた。唸りを上げ、自分を見定める怪物達。彼等が何者なのかは、刹那には解らない。只、死を覚悟する事しか出来ない。
目を閉じて、死を迎え入れ様とした時で在る。
光の騎士が、自分を救ったのだ。
少年の雰囲気が、何処か光の騎士と似ている。
けれど、少年の目には深い闇が潜んでいる気がした。
彼は何者なのだろう。
刹那は心の中で、問い掛ける。
日が暮れる中を、歩いた。そしてふと、歩みを止めた。何故だか解らないが、何か良くない物が迫って来ている様な気がした。
危機が迫っている。瞬間的に、刹那は理解した。半年程前から、此の町には殺人鬼が出没する様に為った。一家惨殺事件を皮切りに、複数件の事件が起きている。被害者は何れも刹那と似た年の少女ばかりだった。
何かが直ぐ近くに居る。全身を迸る悪寒。突き抜ける恐怖が、冷やかに、刹那の脳裏に『死』を浮かび上がらせていた。
不意に、刹那は振り返っていた。
「有紀ぃぃー!」
奇形の顔の男が、彫刻刀を持って襲い掛かっていた。振り翳された彫刻刀を、刹那に目掛けて振り下ろす男。逃げられない事を、刹那は悟っていた。無慈悲に肌を焼く緊張感が、身体を強張らせて往く。
次いで鳴り響く金属音。黒い影が、刹那の視界を遮った。
今朝の少年が、二人の間を割って入っている。其の瞬間、不思議な事に、刹那は安堵していた。
少年が短剣で、男の彫刻刀を受ける。少年が男を蹴り衝けた。
後方へと飛ぶ男。
瞬く間の出来事だった為、何が起きたのかが理解できないでいた。けれど、少年が自分を護ってくれていると謂う事だけは、理解った。
「逃げろ!」
謂い放つ少年。
唖然とした様子の刹那。
構わず少年は、男との距離を詰める。
短剣を振り下ろし、男を斬った。
「小僧、矢張り戦騎騎士だったか!」
男の声は、不気味なまでに低かった。全身の肌を逆撫でする様な不快感が、刹那の心に纏わり附いていた。
肩を斬られたにも関わらず、男から血は流れなかった。
「為らば、殺してやる!」
男の全身が、膨れ上がる。どす黒く染まった皮膚を、昆虫の様な甲殻が覆う。
怪物の姿へと変貌する。其れは曾て見た化物と類似していた。
「タリム、喚装だ!」
少年の叫びと共に、光に包まれた鎧が出現する。純白の鎧には、鷹のレリーフが刻まれていた。
鎧を纏った少年の姿が、光の騎士と被り、刹那は驚愕する。
とても美しい其の鎧に、目を奪われていた。
刹那は一歩も、動けないでいた。
只々、騎士の姿に心を奪われている。




