弐
深淵よりも更に深く濃い闇が、何処までも広がっていた。果ての無い、何処までも終わりの無い終焉の闇。
何者にも抗う事の出来ない闇。何者にも抜け出す事が叶わぬ闇。其れは、極界の在る場所に存在していた。【闇の牢獄】の中を、一人の少年が囚われている。四百年近くも、底知れぬ闇の中で過ごしている。
常人ならば、完全に自我を喪い無に帰している。けれども、其の少年は違った。深い怨みを懐いていた。
深い悲しみも又、抱いていた。其の想いに引かれる様に、囁く声が在った。
四百年もの時間を、自我を喪わずに居られたのは、其の声のお陰だった。声は少年に、知恵を授けた。戦騎に附いて、魔徒に附いて、天界や極界に附いて。様々な知識を与えて、力の使い方を授けた。時には曾ての英雄の話しも語り継いだ。声には幾千もの知識が在る。少年には、果ての無い時が在る。語る言葉も時間も、尽きる事が無い。其れが、少年に取って救いと成った。
少年は声と共に、牢獄を抜けだす術を探した。どうしても、此処を抜け出したかったのだ。何としても、現世に舞い戻りたい。
晴らしたい想いが、少年には在ったのだ。曾ての友が、戦騎騎士として蘇っている。自分が【闇の牢獄】に投獄される前に、其の事実を知っていた。閻魔大王が、其の判決を下したのを少年は見ていたのだ。憎悪が弾ける様に、心を粉砕しようとしていた。四百年の時の中で、共に対する想いは更に深く成っていた。
必ず現世に舞い戻って、曾ての友を自らの手で討つ。
其の想いが、四百年の間に何かを産み出していた。
産まれたばかりの其れは、神と呼ぶには余りにも幼かった。けれども、其の力は絶大だった。神の力を以ってすれば、此処を出る事が出来る。声がそう、教えてくれた。
少年は、神と契約していた。
己の産み出した禍神と契約した事に縒り、少年は《禍人の血族》と成った。尤も産まれたての神には、《地の掟》も《血の定め》も課すだけの知恵は無い。
声が少年に囁いた。
——間もなく【闇の牢獄】は破られる。
【闇の牢獄】に幽閉されているのは、少年だけでは無い。直接には彼等と話した事は無いが、声を通じて其の存在は知らされていた。そして彼等が、禍神と契約していた事も知らされた。彼等は少年と違って、強大な力を有している。禍神を通じて【闇の牢獄】を破る為の力を錬成している。声が全て、手引きしてくれている。
現世に舞い戻る術が間も無く整う事を知って、少年は深い闇の中で笑った。




