壱
強く成りたかった。
誰よりも、強く成りたかった。其の一心で修練を積み、己を研磨する。身体を鍛え只々、一向に強さを求める。武に身を置く者は、本来そう在るべきだ。
幼い頃から、爪倉戎三は武の道を歩んできた。江戸時代から在る流派の家に生まれ、弟と共に技を磨いてきた。其の弟は悪を討つ為に、警察官の道を選んだ。
其の一方で、戎三は強さを求め続けた。修練を積む程に、強く成る。其れを実感するには、実戦しか無い。様々な門派を叩いては、己が力を振るった。ボクシング、空手、ムエタイ、柔道、レスリング。其の他のあらゆる格闘技を相手にして来た結果、国内で戎三に勝てる者は居なく成った。
更なる強敵を求めて、世界を渡った。素手だけでは無い。刃物、鈍器、果ては銃火器ですら相手にした。其れも多対壱での闘いが多く、常に利は相手側に在る状況。けれども全力を振るえる相手には、一度として巡り逢えなかった。
戎三は強く成り過ぎていたのだ。一体、どれ程の力を習得したのかが、解らない。全力を振るう相手が居ないのだから、己の底を測り得ないのだ。
「おい、オッサン。何見てんだよ?」
若い盛りのチンピラ風情が三人、戎三を囲む様にして見ていた。皆、一様に柄が悪い。人気の無い裏路地で、華奢な女に不埒な行為を働こうとしていた。全く、反吐が出る。
「助けて下さいっ……お願いします!」
半裸姿の女が、涙を浮かべて懇願していた。
男の一人が、女を抑え付けて離さない。
白昼から、堂々と恥知らずな輩で在った。全く見知らぬ女で在ったし、正義の味方振る気は毛頭ない。だが其れでも、見過ごす訳には往かない。
「あ〜……在れだ。お前達、怪我をする前に女を、離してやりなさい」
欠伸を噛み殺して、戎三は男達に忠告した。隙だらけの男達。制圧するのは、赤子の首を捻る程に容易い。
「嘗めてんのか、てめぇっ!」
戎三の胸座を掴む男。
其の行為が如何に愚かで在るかも知らずに、粋がる小童。余り滑稽過ぎて、笑いが込み上げていた。
「何笑ってやがんだ、てめぇ……っ!」
間接に逸る様にして、男の腕を捻って遣る。大した力は入れていない。
「痛でっ……痛でぇ!」
苦悶に顔を歪めながら、男は酷く情けない表情を浮かべていた。男で在る為らば、如何なる時で在っても、そんな顔を見せては為らない。
戎三は何の躊躇いもなく、男の腕を折った。短い悲鳴。情けない声だ。骨の音が、枯れ木の様に軽い。栄養不足なのか、骨密度が低い。間髪入れずに、顔面に拳を叩き込んだ。鼻骨もスカスカなのか、容易く破砕できた。最近の若者は、見掛けだけで軟弱で在る。簡単に壊れてしまう。
力なく倒れる男。地に伏しながら、何やら呻いている。残る二人が呆気に取られた表情で、此方を見ていた。擦り足で間合いを詰めて、女を抑え付けている男に寄る。耳を狙って、ゆっくりと手刀を放った。
小指と中指で挟み込んで、耳を引っ張ってやる。大きく体勢を崩して、女を離していた。肩から体をぶつけると、あっさりと倒れた。
思いっきり、顔面を踏み付ける。
歯が砕け散るのが、足の裏に伝わる感触から解った。蛙の潰れた様な悲鳴を上げる男。全く、情けない奴だ。悪に染まるなら、端から覚悟を決めておくべきだ。今更、後悔しても遅い。
残る男が、鉄パイプで殴り掛かっていた。其の表情は既に、恐怖に染まっている。大抵の人間は恐怖すると、武器に頼ろうとする。
どんな獲物でも、間合いの内側に入ってしまえば無力と化す。男の懐に潜り込んで、襟と袖を外側から掴んで投げ飛ばした。逆関節を取って、踏み付けると容易に骨が折れた。此の男も骨がスカスカで在る。全く、貧弱極まり無い。
女を見ると恐怖に顔を歪めて、小便を漏らしていた。
「つまらん……」
強い相手と闘いたい。己の力を存分に、振るってみたい。心の奥底から沸き起こる願望を、満たしてくれる相手が欲しい。無聊を提げて生きる日々に、辟易としていた。死闘の末に、全力を尽くしてみたい。
戎三は一度として、全力で戦った事が無かった。未だ見ぬ強敵に想いを馳せ、常に苦慮を寄せている。決して満たされぬ想いで在る。強さに惹かれ、強さを求めた。強き者を求めて、渇きと飢えを感じている。
戎三は強く成り過ぎていた。
女を残して、立ち去った。




