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漆
幸男は困惑していた。
母を殺し、永井を殺した。其の結果、晴れやかな気分に為れていた。
其の後、工場の連中も鏖にした。殺せば殺す程に、己の殺意は大きくなって往く。
怨みを晴らせば晴らす程、憎しみは深くなって往く。
——殺せ。そうだ、もっと殺せ。
内なる声は、母を殺した時から聞こえてきた。
最初は、ほんの小さな声だった。其の声は、殺す度に大きくなっている。
ゆっくりと、ゆっくりと自分の中を何かが侵食していく感覚が在った。
己の意識とは別に、何者かが存在している。
其の存在が、自分を乗っ取ろうとしている。
——殺せ。本当に憎い奴は、誰だ?
中学校の卒業式の記憶が蘇る。自分の心を弄び、踏み躙った有紀が、誰よりも憎い。
——そうだ。殺せ。女を、殺せ。
有紀が憎い。
殺さなければ為らない。
幸男の目の前を、有紀とは似ても似つかない少女が歩いている。
幸男の心は既に、魔徒に支配されてしまっていた。
「有紀ぃぃぃー!」
幸男の叫びと、少女の悲鳴が交差する。
彫刻刀で全身を切り刻まれて、少女は殺された。
「違う。こいつは、有紀じゃないぃぃー!」
幸男の意識は、完全に崩壊していた。




