壱
仄暗い室内を、テレビの照明が照らす。
狭く寒い部屋の空気を、闇に彩られた様に寂しく染めている。部屋の照明は付けてはいるが、どう謂う訳か薄惘やりとしていた。秘めやかに流れるテレビの音量。其の音に、カップラーメンを啜る二つの音が絡み付く。何とも寂しい音の様で在った。
部屋の中には、二人の若者がいた。どちらも男で、共に貧乏臭い身形をしている。歳の頃は、二十歳前後と言った処で在ろうか。寒いのかスウェットの下に、服を着込んだ様子だった。どうにも意気地の見られない様子で在った。
「金が欲しい……」
呻く様に、男の一人——今西健吾が呟く。相方の岸本華は何も応えずに只、ラーメンを啜りながらテレビに視線を向けていた。テレビの中では、お笑い芸人の司会者が、滔々(とうとう)と人生について語っていた。其の様子を華は、醒めた眼で眺めている。日常が詰まらないのか、人生が詰まらないのか、其の表情は暗い。
「俺等、いつまでこんな事してるんだろうな……」
健吾は空になったカップラーメンの容器を、乱暴にゴミ箱に投げ捨てた。暗澹たる声音。華と同じく醒めた眼をしている。嘱望とは懸け離れた場所で生きている所為なのか、希望の一切が感じられない。
深い溜め息をついて、煙草に手を伸ばす。箱の中には、煙草の吸い殻が入っていた。何れも未だ長い。近所のコンビニで、吸い殻を貰って来た物を選り分けて、箱の中に詰めていた。ガスの切れ掛かったライターを、何度も擦っている。呆れた様に華は、健吾に視線を送る。
「金がないなら、煙草ぐらい我慢しろよな。そんな、みっともない真似して……恥ずかしくないのか?」
文句を言いながら、ガスの入ったライターを差し出す其の様は、まるで女房の様で在った。
「恥ずかしくない。そんな事より華。今、いくら在る?」
煙草に火をつけ、煙りを肺に送る。其の様が身窄らしい。
「金なら、貸せないぞ。俺も余裕ないからな」
二人は家賃が三万五千円のワンルームマンションで、共同生活をしていた。
バイトはしているが二人共、金が無かった。
選り好みさえしなければ、仕事は幾らでも在る。けれど二人は何故か、貧乏を選んでいる。夢が在る訳でもない。只、其の日を遣り過ごすだけの生活を二人は送っている。何の生産性も無い、蒙昧してばかりの人生で在った。だからこそ、金が無いのだ。やる気の無い人間に、大金は決して舞い込んでは来ない。
「俺、此れからバイトあるから」
「何だよ、華。いつの間にバイト、増やしたんだよ」
「居酒屋の面接、受けたんだ。時給も割りと良いし、週五日ぐらい入れるってさ」
「そんなに働いて、昼のバイトは続けるのか?」
昼間は本屋で週五日、働いていた。居酒屋で夜も働くとなると、かなりの勤務時間となる。
「勿論、続けるよ。今は兎に角、金が欲しい」
「マジかよ。お前、そんなに金に困ってたのか?」
間の抜けた事を聞く健吾。華は立ち上がると爽やかな笑みを、健吾に送った。
「お前よりは、マシだけどな」
「うるせぇな……貧乏で、悪かったな!」
楽しそうに笑う華。
釣られて笑う健吾。
「今日、初出勤だろ。頑張れよ!」
手を軽く挙げて応えると、華は玄関の戸口に向かった。
一人残された健吾は、溜め息をつく。漫然とした様子で在る。何か目的が在る様には、とてもでは無いが見えない。暗い表情。意思の籠らない瞳。だらしなく開かれた口元には、先程のラーメンの食べ粕が付着している。意味も無く部屋を彷徨いては、何やら逡巡している。
思い立ったかの様に財布の中身をぶちまけるが、五十五円しかない。其れが全財産なのか、何度目かも解らぬ溜め息をつく。何とも情けの無い様子で在る。
「仕方がない。遂に、トントンを使うか……」
トントンとは、半年前に百円ショップで買った豚の貯金箱の事で在る。
「……お。結構、入ってるぞ!」
期待に胸を膨らませながら、健吾はハンマーでトントンを叩き割った。乾いた音と共に、無惨に砕け散るトントン。
破片を避けながら、小銭を拾い上げ数えた。
——三千六百七円。
「良し!」
健吾は一人、ガッツポーズを執っていた。
小銭を財布に詰めて、コンビニに煙草を買う為、立ち上がった。




