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咎人の詩  作者: 81MONSTER(日本を代表する怪物)ポンコツ犬のタナトス
第五話【拳闘】

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拾壱



 部屋に墜ちる薄暗い照明。曇る窓の外には、雪が舞っていた。温かな空気が、部屋を満たしている。


 優しく志穂を抱き締める。軟らかな温もりが、生を実感させる。甘い髪の香りが、心を震わせる。


「志穂……誰よりも、愛してる」


「私も、六を愛してるわ……」


 愛しい温もりを、何時までも、何時までも、感じていたかった。


 誰よりも、大切な志穂を愛している。此の命に換えてでも、護り抜いてみせる。


 けれども、其れを邪魔する存在が居る。


「ごめん……そろそろ、行かなくちゃいけない」


「行くって、何処へ……?」


 訝る志穂を置いて、部屋を去る。


「ちょっと、六っ……!」


 慌てて追い掛けて来る志穂。


 部屋の外には、顔に傷の在る少年が居た。我等、魔徒を滅ぼす戦騎騎士の少年だ。


「出来る事ならば、争いたくはない。俺は決して、人を傷付けない。此の儘、立ち去ってはくれないか?」


 穏やかに、諭す様に少年に問い掛ける。決して嘘では無かった。魔徒と成ってしまった以上、ボクシングも辞める。就職して、人としてひっそりと暮らしたい。志穂と共に、暮らしたかった。たった其れだけの細やかな望みが、今の自分には赦されない。そんな事は解っている。


「悪いが、そう言う訳にはいかない。俺は、お前を斬る!」


 答えを聞く迄も無く、既に覚悟は出来ていた。


「残念だ……」


 ヒットマンスタイルを執る六。


 少年は今日、闘った藤堂よりも遥かに強い。だけど、逃げる事は叶わない。為らば倒す以外には、生き残る道は残されていない。


「ちょっと、六。一体……どういう事なの?」


「ごめん、志穂。直ぐに終わらせるから、ちょっとだけ待ってて」


 間合いを詰め様とする少年に、六はフリッカージャブを浴びせる。打ち衝ける拳から伝わる感触に、全く手応えが感じられ無かった。少年と自分の力量の差は、歴然で在った。勝てるイメージが、全く沸いて来ない。志穂との未来が、次第に薄れて往く。どうしようもない程に、残酷な現実だけが心を撫でて往く。埋め様のない恐怖が、心を焼いて往く。其れでも奮い立つ心は、志穂を求めていた。


「今のお前では、騎士には勝てん」


 内なる声が囁き掛ける。


「其処の女を殺して、鬼神化するのだ」


「ふざけるな。お前は、黙ってろ!」


 内なる声に、叱責する六。人を殺したく無い。心が魔徒に成ってしまえば、本当の意味で自分は終わる。


 譬え肉体が化物に成ろうとも、心だけは人で居たかった。


「成る程。確かに、魔徒を抑え込んでいるな。だがいずれ、魔徒に負けて大切な者を傷付けるかも知れないぞ!」


 フリッカージャブを受け続けながらも、少年は前進して来る。


 全く怯む事のない少年。血の滲む努力の果てに獲た技も、少年の前では児戯に等しかった。


 勝てない事は、初めから解っていた。


 仮に勝てたとしても、軈ては身も心も魔徒と成ってしまう事も、理解わかっていた。けれども、どうしても承け入れられなかった。志穂を幸せにしてやれない事実を、受け入れる事が出来なかった。


 死ぬ訳には往かないのだ。志穂を幸せにする。何が在ろうとも、必ず幸せにする。だから、死ねない。


 ——死にたくない。志穂との日々が、本当に幸せだった。生まれた時から、ずっと孤独で在った。無力で孤独な人生を、独り怯えながら過ごしてきた。暴力に頼り、人を傷付けてばかりいた。何も出来ない癖に、周囲の人間に不幸な自分を当たり散らしてきた。自分勝手で、どうしようもない自分が、本当に大嫌いだった。そんな自分が、人を好きに為れた。大好きで堪らない存在に巡り逢えた。


 生まれて初めて、暗闇の人生に光が差した。心の底から、人を愛する事が出来た。本当に心から感謝している。愛する喜びを知った。愛される事で、温もりを知った。どうしようもなく愛おしくて、堪らない。何が在っても、志穂を護り抜くと誓った。


 必死に足掻き藻掻く様に、拳を繰り出すが、ことごとく躱されていく。けれども、闘志の炎は尽きる事はなかった。


 志穂への想いだけが、六を生に縋り付かせていた。


 志穂の存在が、生きる意味を与えてくれた。本当に幸せな日々で在った。たったの六年で在ったが、志穂と過ごした日々が、掛け替えの無い物と為っていた。此れからもずっと、志穂の傍に居たかった。共に生涯を添い遂げたかった。 


 短剣を放つ少年の太刀筋を、辛うじて捉える事が出来た。身体に染み付いたボクシングが、少年の攻撃を回避していた。


 間合いを保ちながら、フリッカージャブを変幻自在に放つ。


 死にたくない。消えたくない。志穂を幸せにするんだ。一生、懸けて護り抜くんだ。自分の願いは、たった一つだけだ。


 志穂の幸せを誰よりも、願っている。


 たった一つだけで良い。


 志穂の幸せを、儚く舞う雪に願った。


 振り降ろされた短剣が、フリッカージャブを放つ腕を斬った。


 上がる志穂の悲鳴。


 雪に舞う六の右腕。


 最早、此れまでか。諦めが脳裏を掠めた瞬間、見知らぬ少女が眼に入った。


「其処の少女を、殺せ。そうすれば、我が力を存分に振るえるぞ!」


 囁き掛ける内なる声。


 最早、今の六には抗う精神力は残っていなかった。


「鬼神化すれば、戦騎騎士の小僧を殺せるぞ。さぁ、殺せ。あんな少女、どうでも良いだろう。さぁ、殺すのだ!」


 そうだ。自分には、無関係な少女だ。


 殺せば、志穂を護る為の力が手に入る。


「羅刹。又、魔徒が出たの?」


 少女が少年に問う。


 どうやら、二人は顔見知りの様だ。


「刹那、退がっていろ。どうしてお前は、いつも魔徒に狙われるんだ?」


 皮肉を籠めた様な少年の口調から、二人は随分と親しい間柄だと解った。


 成らば、人質として使える。


 幸い少女との距離は、自分の方が近い。今ならば、少年よりも速く少女を抑えられる。


 ——志穂を、愛していた。


 何よりも、誰よりも、志穂を愛していた。だからこそ、格好悪い姿は見せられなかった。志穂に顔向け出来ない真似は、死んでもしたくなかった。


「どうした。何故、動かない。死にたくないのだろう。大切な者を、護りたいのだろう?」


「うるせぇよ、化物。俺が、間違っていた。おい、騎士の小僧!」


 叫ぶ、六。


 真っ直ぐな瞳を向ける少年。


「良い眼をしてるな。護りたい者が、存在する者の眼だ。俺は、愛するひとを護りたい。さっき……ほんの一瞬だったが、生き残りたい一心で……其処の少女を殺そうと、思っちまった。我ながら、情けないぜ……全く。お前の言った通り、本当に俺の心が化物に成る前に、俺を斬ってくれ。俺がだ人で在る内に、俺から志穂を護ってやってくれ」


 次第に降り積もっていく雪の様に、自分の中で悪意が積もるのならば、いずれ自分は魔徒と成る。


 そうなれば、志穂を殺してしまう。


 其れだけは、避けなければ為らない。


「お前の覚悟、しかと受け取った」


 真っ直ぐに向き直る少年。ゆっくりと、此方へと歩いてくる。


 志穂の生涯に添う事は、もう叶わない。志穂を幸せにする使命も、もう果たせない。けれども、最後に祈ろう。


 志穂の人生に、多くの幸が訪れるよう。


「待って……!」


 庇う様に、志穂が六を抱き締める。


「六が一体、何をしたと言うの。殺さないで……お願い!」


 悲痛な志穂の叫び。


「もう、こうするしかないんだ……志穂。解ってくれ。俺の肉体は、既に事故で滅んでるんだ。化物と契約して、今の俺は存在している」


「そんなの、嘘よ。嫌ぁっ……!」


 泣きじゃくる志穂を、優しく抱き締める。


 温かい。本当に、温かい——。


いずれ俺が本物の化物になったら、多くの者を殺してしまう。俺は、志穂を殺したくない。其れが、俺に取ってどんなに残酷な事か……志穂になら、解るだろう?」


 優しく問い掛ける。


 誰よりも、いとおしかった。何よりも、志穂が大切だった。


「だから、お願いだ。俺から、離れてくれ。そして、必ず幸せに成ってくれ。愛してるよ……志穂」


 首を横に振る志穂。


「私は、貴方と供に逝きます。其れが、私の幸せです」


 真っ直ぐに見詰める志穂。


 こうなった志穂は、梃子てこでも動かないのを知っていた。


「成らば、纏めて斬るだけだ!」


 少年は、戦騎を喚装した。



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