拾
試合を終えて、病院へ行った帰り道。六はタクシーの中で、志穂を想っていた。
チャンピオンに成る約束。
結婚の約束。
漸く、果たす時が来たのだ。ポケットの中で、指先に触れる幸せを噛み締めた。志穂に内緒で、バイトをして金を貯めた。本当に小さなダイヤで在ったが、今の精一杯の指輪で在った。
志穂は喜んでくれるだろうか。馳せる想いが、心を逸らせる。早く志穂に逢いたかった。抱き締めたかった。
志穂のお陰で、愛を知った。温もりに、初めて触れる事が出来た。
志穂のお陰で、幸せを教わった。孤独の恐怖を覚えた。
志穂に出逢えた事を、神に感謝した。
——と、其の時だった。
六の乗ったタクシーが、信号無視のダンプカーにぶつかった。
運転手も六も、即死だった。
肉体を喪い、思念だけと成った心中で、六は神を呪った。
——何故、全てを手に入れた瞬間に、総てを奪う。
運命を嘆いた。
志穂への想いを遺す様に、ダイヤの指輪だけが残った。縋る様に、六の思念はダイヤの指輪に宿った。其れも又、軈て消え去る運命で在ったが、神は残酷で在った。
——消えたくないか。
六の思念に、内なる声が囁く。
——消えたくない。自分には、志穂を幸せにする使命が在る。此れからなんだ。本当に、此れから始まる所なんだ。
悲痛なる叫びが、闇を舞った。
——成らば、お前を生き返らせてやろう。
六は魔徒と成って、蘇っていた。




