伍
「六……又、喧嘩したでしょう?」
開口一番に、志穂が問い詰めて来た。不機嫌そうな顔をしていた。そんな表情も、可愛らしくて胸がときめいた。どうしようもない程に、志穂に惹かれている。愛おしくて、堪らない。一緒に居るだけで、心が癒されていた。
「……けど、酷い顔ね。もしかして、負けたの?」
今の自分は、酷い顔をしている。上目遣いで覗き込む志穂の瞳が、胸の鼓動を加速させる。
饅頭の様に腫らした顔を志穂は、まじまじと見ていた。まるで、珍しい物でも見る様な眼で在った。
「負けたよ……けど、喧嘩にじゃない」
そう、在れはボクシングだ。
「……嘘。六が負けるなんて、信じられない。誰に負けたの?」
興味津々と言った感じの笑みを向けて、志穂は顔を近付けて来る。
無邪気に笑う志穂が、愛おしかった。
志穂の為ならば、何だって出来た。
志穂の為ならば、幾らでも変われる。
志穂の為ならば、何にでも成れる。
そう、何にでもだ。
「俺、ボクシングを始めたんだ。まだ基礎の基礎しか、教わってないけど、本気で上を目指してる。志穂の為に、チャンピオンに成ってみせる。約束する」
「本気で、言ってるぅ……?」
からかう様に、試す様に、志穂は意地悪く笑う。愛しさが込み上げて、溢れ出す。どうしようもなく強く成る想いが、心を秘めやかに打ち衝ける。抑え切れない感情が、言葉と成って口を附いた。
「本気だ。誓うよ。志穂の為に、チャンピオンに成る。だから……俺がチャンピオンに成れたら、俺と結婚してくれ。絶対に志穂を、幸せにする。必ず志穂を、護り抜いてみせる。誰よりも、志穂を愛してる。世界一、幸せにする。誰よりも、志穂を大切にする。志穂と供に、ずっと生きていきたいんだ」
真っ直ぐに、志穂を見詰める。嘘偽りの無い想いで在った。溢れ出す感情は、志穂だけを捉えていた。志穂以外、眼に映らない。志穂だけを、ずっとずっと愛していたい。何が在ろうと、どんな苦難を迎え様とも、必ず志穂を幸せにする。譬え何が起きようとも、必ず志穂を護ってみせる。
驚いた様な顔をして直ぐに、はにかんで目を伏せた。そんな志穂の仕草が、可愛らしくて堪らない。
そして、一瞬だけ間を空けて、顔を上げる。潤んだ瞳に見詰められて、胸が張り裂けそうな程に愛しさが加速する。そんな自分を他所に志穂は——そっと、呟いた。
「……良いよ」
六の胸に、顔を預けながら——。
「六がチャンピオンになったら、結婚してあげる……だから、私も六に誓うね」
顔を上げる志穂。
「私は、貴方と供に生きます」
穏やかな表情。優しい眼差し。ふっくらと潤った唇。軟らかな肌。甘やかな髪の薫り。熱い吐息。志穂の温もり。其れ等を感じながら、志穂の頬にそっと手を添える。
優しく唇で、唇に触れる。愛しい感触。微睡む様に蕩ける意識。夢見心地の中で、志穂への想いは更に強く成る。
もう一度、見詰め合って。ぎゅっ……と、抱き締めた。そして、誓った。幸せにしてやる。護り抜いてやる。必ず——。
そう、必ずだ。




