捌
「羅刹、最悪の事態よ!」
「どうした!」
魔徒の元へ駆けながら、羅刹は叫んでいた。
「刹那ちゃんが、魔徒と接触したわ。今は私の結界で護ってるけど、そう長くは保たない。其れと……刹那ちゃんは今、殺人鬼に拐われてるわ!」
「何だって……?」
謂っている意味が良く理解できなかったが、刹那が危険に晒されている事だけは理解った。
「急いだ方が良いわ。喚装して、一気に行くわよ。魔徒は在の廃ビルの屋上にいる!」
タリムの意思に依って、戦騎を喚装させられていた。そして、戦騎に翼が生えた。
タリムは鷹の戦騎の為、飛行が可能だった。尤も此の状態に成ると、喚装していられる時間が短く成る。急がなければ為らない。
猛スピードで廃ビルに目掛けて、羅刹は飛び立った。数十秒で、到着した頃には鬼神化した魔徒が、刹那と殺人鬼を追い詰めていた。
「貴様、戦騎騎士かっ!」
「さぁ、ペルセウスよ。其処に居るメデューサの首を、跳ねるが良い!」
「お願い、羅刹。東山先生を助けてあげて!」
口々に叫ぶ三名。
刹那は此の期に及んで、殺人鬼を助けろとか吐かしている。
戦騎を喚装していられる時間は後、数秒しかない。飛行中にタリムから、魔徒の能力を聞いていた。見た者を石化する力。大した問題ではなかった。
「貴様も、石に成るが良い!」
鋭い眼光を此方へ放つ。
だが、遅い。
魔徒が捉えたのは陽炎だった。
既に羅刹は、魔徒の背後を取っていた。【糸游】からの一閃で、魔徒の首を跳ねた。
魔徒が灰になるのと同時に、喚装は解けていた。
——だが。生身の人間が相手なら、戦騎が無くとも充分に制する事が可能だった。間髪入れずに、殺人鬼のナイフを弾き飛ばしていた。刹那を抱き寄せて、殺人鬼の喉元に刀の鋒を向ける。
「どうした。小僧。やれよ!」
いつの間にか、刹那は気を失っていた。
タリムから、刹那が禍人の力を行使った事を聞かされている。恐らく、其の影響だろう。
今なら、刹那が哀しむ事もない。
「さっき、こいつがお前を助けてくれって言ったのが、聞こえなかったのか?」
殺人鬼を睨み付ける。
吐き気がする程、どす黒くて醜悪な眼をしている。
「あぁ、聞こえたさ。生っちょろい綺麗事がなぁッ!!」
「こいつは俺と違って、穢れを知らずに生きて来たんだろう。だから、平気で綺麗事を吐けるんだ。だが……こいつは、其の綺麗事に命を懸けやがる。だから、お前みたいな糞野郎でも、助けてやる。二度とこいつの前には、現れるな。良いな!」
本来ならば、此の場で殺すべきなのだろう。
でなければ、此の男は誰かを傷付け奪う。だが——男は人間で、自分は戦騎騎士だ。
殺す訳には、いかない。
其れに、刹那に嫌われたくなかった。
「小僧よ、今は退いてやる。だが、此の東山昭久を殺さなかった事を、何れ後悔させてやる!」
高笑いと共に、殺人鬼は去って行った。




