肆
「羅刹、魔徒が出現したわ。随分と近くに居る」
頭の中に直接、語り掛けられる声。
タリムの言葉に、羅刹は目を醒ましていた。
御影町二丁目に有る簡素で小さな安ホテル。現在は廃墟と成ってはいたが、人が住める程度には片付いていた。
「どうやら、まだ鬼神化はしていない様ね。でも、急いだ方が良いわ」
此の世界には、タリムの実体は無い。極界と呼ばれる黄泉の國に、其の本体は存在する。
此の世に彼女が其の身を顕すのは、羅刹が戦騎を換装している僅かな時間だけで在る。故に会話はテレパシーを用いて行っていた。
「解ってる。奴の居場所を教えてくれ!」
黒のコートを羽織り、短剣を手に取る。
羅刹の心境は、僅かにだが変化が顕れていた。
其れは、言葉の端々からも窺えた。
部屋を飛び出し駆ける羅刹。其の動きは速く一陣の疾風の様だった。が、其の動きに附いて来る者がいた。そして、強烈な殺気を感じて羅刹は立ち止まった。
辺りを警戒しながら、身構える。
「此の殺気の主が、魔徒なのか?」
異様な殺気だった。
「魔徒の気配は感じられないわ」
「だが、人の気配ではない。此奴は一体、何者だ?」
「解らないわ。けど、気を付けて。只者ではない事だけは、確かよ……」
神経を研ぎ澄まして、殺気の気配を探る。
まるで、獰猛で狡猾な獣だった。
相手は、気配を殆ど殺している。
一体、何処に居る。
焦りが、汗と共に伝う。
風が木々の葉を揺らす音。遠くで叫ぶ犬の雄叫び。車のエンジン音。家屋から漏れる生活音。
今の世は、余りにも余計な音が多過ぎる。だが羅刹は、微かに空を引き裂く気配を聴き取っていた。
——後ろだ。
爆ぜる金属音。
短剣で、刀の一撃を受ける。
受け流して、斬り伏せる心算だったが、相手は半身を捻って弐の太刀を繰り出してきた。
脇差しに依る二撃目を、辛うじて躱すが皮一枚、斬られる形となった。柔らかな動きに反して、重い太刀。そして、速い太刀筋。並の手練れでは無い。
予想以上に強い相手の奇襲を受け、羅刹は混乱していた。
相手は狐の面を被っている。
御法院家の者ではない。《禍人の血族》特有の不思議な力は、感じられなかった。そもそも、人の気配を感じられない。
だが、魔徒とも違う。一体、何者なのだろうか。
解らない。
解らなかったが、其の力量だけは理解った。
「タリム、喚装だ!」




