参
「刹那、一緒に帰ろ!」
帰り支度をする刹那に、クラスメートの馬上萌が声を掛ける。彼女は一般家庭の生まれだった。
私立晴明女学院は、富裕層のお嬢様が集まる学校で在る。
萌の存在は、完全に学園から浮いていた。
そんな萌に、刹那は親近感を抱いていた。
どの生徒も派閥争いに身を投じ、今後の人選をする様に交友を深めている。
刹那はそう言った事を疎ましく感じ、在る意味では浮いた存在で在った。生まれこそは、御法院家は由緒が在る名家では在った。だが刹那には、そんな事は別にどうでも良かった。
だからこそ、何の気兼ねもなく接する萌とは、直ぐに打ち解ける事が出来た。
「今日はバイト、ないんだ?」
「うん。其れよりアンタ。最近、彼氏が出来たらしいじゃん。水臭いなぁ。親友なんだから、教えてくれたって良いじゃない?」
「えっ……?」
刹那には一体、何の事を言っているのかが解らなかった。
「惚けちゃってぇ。イケメンの子と、一緒に居る処を見たって皆、言ってたわよ。私も、見たかったなぁ!」
どうやら、羅刹の事を言っている様だった。
確かに見た感じは、羅刹はイケメンに見えなくもない。と、其処まで考えてから、刹那は顔を赤らめた。
「アイツは、そんなんじゃないから。勘違いしないでよ!」
「やっぱり、居るんじゃん。顔、真っ赤にして。刹那ったら、可愛い!」
どうやら否定しても、無駄の様だ。
萌は、すっかり羅刹を彼氏だと決め付けている。
「今度、紹介しなさいよ」
「うん……」
紹介しろと言われても、困る。
羅刹とは実際に、付き合っている訳ではなかった。第一に彼が何者で、何処に居るのかも解らない。もしかしたら、もう会う事すらないかもしれない。
「じゃあ今度、バイト先の喫茶店に連れて来てよ!」
目を爛々と輝かせる萌。
如何にも、興味津々と言った感じであった。
此のままでは、根掘り葉掘り聞かれてしまう。真実を話せば、萌は信じないだろう。
魔徒なんて化物の存在を、知っている方が稀なのだ。きっと、揶揄うなと怒られてしまう。
——面白そうな事になってるわね?
「えっ……?」
頭の中で、タリムの声が響いた。
そう言えば、ペンダントを返すのを忘れていた。
此のペンダントが唯一、羅刹との繋がりで在る。
「何、其のペンダント。彼氏からのプレゼント?」
新しい玩具を見付けた子供の様に、萌は好奇の目を向ける。
「うん、まぁ……」
微妙に、嘘ではない。
——良いじゃないの。羅刹で良かったら、紹介してあげなさい。あの子にも、良い刺激になると思うわ。
タリムの口振りは、まるで保護者の様だった。
「其れより、バイトの方は順調?」
刹那は無理やり話しを逸らそうと、切り出した。
「ん〜……まぁ、順調かな」
曖昧な返事を返す萌。
アルバイトの経験のない刹那には、良く解らない世界だった。お金を稼ぐのは、楽な事ではない。
きっと、色々と大変なんだろうな。
「常連さんで、変なお客さんがいるの」
「変なお客さん?」
「そう。近い将来、偉大なる大作家になるお爺ちゃん」
「何、其れ。作家さんなの?」
「う〜ん……。聞いた事ない名前だったよ」
「何て名前?」
「藤堂勲、だったかな……」
聞いた事のない名前だった。
本は好きなので、色んな物を良く読んでいるが、全く心当たりのない名前だった。
「其の人、いつも変なんだけど……最近、更に変なの」
「変って、どんな風に変なの?」
「う〜ん……。なんか、一人で喋ってるの」
「只の独り言じゃないの?」
「独り言ってより、見えない誰かと話してるって感じなの」
「まさか、其の人……変な物でも、視えてるんじゃないの?」
「止めてよ、刹那。私、そう言うの弱いんだからぁ〜!」
身を竦める萌を、可愛らしいと思った。
——もしかして、魔徒かもしれないわね。
頭の中で、タリムが囁き掛ける。
まさかとは思ったが、有り得ない話ではなかった。実際、此の数日で立て続けに魔徒と遭遇している。
「黙りこくっちゃって、どうしたの?」
不思議そうに、此方を窺う萌。
「ううん、何でもない。早く、帰ろう!」
立ち上がる刹那に、一人の男が視線を投げ掛けていた。半年前からやって来た新任の教師、東山昭久で在る。物静かで在ったが、若く淡麗な容姿から生徒の評判が良かった。尤も刹那は、昭久が苦手で在った。
別に異性が苦手だと謂う訳では無いが、昭久の事を好きには成れなかった。
微笑を浮かべる昭久に、刹那は会釈を返して去った。




