捌
「此処か、タリム?」
羅刹は静かに、問い掛ける。秘めやかな焦りが、羅刹の胸中を撫でる。
刹那が魔徒の手に堕ちたとタリムに聞いて、血相を変えて飛び出していた。酷く落ち着かない。此の間の一件でもそうだが、刹那の身に危機が迫ると冷静で居られなく為る。騎士として、在っては為らない失態で在った。沈着冷静な判断を下さなければ、命取りに為る局面は幾らでも在る。無駄に命を落とせば、護れる物も護れない。
目の前の建物からは、何の気配も感じられない。一見するならば、何の変哲もない家屋。邪気も感じられない。だが、タリムが此の場所を示している。刹那はタリムの分身で在るペンダントを身に附けている。譬え何処に居ようが、其の場所を特定する事が出来る。
敷地内に入ろうとするが、結界に沮まれてしまう。
「糞ッ……!!」
短剣を構えた儘、突撃を掛けるが弾かれてしまう。結界に身を焼かれて、羅刹の全身の皮膚は爛れていた。無理やりにでも抉じ開けて遣ろうとむきに成れば成る程に、全身は焼かれていった。
全く、自分でも酷く愚かに思えた。
「落ち着きなさい、羅刹ッ!!」
尚も突撃を続ける羅刹を、タリムの声が諫める。
「黙れ、タリムッ!!」
此れ程迄に必死に誰かを護りたいと思った事は、未だ曾て無かった。其れ程迄に、羅刹の中で刹那の存在は大きく成っていた。
「羅刹よ、落ち着き給え」
背後から、矢紅の声がした。
振り向くと、矢紅と共に男が立っていた。確か塁留と言ったか。物静かで、穏和しい男で在る。
塁留はゆっくりと羅刹に歩み依ると、羅刹の頬を殴り衝けた。
激しく後方へと倒れる羅刹。
殴られた痛みを感じる余裕も無く、羅刹の胸中を怒りが満たしていた。
「貴様、何をする!!」
剥き出しに成った怒りが、羅刹の紅く染まった瞳に宿る。
感情が酷く昂ぶっていた。
「お前は其れでも、戦騎騎士か。焦りに心を惑わされ、怒りに我を忘れていて、大切な者を護れるのか?」
塁留の瞳の奥から、愁いを帯びた決意の暉を感じた。
「僕はお前みたいな奴を、騎士として認めはしないッ!!」
塁留はレイピアを引き抜いて、呪符を翳した。
呪符をレイピアで貫きながら、結界へと衝き出した。
閃光と共に、結界は容易く飛散していく。
其の瞬間、禍々しい邪気が流れ込んで来た。
「お前の出る幕は無い」
そう良い残して、塁留は民家へと消えて言った。
己の腑甲斐無さに怒りが充ちて、羅刹は叫んでいた。




