伍
「羅刹よ……どうやら、何も知らされていない様だな?」
穏やかな矢紅の口調。其の真摯な眼差しからは、何の悪意も感じられなかった。
羽浄の名は、札付きと成った時から捨てた名だ。己を鬼の子と畏れ捨てた家族。己を蔑み忌み嫌う村人達。そして憎しみに、身を染める己。其れ等の過去を、厭でも思い出してしまう。
「貴方が騎士として、其の使命に目覚める迄、話すつもりは無かったの。羅刹……ごめんなさい」
「気にする事は無い。其れに……俺の中に、タリムの血が流れていても、悪い気はしない。俺は、お前に感謝している」
其の気持ちに、嘘偽りは無かった。
タリムは己の闇に、ずっと依り添ってくれている。幾ら感謝しても、し足りない。
「羅刹……私が君の元に来たのは、タタラの事だけが理由では無い」
向けられた真摯な眼差しには、強い暉が宿っている。
慈愛に満ちた優しさと、全てを射抜く様な強さを感じた。
「君の内に秘められた力を、引き出す手助けがしたい。其の心に秘めた闇に、光を当てる為に私は来たのだ」
力強い言葉。
不思議と心が落ち着かされる。
矢紅には、不思議な強さを感じていた。
「君は必ず、強く成れる——そう、必ずだッ!!」
其の言葉を受けて、胸を熱い物が焼いた。
強く成りたかった。今の自分は、致命的に弱い。其れは随分と以前から知っている。幾度も敗北を喫して来た。其の度に。腹の奥底からどす黒い蛇が目覚めて、己の胸裏を貪り喰らって往く。負けて得られる物なんて、何一つ無い。負ければ、喪うだけだ。
今の自分には、護りたい者が居る。決して、喪いたくは無い。
羅刹は、短剣を静かに納刀した。




