伍
「タリム……此の気配は、タタラか?」
途轍も無く大きな邪気を感じて、羅刹は飛び起きていた。
「えぇ……間違いないわ」
以前に感じた時の様な、恐怖は無かった。其れは別に、タタラが弱く成った訳では無い。
極界で遭遇したゼノンやアニマの影響が、そうさせているのかも知れない。恐怖に対する態勢が、明らかに強まっている。
尤も今の自分では、勝てない事は明白で在った。だが自分は、戦騎騎士だ。魔徒から逃げる訳には往かない。
タタラの邪気は、此処から近い場所から感じられた。
黒のコートと短剣を手に取り、羅刹は動こうとしていた。
「死に行く気かね?」
背後から、何者かに声を掛けられた。
全く気配に気付けなかった。
謎の来訪者は二人、居た。敵意や邪気は感じられない。
「驚かせて、済まない」
「お前達は、何者だ?」
其の佇まいから、並々成らぬ手練れで在る事が解った。
全く隙が無い。譬え戦騎を喚装していても、勝てる気がしなかった。其れ程迄に、男の気配は洗練されている。
「あら、矢紅……お久し振りね。まさか、貴方が遣わされるとは、思ってなかったわ」
どうやらタリムは、男の事を知っている様だった。
「簡単に、自己紹介をしておこう。私は天界より遣わされた天仕、矢紅。皇渦陸仙の一人だ」
天仕とは、天界の神々に使える者達の総称。神と契約を交わして、不老の力を得た者で在る。
神に仕える矢紅は、天丞院付けの戦騎騎士を意味する。
其れも皇渦陸仙と言う事は、先日に見えた鉈梛九と同格で在る。
天界の最高戦力に、数え上げられる男。其の名に恥じぬ風格を、矢紅からは感じられた。
「儂は赤熊戦騎バロンだ」
野太い声。矢紅の戦騎の声だろう。
「彼等は強いわよ、羅刹。名実共に天界に名を馳せる英傑の一人なのよ」
タリムに其処まで謂わせるのだ。
相当な手練れで在るのは、間違い無いだろう。何よりも、其の佇まいだ。自然体で在りながら、微塵も隙が無い。此れ程の手練れが、天界から遣わされたと謂う事は、タタラ討伐に本腰を入れたと謂う事だ。正直、心強かった。
「そして此方は、我が弟子の桐生塁留だ」
無言で軽く会釈する男。物静かな男だった。其の瞳の奥には、憎しみとも悲しみとも取れる光が宿っている。
「羅刹君。君の事は、知っているよ。咎人で在る事も知っている。君にタタラ討伐の手助けを、して貰いたい」
真摯な眼差しを向ける矢紅。其の声は、とても穏やかで在った。
「元より、其のつもりだ。寧ろ此方から、協力を願いたいくらいだ」
正に、僥倖で在った。
「君ならば、そう言ってくれると思っていた。詳しい話は、後にするとしよう。兎に角……タタラの気配が消えぬ内に、行くとしようか!」
不思議と矢紅が居るだけで、安心感を得る事が出来た。
其の眼には、正義の暉が宿っていた。




