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咎人の詩  作者: 81MONSTER(日本を代表する怪物)ポンコツ犬のタナトス
第十一話【傀儡】(前編)

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 ——怖い子やなぁ。殺してしまおかな?


 遠い記憶の底から、声が聴こえて来た。


 出狗が札付きと成る以前の記憶だった。未だ幼くて、弱い頃の自分だ。此の頃と今の自分——果たして、何方が強いだろうか。取り留めの無い問いが、心を過ぎった。随分と滑稽な疑問で在った。問うまでも無い。出狗は記憶に身を委ねながら、眠りに落ちて往った。


 其の二人は、狂気と共に訪れた。


 人気の無い路地とは言え、白昼から人が斬り殺されていた。身形からして、二人が武士では無い事は解っていた。武士で在っても、江戸の町人を斬れば罪を咎められる。切り捨て御免が通る道理は、此の町には無かった。其れなのに、男達は血を纏って嗤っている。狂気の沙汰を問う迄も無く、男達は狂っている。


 転がる複数の骸を踏み付けながら、男の一人が口を開いた。


「兄さん、見られてしもたね?」


 其の口振りからして、二人が兄弟で在ると言う事が窺えた。二人共、端正な顔立ちはしているが、能面を纏った様に温度を感じなかった。


 顔は共に嗤ってはいるが、冷たい眼をしている。


「ほな、斬ってしまおか?」


 冗談めかした様に、兄の方が嗤った。


 どうやら二人は、関西の出で在る様だ。


 出狗は偶々、此の惨劇に出会でくわしただけで在る。だが其の胸中には、怒りの炎がかくと燃え上がっていた。


 人の命をまるで、虫螻むしけらの様に扱っている。出狗は本来、正義感の強い子供で在った。其れ故に、畜生にも劣る行いが赦せなかった。


 腰に差した短刀二刀を抜刀して、兄の方に飛び掛かった。


 人を人とも思わぬ不届きな輩は、此の手で成敗してやる。其の幼い正義感が、出狗の人生を大きく歪ませる。


 返す刀で短刀二刀をあしらって、男は出狗の足を払った。


 転倒する出狗に、刀のきっさきを向ける。


 何が起きたのかが理解、出来なかった。剣の扱いを習熟している筈の自分が、意図も容易く地に伏せている。全く剣が見えなかった。如何なる技を用いていたのか、理解の届かぬ領域に在った。次元の違う強さを前にして、訳の解らぬ恐怖を感じていた。


 ——そう。出狗は生まれて初めて、心の奥底から恐怖を感じたのだ。


「怖い子やなぁ。殺してしまおかな?」


 笑いながら、此方を見下している。


 斬られる事に、恐怖は無い。其の筈だった。譬え命を喪ったとしても、初めから覚悟の上で在った。其れなのに、自分は男に恐怖を抱いている。其の事を直感的に、理解していた。


 だからこそ、歯痒かった。必死に恐怖に抗う様にして、怒りの炎を心に焚き附けた。でなければ、恐怖に全てを呑まれてしまう。


 無力な己に憤慨しながら、男を睨み付けていた。


「そないに、怖い表情かおせんとって。命請いのちごいするなら、勘弁したるわ」


巫山戯ふざけるな。誰が貴様なんかに、請うかッ!」


「ほな、此処で死ぬんか?」


 研ぎ澄まされた刃の様に、凍て付いた視線を寄越す。


「さっさと、斬れば良いだろうが。此の腐れ外道がッ!」


「せや。皆、わいの事を、外道丸って呼ぶんや。わいに取って、最高の賛辞やで」


 けらけらと嗤う男。


「兄さん又、おもろい事、考えとる顔してるわ。坊主、大人しく命請いしとった方が、幸せやったんとちゃうか?」


 弟の方も、此方を嘲る様に嗤っている。


 憤慨しながら、出狗は向けられた刃を払って跳ね起きた。


 ——刹那、後頭部に鈍い衝撃を受けた。


「可哀想な事、するやっちゃなぁ……。折角、起き上がったのに又、倒れてしもたやん」


「せやかて……僕も此の子、虐めた成ってしもたねん」


 嘲り嗤う二人。


「まぁ、ぇわ。此奴こいつの家族、滅茶苦茶にしたろうや?」


「兄さん、其れえげつないなぁ!」


「せやろ。絶対、おもろなるで!」


 ——巫山戯ふざけるな。


 怒りが腹の底から、沸き上がっていた。恐怖は相変わらず、心の深い部分を撫で附けている。


 怒りで震えているのか、恐怖に怯えているのかも理解わからない。


「巫山戯るなッ!」


 込み上げる怒りが、出狗を覚醒させていた。少なくとも、今の自分を突き動かしているのは怒りだ。


 迫り来る短剣を払い退けて、飛び起きていた。間合いを取って、出狗は夷蕗竟を睨み附けていた。


 束の間で在ったが、夢を見ていた様だ。忌々しい過去を思い出して、怒りが出狗を満たしている。


「随分、寝起きが悪い様だな?」


 夷蕗竟を睨み付けながら、出狗は叫んでいた。


 まるで獣の様な、咆哮で在った。


 獣刃の構えを取りながら、唸り声を上げ続けた。


 何時の間にか、短刀二刀を逆手に持っていた。先程の昏倒が原因で在った。構わずに、出狗は間合いを詰めていた。


 右の短刀を斬り上げる。其れを夷蕗竟は、短剣で受けていた。


 身体を捻り、廻し蹴りを放つ。が、躱される。胴が、瓦落空がらあきだった。不思議な事に、感覚が研ぎ澄まされていた。此の土壇場で、出狗は新たな境地を見出そうとしていた。


 左の短剣を横に薙いだ。


「随分と見違えたな、小僧ッ!」


 此処に来て初めて、夷蕗竟の笑みが消えた。其の瞳の奥には、焦りが在る様にも思えた。


 逆手に持ち替えた事に依り、出狗の剣速が格段に上がっている。


 偶然にも、出狗の獣刃が進化を遂げたのだ。


「ガルム、喚装だッ!」


 漸く見えて来た勝機だった。


 此の儘、一気に押し切ってみせる。


 戦騎の力で、出狗の身体能力は更に跳ね上がる。


 加えて夷蕗竟は、先程の一撃で負傷していた。


 極界の炎を召喚する。全身を纏う炎。其の炎が己の怒りと結び付いて、業火と成った。


 其の黒い炎の揺らめきが、陽炎かぎろいと成って相手の間合いを狂わせる。


 ——戌咬弐天流・歩法術【糸游いとゆう】を繰り出していた。出狗の残像が、無数に出現して、夷蕗竟を取り囲んだ。


「今の俺の剣を、見切れるのか?」


 唸りを上げながら、出狗は飛び掛かっていた。短刀を左右に撃ち分けている。


 夷蕗竟が短剣で払うが、空を斬っていた。捉えたのは、残像だ。


 無数の斬撃が、夷蕗竟のからだを斬り刻んでいく。獣の連撃が、最強を誇る男を窮地に追い込んで往く。


「此の儘、噛み殺してやるッ!」


 とどめとばかりに、出狗の短刀が夷蕗竟の胸を貫こうとしていた。


 ——が、寸前で止まっていた。戦騎の盾に、阻まれていた。気付けば夷蕗竟の身体を、戦騎が纏っている。互いに二度目の喚装と成る。連続喚装は、体力を著しく消耗させる。勝負を長引かせる訳には往かない。其れは相手も同じだ。


 厭な気配を感じた。


「どうやら……お前の事を少々、見縊みくびっていた様だ」


 後方に飛んで、出狗は間合いを取った。


 雰囲気が突然、急変したからだ。


 どうやら、何やら奥の手を隠している様だ。


 何が来ようとも、今の自分ならば対処し切る自信が在った。


 誰が相手で在ろうとも、決して負けはしない。


「俺が何故、最強の戦騎騎士で在るのかを……今から、お前に解らせてやる」


 其の表情は、血に飢えた獣の表情かおで在った。気高き獣が漸く、其の本性を顕わにしようとしている。空気が異様に重い。圧し潰される様な重圧を感じて、身体が強張っていた。


 張り詰める様な空気を纏わせて、夷蕗竟はゆっくりと口を開いていた。


「レオン……獣化喚装だ!」



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