参
女は刹那を視ていた。
見た目は只の人間だった。何か特別な力が在る様にも、見えなかった。女が刹那を見付ける事が出来たのも、只の偶然で在る。
女は《捧ぐ者》の捕獲を、主で在る鉈梛九に命じられている。
命を受けて直ぐに、鉈梛九は【闇の牢獄】に幽閉されていた。今日に至る迄に、十年の月日が流れた。其の間、主の命に従って《捧ぐ者》を捜し続けた。
《禍人の血族》の中でも《捧ぐ者》が生まれる事は、極めて稀な事で在った。そもそもが《禍人の血族》の存在は、現代に於いて余りにも希少な存在だ。
主の命は、極めて艱難で在った。
そんな中で刹那と出逢えた事は、途轍もない幸運で在る。
刹那には、器としての素質が在る。
刹那の傍に居る邪魔な騎士は現在、鉈梛九と交戦中で不在で在る。半神半人の神楽が邪魔で在ったが、兵力は存分に有った。
鉈梛九から、千体の戦騎獣を与えられている。
此れ程の兵力を導入している以上、失敗は赦されない。
恐らく暗黒戦騎ガルムを追って、間も無く《金獅子》も襲来して来るだろう。
階下には既に、出狗と戦騎獣が百体、待機していた。
戦騎獣とは、戦騎と同じ素材で造られた獣で在る。地獄の霊石を用いた躯に、魔徒の魂を封じ籠めている。汎用性を高める為に、戦騎に比べると性能は落ちてはいた。
其れでも通常の魔徒に比べれば、個々の能力は高い。其の戦騎獣、千体が意の儘に動く傀儡と化している。譬え誰が相手で在ろうが、一分の隙も在りはしない。
——とは、謂えだ。憂いは在った。《金獅子》に対抗し得る戦力としては十二分に用意されているが、刹那自身に問題が在った。未だ、其の力は覚醒されていない。必要としている力に、刹那は及んでいないのだ。
自分に課せられた使命は、其処の部分に関係している。一抹の不安が、心の奥底に何故か澱の様に沈殿している。迷いを抱いた心は、判断力を鈍らせる事を理解ってはいる。だが、どうにも不安が拭えないのだ。其れは、自分自身に問題が在るからだ。
女は深く、溜め息をついていた。
——感情を持つな。主の言葉を反芻する。自分は道具に過ぎないのだ。感情を持ち、情を誰かに掛けるなど、在っては為らない。感情は、目的を妨げる。少なくとも、自分を苦しめている。迷いを生み、惑いと成っている。
意識を戦騎獣に集中させる。戦騎獣の視点を借りて、女は校内の状況を把握していた。頭の中をカメラのモニターの様に、無数の映像が織り成していた。
焦る事は無い。落ち着いて事に当たれば、失敗なんて在りはしない。
愚かな感情に、身を委ねては為らない。
自分は主の命に従う道具に過ぎないのだから……。




