第四話:凍てつく正義、過去の傷痕
第四話:凍てつく正義、過去の傷痕
氷野誠也という男の剣筋が、これほどまでに冷たく、そして鋭いのは、彼がかつて見た「地獄」の反動だった。
広島県警の機動隊員時代。氷野は、からくり技術の不正改造が生んだ『マブイ暴走事件』の最前線にいた。一人の少年が制御を失った魂に焼き尽くされ、街を破壊しながら「魂散逸」を起こす悲劇。
「止まれ! 止まるんだ!」
氷野の叫びは届かず、少年の命は光の塵となって消えた。法も警察の力も、暴走する魂の前ではあまりに無力だった。
あの日、氷野は警察手帳を置いた。「法で裁けぬなら、武で制す」。彼が握る『凍て鶴』の冷気は、相手を傷つけるためではなく、悲劇を「止める」ための鎖だった。
「河井君、君の『逆流』はあの少年と同じ危うさを孕んでいる。私はもう、目の前で魂が壊れるのを見たくない」
氷野との死闘で負った凍傷を抱え、機体の調整を余儀なくされていた龍雄の前に、もう一人の「法の番人」が現れた。弁護士、南坂康生。
「氷野さんから、非常に『興味深い非効率な個体』がいると聞きましてね」
南坂は事務的な手つきで、片手長剣『ジャスティス・スケール』を構えた。
試合開始のブザーと共に、龍雄はかつてない違和感に襲われる。
南坂の攻撃には殺気も高揚感もない。ただ、精密機械のような最適解だけが飛んでくる。
「君の動きはすべてデータ化済みです。その盾がエネルギーを吸収するタイミング……ちょうど、今だ」
龍雄が盾を構えるコンマ数秒前、南坂はあえて剣を引き、攻撃を「空振り」させた。吸収すべき衝撃がない。空を切る龍雄の盾。南坂は圧倒的な外付けマブイを駆使し、龍雄の『一突』が絶対に届かない精密な距離を維持し続ける。
「これは決闘ではなく、検分です。君のスタイルは、相手の攻撃という『債務』があって初めて成立する。私が支払いを拒否すれば、君は自己破産(自滅)するしかない」
南坂の冷徹な論理。エネルギーを充填できない『赤龍』は、ただの重い鉄塊と化していた。
関節の凍傷が痛み、計算され尽くした波状攻撃に防戦一方となる龍雄。だが、追い詰められた彼の瞳に、静かな火が灯った。
「……先生。あんたの言うことは、正解なんだろうな」
龍雄は自らの外付けマブイをすべて、強制放熱した。
蒸気が噴き出し、装甲が剥がれ落ちる。それは防御を捨て、機体を極限まで軽量化する自殺行為だ。
「でも、計算通りにいかないのが、俺たちのマブイだ!」
南坂の「計算上の間合い」を物理的に突破する、理論無視の超近接突進。
「なっ……正気ですか!? その距離では、自機の爆発に巻き込まれる!」
驚愕に目を見開く南坂。判例にはない、死を恐れぬ獣の踏み込み。
戦場を支配していた凍てつく「論理」が、龍雄が解き放った圧倒的な「熱」によって、今、溶かされようとしていた。




