第三話:武神の目、敗者の矜持
第三話:武神の目、敗者の矜持
公式大会の初戦。静まり返った会場の砂嵐の中で、エリート剣士・一ノ瀬は膝をついていた。
圧倒的格下と蔑んでいた龍雄の、たった一撃。龍雄が逆流させた一ノ瀬自身のマブイは、皮肉にも持ち主の機体を内側から焼き切っていた。
「……なぜだ。俺の数値は、完璧な『800』だぞ。貴様の、たった『1』のマブイに……なぜッ!」
一ノ瀬が折れた長剣を杖に、血を吐きながら叫ぶ。その時だった。
会場の喧騒が、凍りつくような冷気に塗り潰された。観客席の電子モニターがノイズを吐き、審判たちが金縛りにあったように動けなくなる。
コートの真ん中、空間を割って現れたのは、漆黒の外套を纏った男――影山零。
「……期待外れだな。この程度の『光』では、俺の飢えは癒えん」
影山が手にした巨大な黒鎌『冥王』が、無造作に一ノ瀬の機体を薙いだ。物理的な衝撃ではない。マブイそのものを喰らう一撃。一ノ瀬の胸部にあるコアのマブイ石が、断末魔のような音を立てて砕け散った。
影山の冷酷な視線が、龍雄の背負う赤い盾――『赤龍』へと向けられる。
「それが、椎名の遺したものか。……返してもらおう」
影山が鎌を振り上げ、死の奔流が龍雄を呑み込もうとした瞬間。
地を這っていた一ノ瀬が、砕けた機体を無理やり駆動させ、龍雄の前へと立ちはだかった。
「……どけ、河井。……俺は、貴様が反吐が出るほど嫌いだ」
一ノ瀬の腕が、過負荷で火花を散らす。彼は折れた剣の残骸を構え、影山の死神のような圧力をその身で受け止めた。
「だがな……数値の優劣でしか剣を振れなかった俺自身は、もっと嫌いだ。……ここは、俺の戦場だ!」
一ノ瀬は残された全ての外付けマブイを、自爆に近い圧力で噴射した。黄金の光が、影山の黒い鎌と激突し、凄まじい衝撃波を生む。
「行け、河井! 貴様の槍で……本当の『武』を、その目に焼き付けてやれ!」
一ノ瀬の絶叫と共に、彼の機体は完全に光を失い、崩れ落ちた。
龍雄は、その背中を無言で見届けた。
かつて自分を嘲笑った宿敵。その男が命を賭して繋いだ一瞬の「火」。
龍雄の腕の傷跡が、椎名の遺志と共鳴し、深紅の熱を帯びる。
「……一ノ瀬。……受け取った」
龍雄は赤い槍を、水平に。
それはもはや、型通りの銃剣道ではない。
椎名の無念、一ノ瀬の矜持、そして龍雄自身の絶望――積み重なった魂の重みを知る者だけが辿り着く、極限の静寂。
龍雄の瞳から感情が消え、代わりに『武神』の如き鋭い光が宿る。
赤き盾が、主の覚悟に応えるように、かつてないほど激しく波紋を描き始めた。
「影山。……お前の『負』では、この盾は砕けない」
広島の赤龍が、今、死神を迎え撃つ。




