最終回:武神、空へ
ゼノの「虚」が霧散し、スタジアムに朝日が差し込みました。異空間から現実へと帰還したフィールドには、折れたバットと砕け散った機械の破片、そして――数値を超えた勝利を掴み取った者たちの、荒い息遣いだけが残っていました。
1. 嵐のあとの静けさ
「ヤレヤレ……ボクのハバネロも、全部灰になっちゃいましたデス」
アルバートが煤まみれの顔で笑い、武は壊れたサイボーグの腕をだらりと下げたまま、満足げに空を見上げていました。
「へっ……『1』と『5』が、『ゼロ』をぶち壊した。いいデータが取れたじゃねぇか、南坂さんよ」
バックネット裏でその様子を見守っていた南坂は、眼鏡のブリッジを押し上げ、静かに頷きました。
「ええ、論理を超えた、実に不合理で、美しい勝利でした」
龍雄は、使い古された赤い盾を地面に置きました。傷だらけの槍は、その役目を終えたかのように、緋色の輝きを落ち着いた赤へと戻していました。
2. 赤龍の継承、そして旅立ち
数日後、復旧が進むスタジアムの入り口で、龍雄は荷物をまとめていました。
「……行くのか。広島に帰るのかよ?」
武の問いに、龍雄は首を振りました。
「……いや。まだ、この世界には椎名さんや俺みたいに、『マブイがない』ってだけで、光を奪われてる奴らがたくさんいる。俺はそいつらの盾になりたい」
龍雄の腕の傷跡は、もう疼いていませんでした。それは消えない後悔ではなく、共に戦った仲間たちの絆の証へと変わっていました。
3. 別れの言葉
「タツオ! この種を持っていきなさい」
アルバートが手渡したのは、ボロボロになった機体からも採取できた、小さくも力強い芽を出したばかりの苗木でした。
「これは『希望』という名前の種デス。どんな泥の中でも、君がいれば花を咲かせマス」
氷野も静かに歩み寄り、龍雄に敬礼を贈りました。
「河井君。君の『武』は、もはや制圧すべき暴力ではなく、導くべき光だ。……達者で」
龍雄は一度だけ、深く頭を下げました。寡黙な彼が、その日、初めて仲間たちの前で、わずかに微笑んだのを誰もが見逃しませんでした。
4. 武神の往く道
広島の港。厳島神社の鳥居が、夕陽に染まる海の中に凛と立っています。
龍雄は、背負った赤い盾と槍を握り直し、未知の地へと向かう船のデッキに立っていました。
マブイ量は、相変わらず「1」。
数値だけを見れば、相変わらず弱者かもしれません。
しかし、彼の周囲には、目には見えない無数の「魂」が、波紋のように広がっていました。
「……俺は、ここにいる。お前も、そこにいろ。……それだけで、剣を握る理由は十分だ」
龍雄が水平線を見つめるその瞳には、もはや迷いはありませんでした。
「武神」と呼ばれた一人の青年の物語は、ここから伝説へと変わっていく。
完:『武神』〜赤龍の盾槍を継ぐ者〜




