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女神の帰還  作者: 甲斐 つかさ


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女神の帰還 6


「見事なお手並みで。」

「脱出しなかったのか。」

冷やかにいう艦長に、堪えもせずに微笑して調整官が応える。

「お酒だけだと何なので、戻って料理を楽しんできたんです。ホロ肉の豆煮込みなんて通な家庭料理がありましたけど、いりませんか?」

「食う。くれ。」

那人が差し出した料理の深皿に、ためらいなく手をつける艦長である。

「――…艦の威厳が。」

傍でぽつりと呟くリゲルに、艦長がいう。

「こいつには何もやらなくていいぞ。」

豆を皿からすくって口に運びながらいう艦長に大きく副官がためいきを吐く。

「艦と基地のエネルギー線を繋いで、シールド復帰させる作業は完成しました。いま、基地の人員に内部から、艦の探査には外部から、シールドの揺れた原因を探らせています。」

「ごくろう。」

いって、豆スープを頬張る艦長の姿に額に手を置く。

「腹が減ったろう。随分掛かったからな。…いいだろう、豆とホロ肉だぞ。」

「家庭料理ですな、確か。」

「やらないからな。」

「誰がほしいといいました!」

「うんうまい。」

「艦長!」

つんつん、と背後からリゲルの腕を那人がつつく。

「何ですか?」

「木の芽のタークシャー高原焼き。」

焼き野菜とたれの絶妙に絡まった一皿を差し出されてリゲルが絶句する。

「あ、肉がないのによろこんでる。このベジタリアン。」

艦長が毒づくのに構わず、感激の声をリゲルがあげる。

「これはっ、…!懐かしい、タークシャー高原焼きでは、――ああちゃんとタレもついているっ!」

「野菜ばっかりじゃないか。」

「何をいってるんです、野菜は大事なんですよ。艦長のように肉中心の生活ではいけないと常々申し上げているでしょう。」

「ちゃんと豆が入ってるぞ。副官。」

「いや頂いてよろしいのかな?」

「もちろん、どうぞ。おなかすいただろうと思って。」

「ありがたくいただきます。」

礼をしてそれから猛然と食事にかかる。

 腹を満たすのに無言な二人を眺めながら、那人が揺れの納まったシールドと、外部に荒れる嵐の間隙に見えるコードを追う。嵐に見えないが、コードの先には旗艦藍氷が巨体をみせているはずだ。

「これで、藍氷は動けなくなったね。」

那人の呟きに、一心にホロ肉と豆スープを食べていた艦長が視線をあげた。リゲルの手も留まる。

「しかも、シールドへのエネルギー供給の為に、コードで艦と基地が繋がってるね。」

にっこりと那人がいう。

「これで、基地の制御システムが乗っ取られて、エネルギー回路を通じて逆に艦にアクセスしたら、どうなるかな?」

にこやかに艦長が那人に答える。

「決まっている。防御できなければ、艦のシステムも支配されるだろうな。エネルギーコードを通じて制御信号を送れるような連中なら、それが出来てもおかしくない。」

「わかっててやってるんだ?」

に、と艦長が獰猛な笑みを見せる。次に那人が振り仰いだ副官は、空とぼけて焼き野菜を口にするばかりである。

「――ふーん。了承済みなんだ。」

「何の話かな?」

艦長の問い掛けに、首を竦める。

「うわ、恐い。」

「誰がだ?誰が。貴公程こわくはないと思うが。」

「誰がっ?それこそ、僕はこんなに人畜無害なのに。」

「外見だけはな。」

低い声でいう艦長に、那人がうれしそうに見返してみせる。

「あ、外見だけは認めてくれる?」

「無論だ。口を開かねば物騒にはそう見えまいよ。」

柔らかな外見の調整官がうれしそうに頷く。

「うんうん、日頃の鍛錬の甲斐があるっていうか、うれしい発言だなあ。」

「誰も貴公を喜ばせたくはないが。」

「いいじゃない、いうだけただっていうし。」

「それは喩えが違わないか?」

「違うかな?」

「処で、御二人共。」

リゲルの呼びかけに、那人も艦長も顔をあげる。

「この度は不始末をお目に掛けてしまい、―――。」

口篭るのは基地司令エンゲス。対して、容赦無く藍の眸で射抜くのは艦長である。

「言訳はいい。長々とした挨拶も不要だ。貴君達には一刻も早くシールド劣化の原因を見つけ出して貰わなければならない。でなければ。」

「…でなければ?」

蒼醒めて見返すエンゲスに、艦長の言葉は容赦無かった。

「この基地は撤収だ。放棄することとなる。」

「な、…撤収ですと、何故、――――。」

激しい艦長の怒りを飼う眸に、司令官がびくりと身を強ばらせる。

「決まっている。貴君は、我が艦藍氷に、いつまでも補給基地でいろというのかね…?」

激しい雪と風が吹き付ける嵐の外さえ、いまこの艦長の眸よりも優しいだろう。

「我が艦はエネルギーの補給用にあるわけではない。わかっておられような?」

獰猛な笑みが、美しいだけに一層恐ろしい。炎に焼かれる錯覚を覚えるほどに激しい煌きを宿す藍。

 白髪が長く肩を落ち、滝の流れの清冽さを思わせる。

 激しい竜の眸が射抜く。

「…も、もちろん、了解しております、――――し、将軍殿、」

慌てて踵を返し、立去って行く基地司令を冷やかな眸で見送り、また再度残っていたスープに戻る。

 リゲルが傍であきれて艦長を見下ろす。いまの応対を座ったまま済ませた横着な艦長だが、基地司令はそんなことにも気がついていなかったようだ。

「…なんだ?シーマス。」

副官の視線に艦長がいう。顔を豆スープからあげないで問う艦長に、リゲルが答える。

「いえ、あれほど脅さずとも、と思いまして。」

しかつめらしくいうリゲルに、艦長が空いた容器を差し出しながらいう。

「さて、巡回に行くぞ。」

「…この容器を、私にどうしろとおっしゃるんです?」

「けど、調整官殿はもういないからな。…その辺りの部屋に、そっと返しておけばいいんじゃないのか?」

「そういうわけにはいきません。―――いつのまに。」

「そういう奴だろう。得体が知れないんだ。」

基地司令が姿を現したときには既に周囲に姿の見えなくなっていた調整官の行方について、艦長があっさりと片付ける。そして。

「その皿、その辺りに置いとけばいいんじゃないか…?」

「駄目です、ちゃんと返しませんと。」

「副官がいつまでも手を塞いでちゃいやだろーなーと思っていってるんじゃないか。」

伸びをしながら歩いて行く艦長の後ろから着いていきながらリゲルがいう。

「やめてください、イメージが壊れます。」

「そんなもの最初から破壊されてるだろ。」

「私個人のイメージはそうですが、世間一般ではまだまだ通用しております。帝国の将軍らしくきちんとしてらしてください!」

両手に落さないように皿とスプーンにフォークを重ねて持つ副官と。伸びをしながら歩いて首を運動させてなどいる常勝将軍。

 イメージというものがあったなら、この瞬間を見ただけでも瞬時に崩壊しそうだが。

 幸か不幸か、この場を眺めるものの姿は無いようであった。



「…時間がどれだけ過ぎれば過去は過去になるのか、―――。」

那人が静かに呟く。つぶやいて悪戯な子供のように傍らを振り返る。

 調整官達にあてがわれた部屋。那人の見る先にいるのは、古族。紅の髪を揺らめかせて、古族がけして那人を見ようとはせずにいる。

「しってる?」

問い掛ける悪戯な那人の口調に、明るく口許を彩る微笑に、古族がためいきを漏らす。

「そう、いつ過去は過去になるんだろうね。」

にこりと笑っていうさまは、日頃自身が主張している人畜無害に平穏な外見といえないこともないだろうが。

 古族が、そっと見て溜息を漏らす。

「どうしたの?」

「いえ、…――今回のお仕事は。」

押えた口調でいう、古族に、那人が微笑む。

「うん、別に難しい仕事ではないんだけどね。この氷に埋れた星の、この辺境星を中心にしていた政府が帝国に滅ぼされた――その後始末だからね。十年前の事だから、まだ生々しくてねえ。この辺境での状況は中々本星まで届いてこないからね。まず調査しないと。僕達が来たことに、基地司令なんかも戸惑ってるようだし。」

そりゃあそうだよねえ、辺境基地に調整官が来るなんて、内部査定にきたっていわれてるような気がするだろうしー、実際その通りかもしれないけど、僕はそんなの興味無いんだけどね、と。

 一言訊いただけで次々と続いていく調整官の口が途切れた隙に古族がいう。

「それはお聞きしました。」

「いったっけ?」

そうだった?と可愛らしく――確かに、外見はそう見えないこともないが――問い返す調整官に、古族が微かに眸を伏せる。

「はい、それは此処まで参りました船の中で。調整官殿。」

「うん?なに?補佐官殿。」

「―――――その呼称で呼ばれるのは、やめてください。」

「何で?事実だけど。」

「――――事実でも、私に貴方を補佐するほどの力はありません。…私の役目は唯貴方のすることを見ていて、報告するだけです。確かに抑制の任は期待されていますが、私は自分にそれが出来るとは思わない。」

真剣な面でいう古族に、那人が、心外だなあ、と明るい瞳でいう。

「やだなあ、人が聞いたら何かと思うよ?本気にしたら大変じゃない。いくら帝直属の調整官だからって、唯の人間風情に百万年は生きる古族が何いってるの。人っていう種族は、君達にとって風に消えていく塵に過ぎないのに。」

明るい黒瞳を、振り返って見ないように注意しながら古族が答える。

「確かに人の命はあまりに短いものですが。――何れにしても、私はまだ人の時でいえば、一千年を生きたばかりの子供に過ぎません。正直、貴方のすることを見ているだけでも荷が重い。」

「やだな、僕がそれじゃあ、よっぽど酷いことでもするみたいじゃない?」

古族が沈黙した。何と答えていいのかに詰まったように見えた。

「どしたの?」

「いえ。――――調整官殿の、今回の目的は何処にあるのですか?」

一度瞳を伏せて、思い直したように問う古族に、調整官、那人が首を傾げる。

「目的って、それはいつもひとつでしょ?帝の為に、帝国の利害を調整する、のが僕の役割。正しく利害が調整されるようにするのが役目。今回の場合でいえば、この辺境惑星を中心にした前政権の残党とか、そういう類が生み出している帝国の利害に合わない事態を、合うように収めるのが僕のお仕事。いつもそれ以上のことはないよ?」

にこり、とそれだけ見たら確かに人畜無害の笑顔に古族が視線を逸らす。

「あ、酷いなあ、信じてない。」

抗議する調整官に、補佐官――その任で無いという古族――は溜息を吐いた。

「その溜息って、何処で覚えたわけ?古族はしないと思うんだけど。」

「―――必要があって覚えました。適切な感情表現をすることは、この形を取る際にとても必要なことだと教わりましたので。ストレス、というものを発散する為に、必要な表現だそうです。」

「―――――適切な感情表現?」

難しい顔をしていう那人に、古族が淡々という。

「はい、私の前任者の古族に。貴方と付き合う際は、とても必要だと教わりました。」

「――――前任者って、あの?…ひどいなあ、僕の補佐官としては、とても長く勤めてくれたし、ちゃんと命のある内に任期を終えられた貴重な古族だったのに。…だから補佐につけてくれるなら普通の人がいいっていうのに、聞いてくれないんだもんなあ。…」

古族って冷たい、ぐれようかな、ぼく、といっているのを聞いて思わず、心臓が冷えるという人間の喩えというのはこんな感じだろうかと思いつつ―――ぐれる、というのだけはいかにしても止めて欲しかった――古族の補佐官がいう。

「その、普通の人、というのは、いわゆる人間のことですか?この基地にも勤務しているような、所謂人族のことでしょうか。」

真面目に訊ねる古族に、調整官が無邪気に答える。

「勿論だけど?普通の人間でいいっていうのにさあ。…誰もきいてくれないんだよね。」

「それは、…。」

沈黙した古族を、那人が不思議そうに眺める。その黒瞳を注意深く避けながら、古族は思う。

「それは?何?」

気になるから教えて、という那人に、古族はためいきを吐きつつ、口にする。確かに、この感情表現の方法を教えて頂いてよかったと、密かに前任者に感謝しながら。

 古族の中だけで生きてきたときには、思うこともなかったが。

 こうして、ためいきというものを吐きたいことというものが、人の世の中にはあるものなのだな、と思いつつ。出来れば、前任者に、ずっと現役でいて欲しかったと思うが、既に叶わない過去だろう。

 古族の補佐官すら、命のある内に任期を終えられたのは確かにその前任者だけ。

 人を、補佐につける、というのは、―――。

「ちなみにお聞きしますが、人を補佐に迎えられましたら、少しは行動に手加減をなさいますか?」

「どうして?」

訊ねたのはもしそれで多少なりとも押えられるのなら、といった気持からだが。不思議そうに訊ねる上官に、希望は潰えていた。

「調整官殿。」

「うん?」

「私は確かに人の命が短すぎて、吹き過ぎて行く塵のようにも思われますが。」

「うんうん?」

「―――けして、それでもその短い命が悪戯に散るのをみるのがいいとは思われません。まして、散ると解っていて死地に追い遣るようなことは哀れでできません。」

「…―――散るの?補佐官。」

「……これまでの行動を手控えなさる御積りはないのでしょう。」

頷く那人に、古族がしみじみと宇宙空間を眺める。古族にとって、障壁も現在身を置く此処が惑星の表面であることも些細なことである。懐かしい宇宙の果ての無い無窮を見て心を慰める。

「補佐官?」

「―――いえ、私も古族である以上、種族の持つ義務からは逃れられぬものと。」

これで、もし自侭に辞任などして、もし間違って後任に人族が、この調整官の希望するとおりに送られてきたりなどしたら。それこそ人でいうなら、寝覚めの悪さに夜も眠れぬ、といった処だろう。

「生きている以上、義務は付きものだと、いま悟った処です。」

瞳を伏せる古族に、那人が抗議する。

「ええっ?何で?どーしてっ?僕、こんなに人畜無害なのにっ、…極普通に、真っ当に、帝の為の辺境調整官なんてやってるのにっ。」

「…―――。」

何処までこの方が本気でいわれているのか。唯一命のある内に、任期を唯一真っ当したという前任者に、是非とも聞いてみたいと思う現補佐役の古族である。



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