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女神の帰還  作者: 甲斐 つかさ


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16/17

女神の帰還 16 ――約束 2――

 やわらかな黒髪がふわりと宙に舞い、黒瞳がやさしく微笑んでみえる。

 かなりうさんくさいが、周囲に止まっている瓦礫が、止んでいる震動がリ・クィアの前にあった。第一、腕の中に妹もまた動きを止めている。

 事実は事実だと、目の前に現在進行形で動いていると――周囲の時間は止まっているようだが―――認めるしか無いとリ・クィアは思った。

 では、このふざけた少年は、単にかれにとっての事実を述べているのだと。

「どんな望みでも叶えるのか。」

「うん。出来るよ。」

「ではひとつだな。」

あっさりと告げようとするリ・クィアに、那人が慌てて遮った。

「あの、条件とか、そういうの聞かなくていいの?」

「さっき聞いたぞ。おまえがいったんだ、代償にひとつ、要求するのだろう。引き換えに。」

「う、うん、そうだけど。」

慌てている那人に、訝しげにリ・クィアが云う。

「だったら別に何を慌てているんだ?望みを訊きにきたのだろうが。」

「うん、それはそうだけど、――――…その、もう少し、考えたりしない?」

「どうしてだ?」

訝しむリ・クィアに那人の方が詰まる。

「えっと、――それは、どうしてでしょう、あれ、なんでだろ。」

「いいじゃないか、望みを訊きにきて、望みをいわれるんだ。何を慌てている?それとも出来ないのか?本当は。望みを叶えるとかいうのは。」

「ううん、それは無いんだけど、―――あれ?えっと。」

「本当に出来るんだろうな?何だか頼りないが。」

「ええっ?これでも、君達クラスの願いなら、全然余裕で叶えるくらいは出来るんだけど。」

「けど、何だ。はっきりしろ。」

「ちょっとまって、――引っ掛かるんだけど、――ああそうか。」

「何だ?問題点がわかったか?いってみろ。」

「どうしてそう偉そうかな、―――僕、君の願いを叶える為に来たんだよ?もう少し礼をとってくれてもいいんじゃない?」

「最初に取ったぞ?礼は充分に。それを突き崩してるのはあなただろうが。」

「――そうかも。」

思わず同意してそれから口を噤んで彼女を見直す。

「わかった、願い事には制限があるんだよ。一度にひとつ。それから、」

「それから?何だ。」

銀髪に鋭い藍色の瞳で見据える少女に、那人があきれたようにいう。

「本当に偉そうだなあ。…引き換えに出来るのはね、一番大切なものだけ。」

少女が首を傾げる。

「君の一番大切なものを、僕は替わりにもらっていく。それ以外は出来ない。わかった?」

「しかしそれだと矛盾するぞ。」

「え…?」

「これから頼もうというのは、私の一番大切なものだ。救って欲しいと願いたいのだが、奪われるのは叶わないな。救っておいて滅ぼすのも同時では、本当に願いをかなえたというには手落ちじゃないか?」

「えっと、それって如何いう願いごと?」

「破滅させるというなら教えない。」

「困るよっ、はやく願いを叶えて戻らないと、――時間を止めてるけど、いつまでもいていいってわけじゃないんだから―――。」

本気で困っている少年に首を傾げる。

「おかしな奴だな。時間が止まってるのにいつまでも、とかあるのか?わからん奴だ。まあいい、とにかく、だ。私の救ってほしいものを滅ぼすようなら、私は願いを求める君に応じない。どうだ?条件としては妥当だろう。」

「妥当っ?それ妥当?僕としては凄く抗議したいんだけど、そんなこというっ?」

「仕方なかろう。願いはひとつだけなのだろう?有効に使いたいというのが気持じゃないか。なのに、その直後に、願いを叶えた直後に対象が滅んだのでは、願った意味が無いというものだろう。違うかな。」

「えっと、――それはそうかもっ、て納得して如何するんだろう、僕。」

「納得して頂けたならルールの抜け道を探してほしいな。規則というからには決まりごとだろう。決まり事には抜け道があるはずだ。探してみても損は無いと思うぞ?」

「…えっと、抜け道って、そんな、むずかしいこといわないでよね。そうじゃなくても、僕は力が強すぎて生命体との契約ってそんな行ったことが無いんだからさ。経験不足なんだから。ああ、どうしたらいいんだろ、君の願いを叶えなくちゃいけなくて、でも君の一番大切なものを代償に貰わなくちゃいけなくて、でも願いは一番大切なものを救ってほしいってことで―――あれ?」

「さっさとしろよ。時間がないんだろう。」

「淡々と云わないでよ―――どうしようっ、これ。」

ええ、如何したらいいんだろう、と頭を抱えている少年に、リ・クィアは随分頼りないな、と思いながら眺めている。至急緊急の命題は、彼女にとってひとつなのだが。

「願い、いうぞ。」

「待って!相手からいわれたらもう断れないんだから、―――でもその前に、相手が引き換える条件を了承してる必要があるんだよ、つまり一番大事なものを引き換えにしても願いたいかっていう、―――。」

「矛盾してるな。」

「だから困ってるんじゃない!」

真剣に悩んでいる少年が気の毒になって、リ・クィアは口にしていた。

「私の願い事は単純なんだが、――そうだ、言い換えてみるか?」

「え?言い換えって?」

「何だか、言葉の問題のような気がしてきたぞ?ほら、あれだな。ちょっとした言い換えですり抜けられそうな気がする。」

「どういうの?それ。」

真剣に期待のまなざしで見あげる少年に、立場が逆じゃないのか、と思いつつ少女は口にする。

「つまり、私の一番大切なものを救って欲しい。――これは、私が一番大切にしているもの、すなわち私以外のものだな。対して、おまえが私から頂かなくてはならないのは、私の一番大事なもの、だ。私に属する大切なものだな。ちょっと苦しいがこれで如何だ。」

見返す藍色の瞳に、難しい顔をして那人が唸る。

「何とかなるかな…?つまり、君が一番大切なものは、君自身に属するものではないんだ…?」

「或る意味属しているがな。」

不思議そうに那人が眺める。

「ああ、その存在が生きていて、しあわせでいてくれることが一番大事なことだ。それは私自身に尤も深く根ざしているともいえる。私にとって、その存在が生きてしあわせでいてくれることが、すべてなんだ。」

微笑む藍色の瞳を見返して、那人が瞬く。

「そうなんだ。」

「ああ、――答えをいってしまっていいのか?」

「まって、――。でも、そうしたら、」

「どうした?おまえ、まるで子供のようだな。神にも悪魔にもなれるのだろうに。」

「それはそうなんだんけど。経験からいうと子供かも。君達のような生命体とは殆ど接したことが無いから。世界にだって降りたこと殆どないし。」

「それはいかんな。経験は積んでおいて損は無いぞ。努力したまえ。」

「ありがとう…そうするよ。だからね、僕の少ない経験でいうんだけど。」

「うん?何だ。」

「君って本当に偉そうだよね、…。」

「それがいいたいことか?」

「違うけど。」

困った子供のように口を噤んで、それから藍色の瞳を見つめる。

「あのさ、――いいにくいんだけど。」

「うん?」

「本当にいいにくいんだけど。」

「さっさとしろ。時間が無いんだろう。」

「うん、――――いうけどね、その。」

困って瞳を伏せる少年に、辛抱強く待ってやる。

「…君の記憶を、貰いたいんだ。」

少年の言葉に、僅かに見開いた藍色が見つめる。

「君の話を総合すると、その、君が大切に思ってるひとをたすけてほしくって、それで、君にとって一番大事なのは、その君自身を形造るもの、つまりは君の記憶だよね。一番大事なひとを、たすけてほしいっておもっている君自身、――君の想い。けど、これは、――君自身を、消すってことでもある。君は死ぬのとなんにもかわらない。君は何も思い出せなくなるんだ。君が大切に想っていた、たすけたいとおもったひと、そのひと自身のことさえ。何故助けたいと想ったのか、ううん、それより、たすけたいとおもったこと自体をわすれてしまう。君は、君であったことをわすれるんだ。」

それは、死んじゃうのと、かわりはないか、もっとひどいよ、といってうつむく少年に、少女は静かに笑いかけた。

「ばか、泣くな。」

「酷いな、泣いてないよ?」

「わかった、聞いといてやる。」

「―――すごく偉そう。」

「悪いな、性分でな。」

「…そういってるあなたが全部消えちゃうんだよ?望みも願いも、想ったことさえ思い出せなくなるんだよ?消えてしまうんだよ?いいの?」

涙を零して顔をあげる少年に、これで泣いてないと言い張るのは随分無理があるな、と思いながらいってやる。

「構わないよ。」

「…――どうして、」

「どうしてだろうな。…」

微笑して、腕の中に護る存在を見る。このいとしさも、そうおもっていたということすら、思い出せない、そうなるという。何もかも、失う。

 喪失する。

「そうだな、――…そうなると、ひとつ困るかな。」

「なに?」

泣きながら訊ねてくる少年に、微笑んでいた。

「つまり他人となる、ということだろう…?思い出せないということは。」

「そうなるね。」

「うん、だとしたら、―――この辺りは、私達の事情なんで、わかるかどうか不明なんだが、…。つまり、政争というのはわかるかな?」

「あんまり。」

「うーん。つまり、人と人が殺しあったりするのって、知ってるか?」

「殺すの?」

いずれ死んじゃうのに、そんなことするの?と問う那人に、苦笑する。

「するんだな、これが。で、私達はその真っ只中に巻き込まれてるんだよ。」

「うん?」

難しい顔をする少年に、笑ってみせる。

「つまり、これは随分と身勝手な心配なんだが、――私が記憶を無くして生きているとするだろ?」

「うん。」

「そして、大切なひとをわすれている。」

「うん。…」

困った顔で頷く少年を、どうにもかわいらしいな、と思いながらリ・クィアはいう。

「もし、大切なひとをそうと知らずに、記憶をなくした私が殺してしまったらこまると思ってな。」

少年が、真剣に少女を見返している。

「こまるんだ。」

「うん、困る。それでは何の為に頼んだかわからない。」

「…――――。」

沈黙する少年に、眉間のしわが刻まれてしまいそうだな、と思いながらいう。

「頼んでもいいかな?これは願いとは別なんだが。」

「――頼み?」

「ああ、君に頼みたいんだ。願い以外に、一つ。頼めるかな?」

「いいけど、何を?」

首を傾げて問う那人に、リ・クィアがいう。

「私を殺してほしいんだ。―――もし、間違って私が、きみに願う大切なひとを、殺してしまいそうになったら。」

「―――…あの。」

目を見開く那人に、頼む。

「済まないが、手間だとは思うんだが、―――頼めないかな。記憶がなければ、私は見わけることが出来ないだろう。どんな立場になるとも限らない。大切なひとの敵になることも無いとはいえない。もしそうなったら、そのときに、」

小さく息を呑み、一度瞳を閉じて。見詰めなおして、いう。

「わたしが大切なひとを殺す前に、私を殺してくれないか。きみになら出来ると思うんだが。」

「――…出来る、けど、」

「では約束してくれ。これは願いじゃない。わたしの頼みだ。君にもどうしても出来ないときがあるかもしれない。けれど、もし出来るなら、憶えておいてくれ。私が大切なひとを殺そうとしたら、私が殺す前に私を殺すと。頼む。」

落ちる涙を、隠そうともせずに少年が少女を見返す。

「酷いこというね。――…君は。」

「済まない。」

微笑する少女に、願いを訊く。

「―――…それで、君の願いは?」

微笑が、このうえなく美しい微笑が、藍色の瞳を彩っていた。

「世話を掛ける。―――わたしの願いは、」

同時に、時間が少し戻った。

 願いは。

 ―――妹を、救ってくれ。

 一番大切なひとを、たすけるのが願い。

 そして。

「考えてみれば、酷いひとだよねえ、…純情無垢な僕にさ、生命体に接触するのって、殆ど始めての僕にさ、―――あんな酷い要求するんだもの。ねえ?」

確かに、あれは殆ど始めての人という生命体の願いを叶えた瞬間で。

 自分は、あまりにおさなかったと思う。

 子供で。

「そんな子供にね。――酷いよねえ。…」

約束を果たす為に、此処まで来た。随分とあれから経験を積んで、あの頃の純情可憐な自分はとうにないけれど。

「本当に、修行したんだからね。君にいわれて。」

どれだけいっても、すべて憶えてはいないのだけれど。

 君は憶えていない。

「まったく酷いよ。」

いうと、ころり、と艇内の居心地の良いソファに寝転がる。そんな那人を見ながら、古族が静かに微笑んでいる。

 古族にとってさえ、遠い存在である、幾重にも重なる世界すら、小さく儚いものという認識をする、そしてそれが当然の存在であると、その正体を知る少年を前に。

 少年の形を――ときには青年の形もとるが、いま気がつけば、そこに寝転がっているのは少年の形である――した那人が、世界さえ小さな塵とする、喩えようの無い大きな存在であることを古族は知っている。その気紛れな指にさされるだけで、いまこうしてある世界が簡単に消えてしまう力を持っていることも。

 調整官などという仕事も、世界に降りて気紛れにしている仕事――何故、仕事をする必要があるのかは理解に苦しむが――であることも。

 そうして、その喩えようも無いほど大きな力を持った存在が。

 一人の少女との約束を守る為に、おそらく世界に降りてきているのだということも。

 少女の願いを、少年は叶えた。

 少女の妹をたすける為に、時間を戻し、惑星の位置をほんの少し、ずらして破滅を回避した。当時の僕って無器用だったから、周辺の時空ごとたすけるしかなかったんだよね、とは那人の弁だが。つまりは、少女一人をたすけるような細かな作業が出来なかった為に、当時一番少ない単位で救助した結果、惑星と、周辺の時空にあった艦船ごと全部、一切合財ひっくるめてたすけるという結果になったものらしい。

 何が如何であれ、原因が単に無器用だったから、であろうと。何れにしても、超常現象としか――古族にとってさえ――いいようのない現象をみせて破滅を逃れた惑星の物語は、一切が極秘に封印された。かくして、その後、初めて世界に接したのはそのときだというが。世界の時間としてはそれより以前からこの世界に接触し、経験を積んでいたらしい那人は随分と前から古族達とよしみを通じ、惑星の破壊が起こる前からこの世界で調整官として仕事をしていて。それを、補佐、というよりは気休めの監視――そんな恐ろしいことできるわけはないが――をする為に、代々古族の中から一名が、傍につくことになっている。実際、いつ世界を簡単に破滅させてもおかしくない存在の傍らにそれと知って付き添うなど、神経が持つ方がおかしいというものだが。ともあれ、本当に気休めとして、気紛れで世界に降りている那人の傍らに、常に古族が付くこととなっているのである。

 それにしても、と古族は思う。

 大切な存在の為に、記憶を捨ててためらうことのなかった少女は、いまも前を向いたまま過去の記憶を求めようとはしなかった。

 振り返ることをしない。

 何もかもを捨てても。

「たしかに、ひどい。」

微笑する。憶えているものにとって、その仕打ちは。けれど、何もかもを忘れても。

 ひとつだけを護る、その瞳は。

那人が、瞳を閉じて眠っている。永遠を比喩でなく生きるに近い存在の心にも鮮やかに残る。

 永遠の別離。

微笑して、古族は眠る那人を見つめていた。






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