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女神の帰還  作者: 甲斐 つかさ


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15/17

女神の帰還 15 ――約束 1――

「とうとう、訊いてはこられませんでしたね、彼女は。」

調整官に、古族がいうのは離艦して後の艇内。

 いろいろと後始末もあるからと、艦載機の中でも航続距離の高い、速度だけであれば巡洋艦にも匹敵する巡航艇を使用する契約を交し、宇宙へと出たかれらである。

「うん?訊いてって、何を?」

尤も、航行に関しては殆ど自動操縦任せである。いまも艇内のリビングに寝そべって、顎を手に預けて足を遊ばせていたりとする行儀の悪い調整官を前に、これはきちんと座を取りながら答える古族である。

 真紅の髪が無重量に揺れる。

「彼女の過去についてです。調整官が知っていることを解っていたでしょうに、彼女は訊いてきませんでした。本当に過去に何があったのか。連邦の駆体がいっていた通りなのか。彼女は訊ねようとはしませんでした。」

不思議に色彩の移り変わる瞳で、那人を眺める。

「そうだねえ、――きいてこなかったねえ、彼女。」

何処か遠くを眺めるようにして、頬を手に預ける。そうしていると、随分と幼い姿にも見える。もしくは、古族など及びもつかないほどに永遠をみつめ続けてきた姿にも。

 やわらかな黒髪が、ふわりと宙に舞う。無重量は、すこしばかりかれを穏かにさせるようにも見える。

 闇に深く炯を呑んだ、不可思議な黒を抱く瞳が遠くを眺める。

「訊ねませんでした。」

「うん。」

こたえて、それから瞳を閉じる。閉じると、随分幼い表情になる。まだ幾つも年を経ていない存在のようだ。それはかれの真実をかけらなりと知る古族にとってさえ。

 無重量の奥に耳を傾けるようにして、那人が瞳を閉じている。

 ――訊ねなかった、彼女。

「…彼女なら、そうだろうね、…―――。」

よく寝ているような、穏かな表情で、那人がしずかにくちにしていた。古族が、そのさまを、呟く言葉のひとつさえ落さぬように、受け止めるようにと見つめている。

 柔らかい古族の微笑に誘われたかのように、ゆっくりと言葉が綴られていた。

「二度とあえない、彼女なら、―――何処にいても、彼女が何になっても。いつも、同じこたえを出すだろうね、―――――。」

あえかな微笑を零し、瞳を閉じたままいう。

「――本当にね。」

そうして訪れた沈黙を、誰も、懐かしい無重量の中において。静かに、まもりながら巡航艇は航路を描いていく。




 破局は、突然に起こっていた。それは、恐らく誰もが計算していなかった、唯の誤算から訪れた事態だったろう。

 真相をいま知るものはいない。或いは、それは故意に起こされた破局だったのか。

 誰もいま、知るものは無いが。

 唯、その刻生きていた者達にとって、破滅が訪れたことだけは、紛れも無い事実でしかなく。

 惑星の断末魔に、かれらは打ち震えて唯居たのだ。何を変える力も持たず、運命を受け入れるものとして。

 皇国マクドカルに巻き起こった争乱の嵐は、それだけを見るならば、何ら特殊な出来事では無かった。争乱の火種は何処にでもあり、不満と不平、平等を求めるという名の革命は、時代を場所を越えて、こればかりは絶えることが無かったからだ。

 事は簡単な種から火が点いた。帝国に加盟する幾つもの同盟国には、帝を中心とする帝国の制度に倣う国も多く、皇国マクドカルもまた、その一角に漏れずにあった。皇位に就くものを巡っての争いは、皇国の後継ぎが常に一番若い継嗣に与えられる方式によって押えられてはいたが、完全になくなりもしていなかった。

 何故その争いが起こったのか、誰にも完全な原因など求めることは出来ないだろう。結局は、皇位を争うものたちが主流にあっての争いではあっただろうが。

 皇位にあるマクドカル家に、子は二人いた。

 長子として神殿に仕え、巫女として在るリ・クィア・マクドカルと、継嗣として現在推戴されているリ・ティア・マクドカル。

 青銀の髪に藍色の瞳を持つ巫女リ・クィアと。

 金髪に若草の瞳も愛らしい少女リ・ティアと。

 戦は、燎原の火を見るかのように、惑星を取り巻いた。それが神殿を落そうと、皇国を破壊しようと、それだけなら唯の争乱を起こした辺境の一事として帝国に記録されて終っていた筈だ。

 そうはならなかった。

 帝国は、争乱を制圧し、その記録を消した。

 記録が消されるだけのことが、起こっていた。起こるはずの無いことが、その刻。

 有り得べきはずも無い事が、その刻起こったことを知る、微かな資料がある。

 それは、帝国艦の作戦に従事していた艦の記録に刻まれている筈だ。注意深く消された情報の中にも、一部は残されたものがある。艦の航行記録を保存する中に、航行時の重力偏差を記録しているものが存在する。

 重力偏差の記録は、艦体の影響された重力の記録であり、他の情報と共に艦自体の疲労度、艦の寿命を計る為に重視されている為に、消されることの無い情報である。

 通常、人がこれらの情報を意味のある形で抽出することは無い為に、見逃されることとなった情報でもある。

 では、帝国艦のある重力偏差を見てみよう。

 艦の行動により影響を受ける重力偏差値には当然ながら上限と下限が存在する。下限は重力値の始まるゼロ地点だが、上限はそうではない。上限とは、艦の耐えられる値、つまりはその艦が製造された当時に期待された耐えうる重力の上限ということである。

 慎重に製作され、その強度に於いては民間を遥かに上回る性能を求められる帝国艦でも、対抗できる重力値は限られている。それは、とうに民間なら破壊されている耐性を重力値に対して持つものであっても。上限が存在するという事実に変りは無い。

 上限はある。宇宙に存在する重力の極限は、人の製造する艦の及ぶ処では有り得なかった。

 艦の製造時に設けられた上限、その値を超えれば、艦は破壊される。

 厳粛な事実であり、船乗り達が受け入れる人という存在の限界を、尤もよく現している事実でもある。

 ときに恒星を吹き飛ばす程の砲を力として持ちながら、それでも人の適えることの出来ない場所は存在すると、それが自明だと船乗り達は知るのだ。

 上限の重力を超えれば、唯艦は潰されて消滅するだけである。例外は存在しない。その値を超えて生き延びることは有り得ない。

 重力値をけれど、記録した情報を見るものがあったら、嘘だというだろう。

 重力偏差値の、ほんの一瞬。

 記録の針が揺れる僅かの瞬き。

 記録が、上限を超える箇所がひとつだけ、見られるはずだ。

永遠に、それは沈黙したまま、艦の誰も見ることのない情報として眠り続けるだけなのだが。

上限を超える重力、艦が潰れている筈の時間を生き延びた証。

尤も、一艦だけなら、それは何かの拍子に、幸運にも瞬時を生き延びたのだといえないこともない。有り得ないことすら起こるのが宇宙であると船乗り達も良く知っている。

 けれど、おそらくそれは一艦ではない。艦隊活動に従事していた、総ての艦に記録されている。密やかに、そんな事実は無かったかのように。

 記録されている。

 事実が。

 時間が、ほんの少し曲げられたのだという、事実の証拠が。

 実際、それらの艦は、重力値が上限を超えた瞬間に破壊されていなければおかしかった。事実そうなった。

 針は記録された無の瞬間から、時間を戻り、知っている時間に戻されて次に滑らかにあるべきデータを書き込んでいった。艦は壊れなかった。壊れた時間は、無に消えている。

戻された時間は、無かった時間であり、誰も憶えているものは無い。

 誰も憶えていない。

 何があったのか。

 唯、地殻変動が在ったと記録されているだけだ。

 幸運にも、生き残るものの在った地殻変動が、起こったと記録されているだけである。

 惑星氷華は。

 一度、軌道を変化させるほどの地殻変動を偶発的な兵器の使用や破壊によって引き起こされ、幸運にも命を取り留めた。そう、記録は告げているだけである。

 尤も、惑星自体が破壊されかけた活動の一部始終は極秘とされ、さらなる真実が顕れることの無いように隠された。

 惑星氷華は、一度滅んだ。

 破壊され、その重力震に引き起こされた偏差が、周囲の艦隊をも巻き込み、記録された。惑星一つがその中心に向かって崩壊した破滅のとき。

 上限を超えた重力が記録され、総ては滅びるはずであり。

 覆る筈は無かった。

 声が。

 その声が、―――――。

 声が渡るまでは。

 滅びを迎えて死に瀕する惑星の上から、声が届かなければ。

 声は、―――叫んでいた。

 たすけを求めて、叫んでいた。

 唯一人を救って欲しいと、それだけを願って。

 自分を起こした声の悲痛な叫びに、訪れずにはいられなかった存在は、声の傍に顕れた。

 そして、訊いたのだ。

 望みを。





 久し振りに起こされて、那人は不思議に思ってその場所を訪ねていた。氷の天井が砕け落ち、道は割れ、生きているものが歩ける場所ではなかったけれど、特に気にせずに現れた。散歩でもしているように、のんびりと。

 惑星の崩壊が迫っているのだ、ということは降りた瞬間からわかっていた。尤も、重力崩壊を起こしていく直中を、歩いている辺りの非常識さは、特に気にしてもいなかった。普段なら気をつけなくてはならないだろうが、いま目撃されても目撃談を話すことのできるものが残らない。実際既に、生きているものなどいないようでもあった。

 那人は、のんびりと歩いて、神殿に着いた。

 破壊の僅かに留められた様子は、地盤の強固な場所に建つことと、その堅牢さに寄って来るものだろう。

 那人は気軽に時間を止めて、―――実際、既にこのままほんの少しでも時間を経過させていたら、目的の対象が潰されてしまうのはわかりきっていた―――神殿の落ちかかる天井や柱を避けて近付いた。

 那人の黒瞳を、射抜く鋭さで見つめる存在があった。

 銀髪の長い少女の姿をしていた。

 腕に、小さな子供を、金髪の少女を抱えていた。

 鋭い瞳が那人を射ていた。

「きみは、――そう、名前はリ・クィア・マクドカル。この子供は、リ・ティア・マクドカル。では君が、僕を呼んだんだね。随分と久し振りなのだけれど、―――人に呼ばれるのは。僕も眼が醒めたばかりでこの辺りの事情がよくわかってないんだけど。ああそうか、君は巫女なんだね、それで僕を呼んだのか。―――…ひとに神として呼ばれる何て、随分久し振り過ぎて実感わかないなあ。」

銀髪の少女に額に指をさしのべ、軽くふれる間際に留めていう。

「さてそれでも、呼ばれたわけだし。訊いてみる必要があるかな。」

いうと、静かに指をふれる。

「…――君の望みはなに?リ・クィア・マクドカル。」

静かに闇が見つめる先で、リ・クィア・マクドカルは、銀髪の少女は藍色の瞳に、那人を捉えていた。

 沈黙が降りる。周囲の降り続けていた瓦礫は、おかしなくらい当然のように動きを止め、いままで奈落に総てを叩き込む激しさで鳴っていた震動は、かけらも姿をみせない平穏にリ・クィアは瞳を開いた。藍色が激しく那人を見つめて煌く。

「状況がわかりにくだろうから解説するね。君はいま死ぬところ。僕が時間をとめてるけど、流れ出したらその流れには逆らえない。このまま死にます。」

凝視しているリ・クィアに、淡々と説明していく。

「僕は君達の説明だと神様なのかな、それとも悪魔なのかな、あんまりよくわからないんだけど。どちらにしても君に呼ばれて訪れたから、君の願いをひとつ叶えます。願いはひとつだけ。それから、代償をひとつ。ひとつのねがいにひとつの代償。わかったかな?理屈は。」

無言で見る藍色の瞳に、首を傾げる。

「どう?願いは無い?それとも適応しきれてないかな?此処まで僕を呼ぶくらいだったら、それくらいの適応はしてくれると踏んでるんだけど。あ、でも、単なる火事場の馬鹿力ってあるよね。生命体にはときどき。生きてるものって不思議だよねえ。僕さ、いつも思うんだけど、君達、世界を生きるものって、世界の法則にしばられていて、物凄く一瞬の命なのに、なんていうか、タフなときってあるよね。よくわからないんだけど。ぼく、時間とか世界とかの流れに沿って生きてないから。不思議だよね、世界とか、生き物とかって。」

ね、と訊く形は少年に見える、――黒髪黒瞳の、極普通の少年に見える那人を前に、擦れた声でリ・クィアは、口にしていた。

「望みを、叶えるのか。」

「あ、理解してくれた?ちゃんと代償は頂戴ね。ルールだから。」

「ルール…?」

いうさまが如何にも少しばかりうれしそうで、あきれながらリ・クィアは口にする。

「うん。僕達はあんまり世界に降りていってはいけないんだよね。あまり影響を与えると、世界自体が潰れるから何だって。ま、確かにそうだよね。世界って、脆いし、すぐに燃え尽きちゃうし、幾つもあるけどやっぱりさ、だからってどれか壊していいなんてことにはならないだろうしね。中に沢山の命が生きてるとなればなおさらちょっと触ったくらいで潰れちゃったら寝覚めが悪いでしょ?だから気をつけてるんだけど。今回、僕呼ばれたし。」

「呼ばれた…?」

いっていることの半分処か殆ど理解出来ない上、どうにも理解させようとして話していない相手に眉を寄せながら、何とか理解出来た一部を問い掛ける彼女に。

「うん、君が呼んだ。よく寝てたのに、君、声が届くなんて、よっぽど大声何だね。」

にこにこ、感心していっているのだろうが、如何にも褒められた気がしない辺りに背筋にむず痒さを感じながらリ・クィアが問う。

「では、私の望みを叶える為に来てくださったと、―――思ってよろしいのか?」

「うん。そういってる。」

「………。」

リ・クィアは思わず沈黙して目の前に極平凡な――いや、多少愛らしいとか、かわいいとかいう形容をして間違いでは無い容姿だろうが――少年を見返していた。


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