女神の帰還 14
「それは存じ上げませんが、―――例えば今回のお仕事ではどのような事をなさったのです?多分、お仕事の内容が、このような反応を…御二人、―――艦長と古族殿にさせているかとおもうのですが。」
二人、と数を数えてよかったかと、いいなおすリゲルに那人が頬杖ついて首を傾げる。
「おかしいなあ。僕、今回は、全然普通に、おとなしく仕事してたんだよ?全然星も壊さなかったし、極平和的に解決して、何もしてないのに。」
ひどいよね、こんな風にいわれるの、とおとなしげなさまでいう。そのようすに、リゲルも嫌な予感を覚えていた。
背筋を、何か伝うものがあるというか。
聞かずに、このまま別れて艦を返した方がいいのではないか、とか。
嫌な予感ほど、良く当るというのは真実のことだったろう。
調整官の仕事の内容、を聞くごとに。
沈黙がひたひたと、帝国旗艦藍氷のラウンジを被っていたのだった。
平和的解決といって、那人が取ったその手段。
「だって、あんまり補佐官とかが怯えてるし、ここは僕、ちょっとは平和的解決方法でいつも仕事してるんだよっ、てとこを強調しておかなくちゃいけないと思って。」
無害な笑顔で、うっかり顔だけ見ていれば、かわいらしくさえある黒髪黒瞳の調整官を前に、皆がもういいから、と思っていたが口には出さないでいた。
自発的な告白だけでこの有様なのに、どうしてうっかり発言をして、さらなる恐怖を引き出したりなど、出来るだろう。
延々と告白、というか仕事内容を那人にいわせる羽目に陥ってしまった、最初の発言をしてしまったリゲルは、深く深く反省していた。
「だから、取り敢えず今回は副官さんのいうとおり、もともと一つは十年前帝国域に入ったこの惑星圏の、独自政権からの非公式接触希望に対応するって目的とね。」
にこにこ、本当に無害そうだ。
「…それと、エンゲス君の活動がさ、どうも最近、剣呑になってきてたんで、そろそろ打ち止めかなーって、気分になってたし。」
何が剣呑で、何が打ち止めにしたいのか、第一、気分というのは何なのか。誰もが突っ込みたいが、うっかり口を開いたときの恐さで突っ込めないでいる。
「それでね、最近の活動に、終止符を打ってもらいたかったから、丁度空いてたし、これは丁度いいなーって、艦長が居る藍氷を借り受けて訪問することにしてね。」
「…――私は、最初から囮か。…」
確かに自分で囮になったが、それと他人に囮にされていたというのとは別問題である。
低く口にした艦長に、何?とあいらしく調整官が首を傾げる。
「なに?どーしたの?艦長さん。」
「―――…っ。」
「堪えてください、艦長。」
リゲルが後ろから羽交い絞めにして艦長の発言を封じる。口を塞がれた艦長が、副官に抗議して目で睨む。
「…聞いてくれればいいのに。」
さみしそうに、口許に指をひとつあてていうかわいらしいさまに、艦長が脱力して肩を落とす。
「いい、離しても、聞かないから。」
「かしこまりました。」
「聞いてくれないんだー。」
沈黙して艦長が那人の視線を遣り過ごす。
「遠慮しなくていいのに。」
艦長が肩を落としたまま凍りつく。リゲルがそこはかとなく視線を逸らし、ティアさえ、沈黙して視線を落している。補佐官は、ずっと調整官が視野に入らない方を向いて沈黙している。
「おかしいなあ。皆どうしたの?暗いよ?」
「いいから続けてください。」
勇を振り絞って、いうのはリゲルである。
「うん、続けるけど。どうしたのかな、本当。でさ、艦長さん来るって報せてあげたら、とてもよろこんでね。エンゲス君ったら、艦を奪う計画と、艦長さん殺してこの惑星域に支配力を強化する計画とよろこんで建ててくれてね。」
にこやかにいう那人に、艦長が呟く。
「つまり、私はやはり囮か。」
ぼそり、と暗く呟く艦長に、リゲルが押えてください、と小声で云う。
「大丈夫だ、押えてるぞ?」
「エンゲス君にとって、君は十年前に取り逃がした獲物だからね。とてもよろこんでくれていたよ。」
「…それは、どういうことだ?」
底冷えのするような声音で云う艦長に、対してにっこりと那人が組んだ手に顎を預けていう。
「うん。エンゲスは、連邦の傀儡だった。―――というより、本来連邦の人間なんだね、かれは。連邦の好きな、潜入して相手政権の掻き回しをして、武器の援助とか、政争の激化とか、―――いろいろして、帝国に対して反旗を翻させるのがかれのお仕事だったわけ。」
「――連中は姑息な手が大好きだからな。」
冷えた表情になる艦長に、那人が頷いて笑顔になる。
「うんそう、あの子達って、本当に陰険な手が好きだよね。連邦って、帝国が本当に嫌いだから。どうしてこんなに仲が悪いって聞きたいけど。」
「別に、嫌ってはいないぞ?どうでもいいのに、向こうがちょっかいを出してくるだけだ。連中のいう、正義とやらの押し付けは、沢山だといいたいな。ようは、資源を手にしたくて手を出している惑星域ばかりのくせに、政争とか正しい政治形態とか、余計な口を開いてほしくないものだ。まだ金が欲しくて盗むという泥棒の方が、正直に生きているというものだろうよ。」
いう艦長に、隣でリゲルが嗜める。
「そのものいいでは、嫌っていないとはいえませんのでは?全面、好悪の感ばかりという感じですが。」
「おまえな。それはその通りだが、第一おまえは連中を嫌ってないというのか?」
「敵として現れたときは好悪に関係なく敵ですからな。唯単に護りを主とする帝国に属していて、助かると思うときはありますが。」
「そうだよな。連中、仕掛けはする、しかも先制攻撃は平気でする、――どうみても文明を重視してるとは思えないほどどうかしている。犯罪者引取り協定も交わしてない相手に、引渡しに応じないからって、先制攻撃仕掛けるような連中だぞ?正気かというんだ。」
「――まあそういう例は、腐るほどありますから。あんまり考えると本気で腐ってきますから、考えるのはやめましょう。何れにしたって我々軍人としては、命令に従うだけですが、少なくとも、防御に呼び出されているだけ、助かっているというものです。向こうの連中は、仕事としてこれでは辛いだろうと、思うことが度々ありますよ。それでも、艦長。私達のしている仕事だって、結局変わりのあるものじゃありません。」
「すまん。わかってる。―――続けてくれ。」
那人が少し首を傾げ、続けて云う。
「つまり、十年前、帝国に対して紛争を起こさせたのは、連邦、エンゲス君の介入によってだったわけ。それまで良好な関係を築いていた帝国と皇国マクドカルは、そのとき紛争状態に突入した。尤も、帝国にだって全然非が無かったとは思えない。火種はあった。交流する二国間、特に、一方が巨大な時はよくあることだけれどね。でも、いっておけば、内政干渉はしていなかったし、貿易不均衡もむしろ帝国が多く譲歩していたのだけれどね。」
「そうは見ていない者達もいたということです。」
「うん、いたねえ。…権力とか、利権とかに近付けなかった、非主流派とかいう人達のことだね。十年前、そんな人達が焚き付けられ、武器の供与を受け、現政権に、帝国に対する不満を突き上げて、戦を起こした。」
ティアを向いて、那人がしずかにいう。
「絶対に不満を持つものがいない国家というのはありえない。どんな組織でも、どれほど小さいチームでも、まったく不満が存在しない集団というのは無いんだ。皇国マクドカル代表。」
手を組み、しずかな不思議な黒が、ティアを見詰める。
「火種を見つけること、そして大きくすることは簡単なことだ。それを大きくして人の命を奪う政争に、戦争に発展させることも難しくない。けれどね、代表。」
若草の瞳に、恐ろしく深い黒が告げる。
「けれど、そうした不満が、何処にも見えない国は、既に国ではない。―――わかるかな?」
酷く緊張して、息を整えてからティアが頷いた。
「おそらく、わかっています。――完璧な統治など、誰も不満を持たない政治など、あってはいけない。」
「そう、不満を、出来るだけ少なくするのが政治だけれど、総ての不満を無くそうと思ってはいけない。また、消えない不満を見ない振りをしてもいけない。そしてさらに、不満を出来るだけ無くするようにしなくてはいけない。―――政治に、矛盾しか無いけれども。」
微笑して、那人が少女を見る。
「矛盾があることを忘れてもいけない。―――きみは、自分が唯代表であることを忘れてはいけない。忘れることはとても容易い。」
「ええ、…――私の、父と母のように。」
「皇国も、帝位も、同じことだ。それらは、わかりやすいターゲットとして存在している。帝国が帝位を中心とするのは、いつでもその帝位を、誤ることがあれば引き摺り降ろす為。システムの中心としての帝位はいつでも交換可能なものです。そして、その為の調整官として僕は働いている。」
だから、と微笑む。
「きみが間違うなら、僕は調整に赴きます。今回、貴方がたが改めて政権を樹立し、政府として機能する申請を助けたと同じように。」
「――明日のことはわかりません、調整官殿。ですが、今日を一歩一歩歩いて行くことなら私達には出来る。そう信じていくしかないのです。そして、だからこそ私達は、帝国に加盟し、連邦の内政干渉を断つことを選らんだのです。」
「エンゲス君って、その意味では中々尻尾をつかませなかったからねえ。…艦長っていうえさがあってたすかったよ。君のせいで、十年前、彼は仕掛けを仕損じて、せっかく蜂起させた民衆は鎮圧されるし、帝国が結局皇国の自治権を封鎖し取り押さえてしまった。失敗した仕掛けを再び成功させる為に、あの基地に赴任してから随分がんばっていたみたいだけど、そこへ君の帰還はいかにも都合が良かったからねえ。かれも、今度こそ、手土産もってお里帰りができるって期待してたんだろうけど。」
「…――聞いてると、うっかり気の毒になってくるな、…。」
気のせいなんだが、という艦長に、リゲルが隣で僅かに頷く。
「うっかりそうなりますな。…内乱を引き起こした首謀者など、同情できるものではないのですが。」
「エンゲス君も、長いこと潜入してたんだけどさ。組織なんて信用しないで、自分の好きなことだけしてればよかったのにね。あ、それとも騒乱を起こすのが好きだったのかな。」
人畜無害な顔をして、にこやかにいう那人のさまに、胆が冷える心地がする、調整官以外一同である。
「それは、軍人として、耳が痛いですな。」
自省するリゲルに、艦長がいう。
「うっかりそう云う物事を考えない方がいいぞ。何れにしたって、おまえ、理不尽な命令に従う気ないだろうが。」
「―――何の御話ですかな?私は模範的な帝国軍人ですが。」
「…――おまえ、以前准将に昇進するはずのとき降格されて、大佐になったろう。」
「何の御話ですかな?いずれにしても、私は命令は遵守致します。」
「うん、聞いとく。」
ティアが不思議そうに二人の遣り取りを眺めている。つまりはいざとなったら命令よりも個人としての行動を優先するという軍人としてはあるまじき発言をさらりと流している二人に瞬きする。
「調整官殿。」
「うん、なに?」
「帝国軍人というのは、このような方達ばかりですの?」
「まさか!命令は遵守する処か、護るものだって考えることもせずに護ってる輩が普通だよ、帝国も。」
「その点は連邦と同じですのね、…。」
「そうそう違うもんじゃないよ。どちらも同じ人が組織してる処だからね。」
「そういうものなのですか。…」
「だよね。で、エンゲス君は基地のエネルギーライン通して帝国艦を手に入れようとしたり、いろいろがんばってね。で、其処に艦長さんたちが思った通りの行動とってくれたから、僕としては凄く助かっちゃった。」
にっこり、感謝してるね、という那人に、脱力する二人である。艦長がそれでも漸く気力を振り絞って云う。
「――つまり、エンゲスが基地を危険に晒すのを、黙ってみてたのか…。」
「でも、君も基地のシールド騒ぎが、結局は艦を動けなくして、あわよくば奪取を狙ってたってこと、知ってたんでしょ?」
「その位はな。…乗ってやらなければ、相手の手も見えてこないだろう。」
「その場合、君は艦の乗員の命と基地の人員の命を賭けてたわけだからね。」
お互いさま、といって微笑む姿に、額に手を当てる。
「いや、…そうかもしれんが、どうも、だな、貴君と同じといわれるのは、人として如何かという気がするぞ。」
真摯にいう艦長に、補佐官が同意する。
「そうです。貴方は人として、此の方ほどの非道はなさっていないと思いますよ。」
「慰めてくれてありがとう。古族の方というのはやさしいのだな。」
「本当のことを申しあげているまでのことです。」
「―――…ひどいっ。本当に補佐官?僕の補佐?」
歎く那人に、誰も同情する素振りさえみせない。すねた顔をして見る那人にも、一同知らぬふりである。
「…ひどいな、すねちゃおうかな。…」
「私が妹と対決すると知って、放っておいたのだろう?」
その那人に冷たく艦長が云う。
「えっと。」
上目遣いで見る那人に、艦長が据わった目で云う。
「一つ間違ったら、あのエンゲスがあんな芝居気を出して引き合わせたりしなければ、私は妹を殺していたかもしれないんだぞ。」
「――いーじゃない、終ったことなんだし。」
「――…貴様。」
「一応誰も死ななかったし、さ?」
「エンゲスはあれは、如何して自爆しましたの?」
思いがけぬ助け舟に、那人がよろこんで乗った。疑問を差し挟んだティアに向き直る。
「うん、あのねっ、エンゲス君は、切羽詰まってたわけ。で、証拠を残すわけにも、引き渡す訳にもいかないんだね、――という彼なりの結論に達してさ。」
「それで自爆ですか?正直に申しあげて、――エンゲスの干渉は実に振り解くのが難しいものでした。あのとき、一同を集めてその前での芝居が破綻したとはいえ、あの程度のことで自爆するとは思えないのです。」
「うん、本人ならそうだろうね。」
那人がにこやかにいった一言に、一同が沈黙した。
さらりと投げられた言葉に思わず対応を忘れて動きを止める。
「―――あの、う。」
「うん?代表?」
「…あそこで自爆したのは、――エンゲス本人ではありませんの?」
流石というべきか、一同の中で一番に立ち直って発言したのは、皇国代表となるリ・ティアだった。艦長もリゲルも、まだ回復しないでいる。
「反応が限られてると思ったことは無かった?言葉に不自然さは?あれはエンゲスが用いていた駆体だよ。情報を収集する為に作られた駆動体。情報を本体に送信する為にあった道具だね。」
「―――――畜生っ!」
「艦長、落ち着かれて。」
「尤も、エンゲスは最初から駆動体だけを使っていたから、本人かどうか見わける何て問題では無いんだけどね。本体は情報収集をする為の別に作られた基地にずっと潜んで、コントロールを行うんだ。連邦がよくやる手段だよ。」
「…畜生、そいつは何処だ?何処にある?いって打っ潰してやる。」
「いや本当、うまく端末が自爆するようにもっていけてよかったよ。」
「―――調整官?…貴様?」
立ち上がった艦長をリゲルが抑え、それに構わずにっこり呟いた調整官に、艦長が剣呑な視線を向ける。
「もしかして、――エンゲスのいう通りに舞台を整えるようにいったのは、―――芝居に乗った振りをするようにと私に依頼なさったのは、――その、自爆させる為でしたの?エンゲス、――ではない、その端末を。」
「やっぱり芝居させられてたんだな?このやろーに。」
怒る艦長を何とか押し留めつつリゲルが訊ねる。
「そのう、…―――気のせいでしたら、済みませんが、―――――索敵の為に、まさか今度の事を、一部始終、仕組まれた、とかは、…。」
思わず語尾が小さくなる副官に、艦長が振り返る。
「おい?それって、…おまえっ?」
「いえ、出来れば、辿り着きたくない結論なのですが、…。」
「うん、まんざら、ばかばかりじゃなくてうれしいよ。」
「…うれしい、ですか、―――。」
暗く、リゲルが呟く。
「うん、幸運かなっ。」
「―――あなたの、幸運ですか…。」
肩を落とすリゲルに、那人が不思議そうに訊く。
「ね、それじゃだめ?」
「いえ、…――構いませんが。」
「そう?処でまあ、そういう訳で、隠れてた本体も見つけることが出来たから、らっきーかなーって。連邦のコントロールを見つけるのって、中々骨なんだよね。流石に最後に情報送信する量と、自爆の司令を行わせる送信も、幾つも中継基地やごまかしを含んでたけど辿れたからね。大丈夫、きみたちが破壊しなくても、ちゃんとぼくが本体は確保してあるから。これまでの収集して流してない情報とか、向こうの情報とか、沢山手に入れたから。序でに、コントロールしてた本体も無駄なく押えてあるから。よかったね、皆。」
笑顔で那人が言い切った途端、艦長が視線を逸らして遠くを見詰めた。
「…艦長?」
「いうな。…如何してか、敵に同情しそうになってる自分がいてな。」
「それは私も同意ですが。」
「…捕えられましたのね。…」
「口先だけでいいの?証拠見る?」
全員が一斉に首を振った。提案した那人が哀しそうに訴える。
「えー、いけないよっ、人の話聞いただけで信じちゃっ。これ、僕の報告でしょ?真実とはどーしてわかるの?ねえ、ちゃんと裏付けとか証拠とか、集めてからもの考えようよ。」
訴える那人に、艦長が視線を逸らしたまま、疲れた声で云う。
「…確かに正論だが、一つ思い出してな。」
「なに?艦長さん。」
かわいく訊ねる那人に、胃に重いものを感じながら艦長が云う。
「職分を護る、とうことだ。所詮、一生の間に人間に出来ることは限られている。ならば、何もかもをこなそうとして何事も成さないよりは、己の職分を護り、その分野だけでも職務を真っ当する、――人というのは、小さい力を持つものだからな。その持てる力で出来る限りのことをするのが、本来の責務というものだ。」
「で、何がいいたいの?」
訊く那人に、艦長が淡々という。
「調整官。つまりは、私はこの艦の艦長だということだよ。本来の本分は、艦を護り、導くことだ。それ以上は私の責務を越える。」
「逃げるんだー、ひどーい。」
「そうくるか?」
抗議する那人に向かって、艦長が唸る。対して、肩を押さえ、リゲルが云う。
「いずれにしても、情報としては有益でした。今後の行動を決定していく上で、今回得たお話は、かなりの点で参考になるかと思います。ありがとうございました。」
「あ、終らせるの?」
首を傾げる那人に、リゲルがいう。
「艦長のおっしゃる通り、私達は艦の運営が本来の仕事です。貴方のいわれたことが真実であるかどうかは、今後主たる義務を果たしていく上で重要な情報源として検討していくことになるでしょう。」
「いま検討しないんだ。」
「ええ、いまは。必要がありませんから。」
微笑むリゲルに、那人が頬杖をついて見上げる。
「いいけどね。――で、君達は帝国軍人であることを選ぶんだ?」
「私は。」
静かに云うリゲルに、肩に手を置かれたまま、漸く振り向いて艦長が云う。
「調整官。」
「うん?」
「あなたは、―――やさしいな。」
微笑していう艦長、リ・クィア・マクドカルに、那人が、え、とくちをあける。
「あの。」
驚いて見返している調整官に、微笑したまま席を立ち、手を振る。
「下に離艦用の艦載機を用意してある。一度艦から降りられると聞いた。連絡口の連中にいってくれれば、大概の行く先に対応できるようにはしてあるから、いってみてくれ。それから。」
ティアを、艦長が振り向く。入り口に立つリゲルを置いて、ティアの傍に戻り、しずかにいう。
「私は、帝国軍人だ。そうそう休暇も取れる身分ではないが、そして簡単に通信が出来る状況に無いことも多いが、――それでも、ティア。」
無言で見あげる若草の瞳に微笑み掛ける。
「何か相談したいことがあったら、この私で頼れることがあると思うなら、いつでも連絡してきてくれ。出来るだけ間に合うように駆け付けよう。」
無言で、ティアは艦長を見送っていた。
艦長は、見送りに来るとはいわなかった。そして、本当に見送りには来ないことがティアにも解っていた。




