女神の帰還 12
転がる剣を手に、無表情に立ち上がる少女を、内心の焦りと共にリゲルが見返していた。シールドは確かに攻撃を弾くだろう。麻痺銃でねむらせるしかないが。
鋭い斬撃が襲ってくる。艦長を抱えた身では、動きが制限されて避けるだけで手一杯だった。いや。
「っ、…――――、」
力任せに握り締める。肩に、剣が姿を変えた、――氷柱に似た一撃が刺さっていた。少女が切ると見せかけて投擲したものだ。咄嗟に艦長の首を狙って投げられた剣を避けたが。
氷柱が抜ける。血に塗れたそれを、投げ捨てる。
シールドを張る際に、それが艦長の身体に触れるのに躊躇した。展開値を上げれば投げつけられた剣は防げるが、艦長の身もシールドが異物として弾いてしまう恐れがある。
少女の手に剣が戻る。
「あんまり、こういった接近戦は、したことがありませんでな、…済みませんな、艦長。処で、取引を申し出てもいいかな?エンゲス殿。」
艦長を抱えて、唐突なリゲルの言葉に舞台の影に隠れていたエンゲスが眉を上げる。
「貴君の聞き捨てに出来ない話ですよ、エンゲス殿。…辺境基地の司令官としてこれまで仕事をして来られて、実は帝国に支配された皇国の復活に心を砕いて来られた、…―――のですな、エンゲス殿。」
「何を申されたいかな。」
「もうすこしこちらへ。序でに攻撃を止めて頂いて、話を聞いて頂けるとありがたいな。これは、私と艦長しかまだ知らないのだが、…――情報解析による結果というのを、この場で公表してもよろしいかな。」
エンゲスがゆっくりと影から出る。
「取引をしないかね、エンゲス殿。」
静かに恫喝する氷青の眸を射抜くように見てエンゲスが動きを留める。リゲル達に向かって歩み出すかと思われた瞬間、踵を返し、かれらとリ・ティアの間に止まり、リ・ティアに額づく。エンゲスが云う。
「よくなさいました、リ・ティア・マクドカル様。さ、留めを。」
「エンゲス卿。」
感情の伺えない声でリ・ティアが口にしていた。
玲瓏とした、これまでの無表情とは違う、何ものかを押えた美しい面で。
「おまえは、ずっと私達を援助していてくれました。そう、十年前、帝国と私達が雌雄を決した戦いに於いても、資金と武器の援助を常に私達に対して行って来た。」
エンゲスが、言葉の調子に微かに顔を上げる。
「…エンゲス卿。ひとつ、提案があるのです。――――おまえたちの援助を、ずっと私達は受けて来ました。いささか長すぎる。如何です?」
「どう、…なさいましたかな、皇女。」
膝を半ばあげ、中途にして問い掛けるエンゲスに、リ・ティアが云う。滑らかに告げる美しい緑の瞳に、動きを止めて仰ぐ相手に。
「厚意は充分に受け取りました。おまえには、これからおまえの来た処に戻って欲しいと思うのですよ。エンゲス卿。」
「―――皇女。」
「つまりは、――――こういうことだ。」
エンゲスが腰の銃に手を掛けるより速く、背後から麻痺銃を突きつける。鮮やかな藍色の瞳が厳しく見詰めるのを、エンゲスが凝然と見返す。
リゲルが無言で、エンゲスとリ・ティアの間に身を入れて盾になる。エンゲスに向き直り、その行動を監視する形を取るリゲル。背から武器に手を回し、武装解除していく艦長に逆らわずにいながら、エンゲスがリゲルに向き直った。
エンゲスの手に在ったのは、麻痺銃では無かった。十分に殺傷能力を持った銃を奪われ、エンゲスが嘆息する。
厳しく見詰める藍色を見ながら。
「何故動いておられるのですかな。」
艦長が冷たい藍をエンゲスに向ける。
「麻痺銃はあなたの単純な銃より便利でね。人は殺せないが、局所麻酔の代わりになる。髪が長いと便利だろう?影でいろいろするには都合が良いんだ。」
リゲルをエンゲスが見上げる。
「こちらも武装解除が出来ればな。」
「装備が違うだろう。だから、貴君も諦められたのではないのかな。」
「確かに。帝国正規軍の、しかも将官クラスを武装解除できるわけが無い。第一、本人の意思が失われても、武装を解こうとすれば、シールド防御が下手をすれば暴発して周囲を巻き込んで爆発を起こす。―――そんな物騒な防備によく身を任せているものだ。」
「慣れればそんなものですな。」
「―――これは茶番かね?君も演技が上手すぎるな。取引材料があるといったのは嘘かね。いつから、共謀しておられた?」
皇女と、と問い掛けるエンゲスに、まずリゲルが答える。
「本当ですよ。貴君の身分は掴んでいます。――連邦に、そろそろ帰る御積りでしたか、エンゲス殿。」
「共謀はしていない。だが、貴君が連邦の手にあって、この惑星の内政干渉を行っていたことはわかっている。」
静かに、エンゲスの眸がリゲルを見上げた。次に艦長を眺め、周囲を見渡す。
「いつからかね。」
「――だから、遣り過ぎたといったろう。基地のシールドを変調させて、艦のエネルギー補給が必要にしたのもおまえだろう。其処から制御信号を艦に送って、うまくすれば手土産に帝国旗艦を連邦に持ち帰ろうという話だろうが、少し遣り過ぎだ。うちの技術士官が既に突き止めてある。シールドの変調も制御信号を送る為のプログラムも既に解除された。基地司令の権限が無ければ変更できない箇所に隠されていた。何より。」
艦長の冷徹な藍色の眸にエンゲスが無言で対する。
「アドミラルコードは確かに機密を要する際の通信に使われるが、―――エンゲス。」
静かに艦長が云う。
「歓迎会程度に使うのはよくないな。私のアドミラルコードが確かに現行も同じであることを確認したかったのだろうが。以前は、艦を動かす際にこのコードさえあれば、可能だったからな。けれど、エンゲス。もし今回のような危機が起こった場合の対策として、アドミラルコードの認証機能は制限を受けたんだよ。もう、コードだけでは動かせないんだ。そして、それは。――…その情報が、アドミラルコードで起動可能という情報が、連邦の諜報部に渡ってから、制限を受けてね。尤も、一部上級将校しか知らないことだが。いまでも、連邦では、アドミラルコードで艦の制御が可能ということになっているはずだ。エンゲス。貴君を連邦諜報官として身柄を確保させて頂く。」
「…――希望的観測が勝ったな。帝国軍将官を武装解除せずとも、艦を運び込めるならその方がよかったのだが。」
リゲルが片眉を上げる。
「艦長。」
「ち、―――おまえが本気で麻痺銃など使うからだ!」
「知りますか!第一麻痺してなかったら動けないでしょうが!」
「畜生、細かい制御は知らないぞ!」
エンゲスが舌を噛もうというのを、顎を掴んで艦長が留める。
「艦長、離れて下さい!」
「ちっ、―――知らないぞ!」
顎を掴んだまま、艦長がエンゲスの身体を階下に、階段目掛けて放り投げる。広場から逸れるように、弧を描いて投げられた身体は、着地する前に、その小指が光り、―――脱落する。
閃光が、玉座を、神殿に至る道を、広場を包み込んだ。
「―――――遅いっ、…――!」
「無茶いわないでください、艦長!これでも、基地の人員を退避させて、全速力で駆けつけたんですからね?総員を保護して、同時に仕掛けを理解してるのを誤魔化す為に黙って侵入させておいたプログラム解いて――どれだけ時間が掛かったと思ってるんです?それといい加減、私の職務を本来のものに戻してくださいっ、おれは、もういやです、こんなとこ座ってるのはっ、―――!」
座り心地悪いんです、ここはっ、と叫ぶ声はジャクル砲撃管制官のもの。尤も、広場に響く声に、聞き覚えがあるのは艦長とリゲルくらいのものだろうが。
エンゲスの、――エンゲスであったもの、といった方がいいだろうが、――その形をしていたものが発した爆発の閃光が、球形のシールドに封じ込められて次第に小さくなって行く。一方、天井の吹き飛んだこの地下広場から、仰げば戦艦の巨体が腹を見せている。其処からデリケートに放たれたシールド、その一方が広場と玉座を護り、一方の収束シールドがエンゲスの爆破を封じ込めている。ついでにいうなら天井となる氷と岩を瞬時に破砕して消失させ、粉塵を吸収し、落ちることの無いようにして同時にエンゲスであったものの処理とシールドの展開を行っていた。
「流石だな。帝国最高級の砲撃管制官といわれるだけのことはある。シールドの同時展開や、破砕と同時に他に被害をあたえないようにこのクラスの艦船で行うなんて、名人技も極まった感じだな。」
うんうん、と腕組みして満足気に云う艦長に、情けないジャクルの声が応える。
「何をいってらっしゃるんですか―――っ!あなたでしょう、そういう無茶な作戦を立てて要求したりするのは!おれひとりなら絶対しません、絶対おれは、真っ当にもっと真面目な作戦立てますからね?普通立案しません、こんな、こーいう馬鹿げた作戦は!」
艦を囮にして、艦長自身を囮にして、それで一網打尽を狙うなんて、そんなばかげた作戦はっ、と、艦外に盛大に流れていることも気にせずに歎くジャクルの声に。何をいってるんだ、という冷たい眸をしている艦長に、副官リゲルが嘆息する。
「何だ、おい。」
腕組みしたまま問う艦長に、リゲルが溜息を漏らす。確かに実際そうですな、とジャクルの意見に同意である副官である。尤も、自分もその艦長の案に同意して、行動まで共にしていたことはきれいに棚に上げているが。しみじみとした視線で、あの状況で、最後にわかっていて乗せられていると、舞台にわかって乗っている、とリゲルに報せてきた少女を見返る。
一言を伝えてくれた為に、敵にせずに済んだ少女を。
「いえ、―――気持が良くわかると思いましてな。…お嬢さん、この方が姉上といわれて、何か儚くはなりませんかな?」
問い掛けるリゲルに――帝国標準語でだが――最前、同じ言葉をわからないとしていた少女はにこりと微笑った。
少女は、リゲルに随分と乱暴な方法で――効果的ではあったが――少女が舞台に昇った理由、を伝えていた。それが少女が敵対するものではないと初めて伝え、リゲルと艦長はエンゲスの確保に乗り出したのだが。
「大変心強いと思いますわ。政治を行うには、臨機応変も必要とされます。これから、私達には助けが必要とされます。―――心強いと感じますわ。」
「―――…そうですか。」
リゲルが天を仰ぐ。美しい微笑でいう少女の、先に伝言に使った手段、――氷柱の先端を食い込まされた肩の痛みを急に思い出していた。
少女は、その自由になる杖に、瞬時伝言を浮び上らせたのだが。杖を引き抜く一瞬に消えたある意味かなり凶悪な伝言を思い返して肩を押える。と、堪忍袋の尾が切れた声が、天から降ってきていた。
「艦長!副官!いつまでもそんな処にいないで、上がってきてください!」
切れたジャクルの声に、のんびりと艦長が口にする。
「仕方無いな。ジャクルが壊れる前に行くか。」
「――かわいそうですぞ、あまりいじめますと。」
「誰がだ?私がいじめたか?大切な士官を?いつ?」
「――…日頃から。」
「何?」
「いえ。」
「其処にいてくださいっ、――迎えを寄越しますから!」
とうとう怒鳴るジャクルに、艦長が感想を口にする。
「…切れた。」
「怒りっぽいですな、かれは。」
二人してのんびり艦を見上げる姿を、少女が見詰める。
リ・ティア・マクドカルの背に、声が聞こえた。
「いいんですか?これで。」
微笑して少女が答える。
「ええ、――私にも、悪夢がありました。」
首を傾げる気配がする。
リゲルに肩を貸されて、面白く無い顔をしているリ・クィアを見る。
「―――…いつか、あのひとをわたしが殺すのではないかという悪夢です。」
非力なものが何を、と御笑いでしょうね、というティアに。そっと微笑む気配がする。
「いいえ。そうは思いません。」
リ・ティアが微笑みを返す。
「では、テーブルに就いて頂けますか?調整官殿。」
「勿論です。皇国マクドカル代表、リ・ティア殿。」
密やかに交わされる会話は他の誰にも聞こえず、振り向いたリ・クィアをティアは振り仰ぐ。
「その、――よければ我が艦に招待させてくれないか?リ・ティア殿。」
「よろこんで、と申しあげたい処ですが、―――。」
「艦長、さっさと怪我人は救護カプセルの中に入ってください!」
天から降る声に、艦長が眉をしかめる。
「あ、…――いいじゃないか、いま痛くないんだから、」
「艦長。」
「それはさ、始末もあるから、あとで僕が招待させてもらうのでいいかな?一切合財。」
にこり、とリ・ティアの影、――絶対に、誰にだろうと其処に人が隠れている場所などなかったと、艦長もリゲルも誓えると思ったが―――から、姿を現した調整官に、艦長がなんともいえない顔をして止まる。
「…―――貴様。」
「あ、顔がこわい、艦長さんっ。」
「貴様、がもうすこし早く出て来れば、――――せめて私達にその存在を報せていれば、私はティアに切らせなどしなくて良かったんだ!それを貴様、…!」
「…艦長、落ち着いてください、落ち着いて。…」
「リゲル、貴様も貴様だ、―――第一いつ、この調整官が背後にいるってわかったんだ!」
「いったでしょうが!剣を投げつけられて、其処にメッセージがあったんです!それまでは私も知りませんでしたとも!」
衝撃だったメッセージの内容を思い出してリゲルも顔を顰める。
私は調整官といます、という簡潔にして見事に意味を伝えるそのメッセージ。
エンゲスが整えた舞台は、さらに別の黒子に操られていたという衝撃をあたえてくれた伝言を思い返してすぐれない顔色になる副官に。
「…――忘れていた。貴様も怪我しているな?」
「――――忘れててください。」
睨み合う二人に、藍氷から声が降る。
「御二人共早く乗艦してくださいっ…!でないと、総員退艦して、艦を放棄しますからね?まだ艦は非常事態階層二の発令段階にしてあるんです!」
切れたジャクルの勧告に、艦長と副官が目を見合す。
「…いくか?」
「本当に、切れやすいですなあ。」
「うむ、あまり健康に良くないと思うんだがな?」
「ですなあ、あまり切れないようにいってやりませんと。」
そうだよなあ、といいながら、何とかおとなしく迎えに乗り込むらしい二人を、ティアが見ている。背後から、問い掛け。
「本当に後悔は?」
「…微妙な処ですわ。」
調整官の問いに、ティアが微妙な表情をして答えていた。




