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【短編小説】救いは僕らの手の中

掲載日:2025/12/29

「黒金のアンドロイドの観音よ、この世の全てを灰燼に帰せ」

 暗い部屋で園橋ノギが詠んだ短歌は、もしかしたら地球で最後の短歌だったのかも知らない。

 最後の短歌であることに価値は無いし、後に評価する人間もいない。

 何故なら、世界は今まさに焼き尽くされようとしているからだ。


 

 暗い部屋の中で園橋ノギは考えた。

 世界が歪んでいるのは僕の罪だ。

 どんな罪を犯してきっけ?

 人を騙したり物を盗んだりしてきたし、世界の裏側で戦争が起こってる時にも祈りを忘れて恋人とセックスをしたりしてきた。

 僕が財布を盗んだ山崎くんはいまどうしているだろう?

 避妊しなかった早川さんはいま何してるんだろう?


 窓の外を救急車や消防車が走る。

 こんな時でも仕事をする彼らは責任と義務が曖昧になっているんだろうか?

 例えば飲食店は営業していられないと思うけれど、逆にいまさら帰ったところで何にもならないなら店を続ける選択肢もある。

 自分はどうだろう?

 園橋ノギは暗闇で自分の手を見た。

 自分と言う存在を裏切り続けてすっかりと大人になってしまった。

 そして世界が歪んでいるのは、そんな大人になった自分の子供じみた下らない神頼みが原因だった。




 どかんと近くで何かが爆発した。

 窓がビリビリと揺れる。




 神さまと言うのは実在するらしい。

 この状況が園橋ノギの願いや祈りなら、神さまはいる。

 それは園橋ノギの願いそのものだ。

 もしそうでないなら、園橋ノギ以外にも同じような願いをした人たちがいて、例えばコップに水が溜まるようにして溜め続けられた願いが、ある瞬間に溢れたら叶えられると言うシステムなのかも知れない。


 何にせよ神さまは存在するのだ。

 だから園橋ノギは満足していた。

 死ぬ前にひとつ、世界を信じるに値すると感じられたからだ。


 神さま。

 園橋ノギが住む家の近所にY字路があり、そこに小さなお社様があり、ノギは出勤すがら軽い挨拶をしている。

 挨拶と言ったって、バイクに乗っているからヘルメットの中で「今日も一日よろしくお願いします」「ありがとうございました!」などと言う程度だけれど。

 どんな神さまか調べた事は無いし、お賽銭や捧げ物を置いた事も無い。


 園橋ノギがその神さまにお願いをする切っ掛けになったのは、財布だ。

 園橋ノギは買ったばかりの財布を落とした。

 警察に届けたが、見つかる気配は無い。

 生き霊でも飛ばして拾った人間に届け出させることは出来ないか?などと試行錯誤してみたが、いまいち効果は感じられなかった。

 そんな仕事帰りのある日、ふと例のお社様が目に止まったので、近くのコンビニで停めてカップ酒を買い、お社様に持って行こうと思った。




 辺りは暗く、人通りもまばら。

 神様が何時ごろに眠るかは知らないが、提灯に灯りが点いていたのだからたぶん大丈夫だろう。

 園橋ノギは一礼してから鳥居を潜り、曖昧な作法で柏手を打ったり頭を下げてから賽銭箱に小銭を投げ入れる。

 硬質な音が小さく響いた後で鐘を鳴らして

「普段はお賽銭も貢ぎ物もださず、しかも通りすがりに遠くからお声がけするばかりですが、こんな時ばかりこうやって頼るのを心苦しく思いつつ、ほかに何も思いつきません」

 園橋ノギは素直に、ありのままを話して、財布がどうにかならないかと頼んでみた。




 もちろん返事などない。

 園橋ノギは少し考え直して

「やっぱり財布とか仕事とか給与とか、全部どうでも良いので世界を何か良い感じにして下さい」

 と頼んで手を叩いた。

 もちろん、返事は無い。

 カップ酒ひとつで財布どころか世界的なことを頼むなんてのは酷い話だ。

 神界に労基があったら案件になる、そんな事を考えながら園橋ノギは一礼すると鳥居を潜って出た。



 次の日の帰り道。

 園橋ノギはいつもの様にお社様に挨拶をした時に、昨晩カップ酒を置いたままなのを思い出した。

 さすがに放置と言う訳にはいかないだろうと思い、前日と同じようにバイクを停めて提灯の点いているお社様に向かい、鳥居の手前で頭を下げて入ると、またお賽銭を投げて柏手を打った。




「昨日はお騒がせしました」

 手短に礼を述べて、安いカップ酒で無理難題を頼んだ事について詫びた。

 当然、なにも聞こえない。

 しかし、前日に置いたカップ酒を持ち上げると中は空になっていた。


 誰か飲んだのだろうか。

 このお社様を管理をしている人か、それとも市井の妖精さんか。

 一礼をして鳥居を潜って振り返ってみたが、やはり何も無かった。



 園橋ノギが家に帰ってテレビをつけると、緊急ニュースが放送されていた。

 何でも巨大な千手観音像が世界各都市で破壊の限りを尽くしているらしい。

 確かにヘリからの空撮は、見覚えのある街が真っ赤に燃えて映っている。


 園橋ノギは自分が望んだ良い感じの世界になっていくのを見ながら、放送局は大丈夫なのだろうかと考えた途端に画面が消えて暗くなった。

 画面どころか部屋も暗い。

 窓の外は赤く燃えている。


「黒金のアンドロイドの観音よ、この世の全てを灰燼に帰せ」

 の、が多いな。下手くそめ。

 だが、仕方ない。

 園橋ノギは暗闇の中で目を瞑って、曖昧な意識を手放した。

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