誰もクロミヤの■■を知らない……
目が覚めたら、俺は知らねえ場所にいた。
いや、それどころか、身体がまったく動かねえ。
なのに全身が振り回されている感覚があった。
どうやら、目の前のオッサンどもと”誰か”が戦っているらしい。
……いや、”俺”が戦ってるのか?
っていうか――俺、人間じゃねえのか?
その自覚は、なんとなくあった。
なにせ、”俺”はずっと”誰か”の手に握られてるんだ。
と、その“誰か”の顔がようやく見えた。
……ク、クロミヤ!?
間違いねえ。
なんでコイツに、”俺”は振り回されてんだ?
高一のときに散々イジメてやった、ゴミ女ごときが。
「――片桐 元気くん」
突然、名前を呼ばれた。
辺りは夜なのか、異様に暗い。
「出席番号六番。成績は上の下。クラスではムードメーカーで、ワズマくんとよく一緒に行動していたわね」
淡々と語るその声に、背筋が凍る。
手も足も動かせないからこその、どうしようもない恐怖があった。
「“切り刻む”ことが大好きで、わたしのプリント、ノート、教科書……それに、母親が買ってくれたペンケースまで、バラバラにした」
『はあ? 俺はただ、ゴミの分別を手伝ってやっただけだ。“ゴミは小さく”って言うしな。それにテメエだって悪いんだぜ? いつも『ごめんなさい、ごめんなさい』って。気味悪ぃんだよ』
声は出てねえが、反論した。
「そう、そうなのよね!」
だがクロミヤは、まるで俺の声が聞こえているように目を輝かせた。
「カタギリくんは親切心で“切り刻んでた”だけ。……わたしが泣いても、説明しても止めなかったのも、全部カタギリくんの優しさだったのよね?」
――やっぱり聞こえてんのか?
ていうか、何故かクロミヤが異様にデカい。
「カタギリくんがしたこと……本当ならすごく酷いことなの。悪いことなの。でもね、わたしは許すわ。だって、カタギリくんが“本当はいい人”だって、信じてるから」
その笑顔が、心底おぞましく見えた。
コイツ本当にクロミヤか?
あんなにイジメられておいて、なんでこんな笑えるんだ?
するとクロミヤは突然、俺の身体をグッと握りしめた。
「でも……カタギリくんには、ちゃんと反省してもらわないとね」
――ポキッ。
その音のあと、激痛が走った。
『いっでぇぇぇっ!!!』
全身が捥がれたように痛い。
息もできず、焼けるように熱い。
『ひぎっ! あがぁっ……!!』
「トカゲの自切は激痛までは感じないって聞いたけれど……カタギリくんにとってカッターの刃は、トカゲの尻尾とは違うのね」
カッターの刃? なんの話だ。
「そっか。カタギリくん、自分の姿にまだ気付いてないのね。次からは鏡を用意しておかないと」
そう言って、クロミヤは俺を水面へと突き出した。
そこに映ったのは――銀色の刃。カッターになった俺の姿だ。
『こ、れ……俺、なのか……?』
「そう。貴方は今、”ただのカッター”なの。――賢いカタギリくんならこれが何を意味するか、わかるわよね?」
そのときようやく、理解した。
俺の生殺与奪は、完全にクロミヤの手の中にある、と。
『ふざけんなよ……! なあ、やめろって! さっき俺を使ってただろ! だったら俺が必要だろ!? なあ!!』
「ええ。スキルとか関係なく、わたしはカタギリくんが必要で……大切な仲間だと思ってるわ」
クロミヤは、まるで救いを差し伸べる聖母のように優しく微笑む。
『じゃ、じゃあ……』
――が、次の瞬間。
躊躇いなく俺を池へ投げ捨てた。
「でも、もうしばらく底で反省してね? あ、でもこれはイジメの報復ってわけじゃないの……わたしからの愛の制裁なのよ」
『ゴミ女ァァァーー!!!』
どれだけ叫んでも喚いても、クロミヤの姿はもうない。
俺はどんどん、水の底へ沈んでいく。
……クソが。俺がこんなとこで、終わるのか?
しかも“人”ではなく、“カッター”のままで、だ。
ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!!!
この先に待つ絶望に、俺は心が折れるまで叫び続けた。
*
これは――異世界中からイジメの対象にされながらも、かつて自分をイジメたクラスメイトたちに“愛の制裁”を加えて進む、クロミヤの物語だ。
~ 完 ~




