第3話 ボクはクロミヤさんがわからない
『……世界中の皆、頼みがある。聞いてくれ。
クロミヤ・ロマンって女が異世界から召喚された。どうやらソイツは魔王の後継者らしい。
性格は傲慢で残虐非道、既に複数の国や村を壊滅させ、住民を凄惨な拷問の末に虐殺した。
クロミヤ・ロマンはジルヴァラの敵だ。だから頼む、奴を捕まえてくれ。
いや、捕まえられなくてもいい。
代わりに見つけたら石を投げろ、唾を吐け、罵声を浴びせろ。イジメて心身を疲弊させろ。
奴は人の形をした化け物だ。何をしても構わない。首があれば生死すら問わない。
出来た者には、英雄ワズマの権限で褒美を与える。
……だから世界中に告ぐ。
クロミヤ・ロマンを徹底的にイジメて、心を折れ。』
「な、なんだこれ……」
つまり、『クロミヤさんを徹底的に虐げて捕まえろ』と、ワズマくんは命じていた。
とても正気の沙汰とは思えない。
「こんなふざけた命令、従うんですか!? クロミヤさんは普通の人間だし、それに魔王になるのはワズマくんの方で――」
思わず男たちに近付こうとする。
そのとき、頬に鈍い痛みが走った。
「うげぇっ!」
気付けば川の中に倒れていた。
男の声が飛ぶ。
「魔王を倒した英雄、ワズマ“様”だろうが! 何聞いてたんだ、コイツは」
熱を帯びた頬に触れながら、ボクは目の前の男たちを見上げた。
どうやら男の一人がボクに石を投げつけてきた。なんと原始的……。
さらに、この世界でワズマくんは絶対的“英雄様”らしく、彼が白と言えば白。黒と言えば黒になってしまうようだ。
「やっぱこの女エルフも魔女の手先なんだ! だから殺しても死なねえんだ!!」
「じゃあワズマ様の言う通り、エルフも何をしたって良いんだよなあ?」
急に男たちは興奮して、下卑た笑みを向けてきた。
それはまさしく、これから襲うつもりの顔。
ボクは抵抗の手段もわからず、背筋が凍った。
――と、そのときだ。
「アマノくん。大丈夫?」
川に飛び込んだクロミヤさんが、ハンカチでボクの頬を拭いた。
彼女は今にも泣きそうだ。
そりゃそうだ。世界中を敵に回され、イジメの標的にされたのだから。
だが、クロミヤさんの悲しみは別のところにあった。
「……どうして、無関係のアマノくんに暴力を振るうの? わたしが目的なら、満足するまでわたしだけをイジメてちょうだい」
涙を流す彼女の意外な一言に、男たちは一瞬ためらう。
が、すぐに叫んだ。
「油断するな! 反撃してくる気だぞ!」
掛け声とともに男たちは武器を抜く。
状況は絶望的だ。なにせボクは全裸で武器もない。
しかもクロミヤさんは――。
「……その前に、話し合いましょう? 話し合えば分かり合えることもあります」
と、なんてことを訴える。
当然、男たちは聞く耳を持たない。
「分かり合えるわけねえだろ! 俺たちゃテメエをイジメ倒しにきたんだぜ!!」
「魔女と話すことなんかねえ!」
彼女の落ち着いた口調が逆に挑発的に聞こえたのか。
男たちは怒号を挙げ、クロミヤさん目掛け走り出した。
「危ない、クロミヤさん!!」
だが、ボクの悲鳴などお構いなしに、クロミヤさんは苦笑交じりに言った。
「それでは、仕方ありませんね……」
クロミヤさんは深く息を吐き、木製のアタッシュケースから、何やら小さな球体を取り出した。
温かみのある光をほのかに放つ球体だった。
すると今度はカッターを取り出して、それを球体に押し当てた。
「――貴方にお願いするわね」
直後、球体が眩く光り、吸い込まれるようにして消えた。
それから、クロミヤさんはカッターを握りしめ、疾風のごとく男たちに飛び込む。
全てが一瞬だった。
一瞬にして、男たちの身体が切り刻まれた。
だが、血も内臓も流れず、まるでプラモデルのようにバラバラになるだけだった。
「な、何だこれ!?」
……これって、まさか。
ボクはクロミヤさんのカッターを凝視した。
+
【魂名:片桐 元気
スキル名:分離斬
(切った物質を損傷させずに分離でき、同一接合部なら再接合も可能)】
+
やっぱりさっきの球体は魂——それも、カタギリくんの魂だったんだ。
それでボクと同じようにあのカッターに憑依されたから、彼のスキルが使えるようになった……ってことか?
しかもスキルの仕様らしく、パーツの分かれた男たちは悲鳴こそ上げているが、苦痛の声は一つもなかった。
「どうなってんだよ、これは……!!?」
「助けてくれ!」
彼らの叫びは次第に懇願へと変わる。
自業自得と言えばそれまでで、放っておいてもいいと思った。
だが。
何故かクロミヤさんは、丁寧に彼らの身体を繋ぎ直し始めた。
「元に戻したら、また襲ってくるかもしれないのに、なんで……!」
困惑するボクに、クロミヤさんは微笑んで言った。
「わたしはね、人に襲われてもイジメられても構わない。ただ、ちゃんとわたしの話を聞いてほしくて――だから少し、静かにしてもらっただけだから」
ボクにはクロミヤさんがわからなかった。
あれほどの悪意を向けられておいて、それでも”話そう”と思えるなんて。




