第1話 出会い
高校1年生の冬、僕はある人に恋をした······。
「起きろよ〜!もう授業終わってるぞ~!」
金に染まった髪にばれない程度の小さなピアスを両耳に着けた男が眠りから目を覚ましたばかりの僕に話しかけてきた。
この人の名前は木藤 将。ここ市ヶ崎高校の1年2組の担任だ。ちなみに独身で年中彼女募集中な男だ。
「もう授業も終わってるし、早く帰ってくれ〜。今夜合コンが予定に入ってて早く仕事終わらせなきゃいけないんだよ!じゃあ早く帰れよ!!じゃあな···」
あっという間に木藤先生は職員室へ走っていった。
「先生が走るなよ·········」
僕は夕日の照らす校舎の階段を下り、昇降口へと足を進める。誰もいなくなった校舎は誰の声も響かない静寂に包まれた空っぽな箱にいるように感じる。
夕日の下を歩く僕は駅までの最短の道のりを歩いた。いつも通り混む駅内は社会人や高校生、大学生の声が四方八方から聞こえてくる。彼氏に振られた話や目付きの悪いだけの男の愚痴、コスプレやアニメを好きでいるだけでキモヲタだ陰キャだと嘲笑う者たちの陰口が嫌でも聞こえてくる。
電車に乗ると人との密接度は上がり、これらの声がさらに強調されていく。だから、僕は電車に乗る時は必ずイヤホンを付け、知らない曲を永遠と流す。
借りているマンションに帰り、お風呂に入り、寝巻きに着替えベッドで寝る。こんな毎日が一生続くと思ってた······。
「おーいお前ら〜!座れ〜!今日はお前らに超〜重大発表がある!!お前ら気になるだろ······」
「気になる~」
木藤先生の重大発表発言にクラス中の生徒が盛り上がる。
「なんと······今日から2人も転校生がこのクラスに入りま~す!!」
「えぇ〜!!誰々···」
クラス中の生徒がざわめき始めた。
「···お前ら、落ち着け!転校生が入りにくいだろ······。お前ら、度肝抜かれるなよ···。入ってきて良いぞ~」
木藤先生が呼ぶと扉の向こうから2人の生徒が教卓の前に立った。
「はじめまして、千藤 一華で〜す!これからこのクラスで卒業までよろしくー!!」
「はじめまして、高咲 夏奈です!これから卒業までよろしくお願いします···」
クラス中は一瞬だけ凍りつく。
「美形過ぎんだろーー!?」
「可愛すぎーー!?」
「ねぇねぇ、これまでどこに通ってたの?」
「どこで何をしてたの?」
「誕生日いつ?」
クラス中の生徒が転校生たちが気になり、質問責めをしているような形になってしまった。
「お前ら!!まだ休み時間だぞ〜。座れ~!!」
「は~い!」
クラス内は落ち着き、朝の朝礼に戻る。
「そろそろ体育祭の季節になる。転校生は悪い時期の転校になってすまん···。まぁ、うちの高校は種目ごとにランダムにくじを引き、出た生徒がやるというのが通例だ。馴染んでない2人も馴染むきっかけになるかもな!まぁ、そういうことでこれからくじ引きでどの種目を誰がやるか決めるぞー!」
「よっしゃー!俺はクラス別対抗リレーに出るー!」
「だから、くじ引きって言ってんだろ蓮!!話を聞かないやつだな······」
木藤先生は髪を掻きながら教卓の引き出しから自家製のくじ引きボックスを取り出して、種目ごとにくじ引きを行った。
「出揃ったようだな······。おぉー良かったな蓮、クラス別対抗リレーではないようだ···」
「くそー!!出たかったー!」
蓮の悔しそうな態度に申し訳ないと思ったのか、クラス別対抗リレーになった生徒が蓮と代わろうとする。
「もし、良ければ私の分と代わろうか?」
「良いのか!?」
代わろうとする生徒と蓮がくじを交換しようとすると木藤先生が背後に立って、持っていた教科書を丸めて2人の生徒の頭を叩く。
「駄目に決まってるだろ!」
「はい···」
「ちぇ、ちょっとくらい良いじゃないっすか」
「良いわけ無いだろ!」
またしても蓮は木藤先生に頭を叩かれる。その様子を見ていた生徒たちはいつものやつと感じて爆笑する。
「気をつけ、礼、ありがとうございました!」
授業が終わり昼の時間になるとクラス中の生徒が一斉に転校生のいる席へと群がり始めた。
「なぁ、三崎···」
「何?」
「みんな、千藤や高咲に話しかけてるな······」
「そうだね······」
蓮は困っていそうな千藤さんと高咲さんの様子を感じ、転校生たちのいる下へ向かった。
「お前ら〜!お前らの質問責めで本人たち困ってるぞー!ちょっとは冷静になれや······」
クラス中の生徒は転校生の表情を見て、困らせてしまったことに気づいた。
「ごめんなさい!自分の聞きたいことばっかり言ってたごめん」
「良いよ!私は嬉しかったし······」
昼時というのにクラス中の生徒は転校生と話すのに夢中のようだ。
「三崎、体育祭の種目は何になった?」
「玉入れ······」
「お前らしくて地味だな!」
「地味にディスるな」
「まぁ、それは良いとして今日も見るのか。最近はまってるって言ってた男のVtuberの配信?」
「まぁ、もちろん!」
「あ~、······そうなんだ……」
恥ずかしそうな表情を浮かべる蓮を見て不思議に思った。
「···?」
「いや、だって三崎あの配信者を観始めたのってここ最近じゃなかった?」
「まぁ、そうなんだけど最近はちょっと理由があってちゃんと観るようにしているんだよ」
「そうなんだ〜、······」
「どうした?」
「もしかして隣の人からの薦め···」
「······うん。別に何もないけど隣の人からおすすめされたから一応…」
······三崎、絶対隣の人のこと気になってるな。
「そんなに面白いなら俺も観ようかな~」
「面白いから絶対ハマるよ!」
「お、おう…」
蓮は手を振りながら廊下にいた友人と購買へ走っていった。
僕は学生バックの中から予め、作っていたお弁当を取り出す。黙々と食べ進めるうちに時間は過ぎていき、いつの間にかお弁当箱の中身は米1粒さえ消えていた。
僕は空っぽになった弁当箱を学生バックにしまい、次の授業のために教科書を取り出す。
「終わった~!!」
蓮は授業が終わると僕に手を振り、部活へと向かった。
「掃除しないと······」
今日が掃除の当番の者は帰りに掃除をしなきゃいけないのだが······、教室には僕以外の生徒は誰もいない。
分かってはいた。他の生徒が部活だバイトだ友達との約束だと言って掃除をサボることは······。しかし、入学してからずっと僕に押しつけのままにするのはおかしいと思うんだが······。
三崎は愚痴を吐きつつも1人で掃除をするのであった。
「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ······」
何か聞こえてくるな······。まだ誰かいるのかな?
━━━ガラガラガラ。
三崎がぶつぶつと愚痴を吐いていると教室の後方にある扉が開く。三崎はその音に気付き、視線を後方の扉に向けた。するとそこにいたのは転校したばかりの高咲 夏奈だった。
「高咲さん、どうして教室に······何か忘れ物とかした?」
「いや、僕も掃除当番だったので···」
三崎はここに来て、最も大事なことに気がついた。
「高咲さんって男の子!?」
とんでもなく三崎は驚いた。何故ならば、男とは思えない丸みを帯びた輪郭に150cmくらいしかない身長、長いまつげにキラリと光る瞳。何より名前が夏奈と女性のような名前をしているため、女の子だと思っていたのだ。
「はい···。どうかしました?」
「いや···、何でもない……。掃除なら僕がやっておくよ。帰って良いよ!」
何でだ自分!!さっきまでどうして誰も掃除をしないんだと怒りを募らせていたのに〜、つい可愛い過ぎて見栄を張っちまった〜!
「駄目ですよ!1人に任せるなんて言語道断。僕も手伝います!」
高咲は教室の掃除ロッカーにある箒を取り出し、塵取りを片手に掃除を始めた。
「ありがとう高咲さん······」
三崎は黙々とチョークの跡が残る箇所を黒板消しで消し、黒板消しクリーナーでチョークの粉を吸い込ませる。
あっという間に教室は綺麗になり、いつもの半分の時間で掃除が終わった。
「ありがとう高咲さん。今日は助かったよ···」
「当然のことをしたまでだよ。え~と······」
「三崎です!三崎 茅鶴です!」
「茅鶴くんね!今日はありがとね茅鶴くん!」
三崎は席に置いていた学生バックを背負い、教室を出ようとした。その時高咲が三崎を呼び止める。
「茅鶴くん······、一緒に帰らない······?」
「良いよ、僕で良ければ······」
「やったー!」
こうして三崎と高咲は同じ道を通り、帰るのであった。
「なぁ、おかしくないか?」
三崎は眠りから目を覚まし、ふと昨日のことを思い出す。
僕は昨日、転校したばかりの転校生・高咲夏奈と下校を共にした。同じ道を何度も通り、同じ電車に乗り、同じ駅で降り、最終的に借りているマンションに着いた。そして、同じエレベーターに乗り、同じ階数で降り、僕の部屋の号室と左隣の号室で止まった。
「高咲さんって僕の部屋の左隣の部屋を借りてたのー!?」
今になって考えてみれば、あんなにまで帰り道が同じになるわけがない。
「ってことは隣の部屋には高咲さんがいるってこと······。マジかー!?あんな美少女のような少年だぞ、絶対にあの人に狙われる······」
三崎の言うあの人というのは、最近引っ越しされたばかりの上の階に住むロリコン女のことを言う。上の階に住むロリコン女は23歳にしてとてつもないほどの美女、良くTVでも見かけるほどの女優でもある。······あるのだが、それを掻き消すほどのロリコン好きの持ち主なのである。
「上の階に住む一ノ瀬さんに高咲さんがこのマンションにいることを知られてしまえば、絶対に変なことになる。どうすれば良いんだよ!」
とりあえず今日も学校だし、登校ついでに話しかけよう━━━。
三崎は急いで食事を作り、喉を詰まらせながら食べ、制服に着替えて学生バックに教科書や筆記用具、お弁当を放り込み玄関の扉を開けるのであった。