4. 神鎖の巫女は、誰の記憶を守っている?
街の空が、裂け始めていた。
《ノモリア》の建物は崩れ、記憶の断片が空に舞っていた。
妹の声も、ぬいぐるみの温度も、髪飾りの色も——すべてが遠ざかっていく。
僕は、モモを抱いたまま立ち尽くしていた。
何かが終わろうとしている。
でも、それが何なのか、まだ言葉にできなかった。
そのとき、路地の奥に誰かが立っていた。
白い衣をまとい、銀の鎖を髪に編み込んだ少女。
瞳は深い青で、空の底を映しているようだった。
彼女は、僕を見ていた。
まるで、僕の名前を知っているかのように。
「あなたの名前、まだ……呼べるよね?」
その声は、妹の声に似ていた。でも、違っていた。
もっと静かで、もっと遠くて、もっと痛かった。
僕は言葉を探した。でも、彼女の前では、何も言えなかった。
「私は、神鎖。記憶を繋ぐ者。 あなたの名前が消える前に、ここに来たの。」
彼女は、髪飾りを僕に差し出した。
それは、妹がつけていたものと同じ形だった。でも、色が違っていた。
銀色の鎖が、記憶の重さを帯びていた。
「この街は、あなたの記憶でできている。でも、あなたの名前は、もう誰にも呼ばれていない。」
僕は、髪飾りを受け取った。
その瞬間、胸の奥が焼けるように痛んだ。
名前を呼ばれることの重さが、そこにあった。
「神鎖は、誰かの記憶を守る代わりに、自分の名前を失う。私は、兄を忘れないために神鎖になった。でも、代償として、私の名前は誰にも呼ばれなくなった。」
彼女の瞳に、涙が浮かんでいた。
それは、誰かを守るために捨てた名前の痛みだった。
僕は、モモを見た。タグは白紙のまま。
でも、妹の声だけは、まだ胸の奥に残っていた。
「僕の名前が消えるなら——せめて、妹の名前だけは、残してほしい。」
リュ=エルは頷いた。
その瞳に、静かな祈りが宿っていた。




