3/7
3. 捨てられない記憶は、何ですか?
妹の声が消えてから、街は少しずつ崩れ始めた。《ノモリア》の建物は歪み、
壁に染み込んでいた記憶の声がノイズに変わっていく。誰かの「ごめんね」も、
「またね」も、「だいすき」も——全部、読めなくなっていた。
僕は、モモを抱いたまま歩いていた。
ぬいぐるみのタグは、もう白紙になっていた。それでも、
手のひらに残る温度だけは、まだ消えていなかった。
風が吹いていないのに、髪飾りが空から舞い降りてきた。それは、
妹がつけていたものに似ていた。
でも、色が褪せていて、記憶の中のそれとは違っていた。
僕は拾い上げた。銀色の鎖が編み込まれていて、冷たいはずなのに、
胸の奥が熱くなった。
そのとき、声が届いた。
「名前ってね、呼ばれると、心があったかくなるんだよ。」
妹の声だった。遠くて、柔らかくて、少し泣いていた。
僕は、髪飾りを握りしめた。それは、記憶の象徴だった。
誰かを忘れないために、誰かの名前を守るために。
僕は、これを捨てたくなかった。
街の空が、少しだけ明るくなった気がした。
でも、それは気のせいかもしれない。
記憶は、いつも揺らいでいる。




