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マイラ

「ここは? ……痛っ」

 目が覚めた青年は体を起こそうとして頭に痛みを感じた。

 その痛みがぼうっとしていた頭を覚醒させ、さっきまでの出来事を思い出させた。


「生きてる?」

 なぜ生きているのか青年はわからなかった。


「もしかしてあの世?」

 剣闘王の攻撃を受け、意識を失ったという事実を鑑みれば、自分は死んでいるに違いないと思った。


「気が付いたのか」

「!!!」

 その声に青年の意識は呼び戻される。


「剣闘王!」


 そこにいたのは、さっきまで戦っていた(?)モノ。

 牛マスクにパンツ姿……、格好はアレだが、間違いなくこのダンジョンのボス剣闘王だ。

 しかし剣闘王は言葉は青年の予想だにしない言葉を口にした。


「剣闘王? ああ、アンドレのことか。違う、違う。オレは荒ぶる牛魔王!ミノワタウロス。プロレ――」

「ミノタウロス!!!」

 驚きのまり、反射的に叫んだ。

 ミノタウロス。

 牛の頭を持つ半人半牛の危険な魔物。こんなワーカー試験のダンジョンにいるはずがない。もし本物ならワーカーになる前に受検者は皆死んでいる。

 そもそも、あれを牛の頭と言うには無理があるし、明らかに被り物だ。

 そう思う一方、もしかしてという不安もよぎる。

 本当にミノタウロスなのだとしたら……。

 想像していた見た目とは違うが、本物を見たことがない青年は、違うと断言もできなかった。


「ゴクリ」と唾を飲み込む。

 

「違う、違う。ミノワだ、ミノワタウロス。魔物ではなく人間だ。言いにくければミノワでいい」

 青年の緊張を感じ取り矢継ぎ早にそう言ったミノワタウロスは「この前も同じこと言ったぞ」とブツブツ呟いていた。

 話を信じるなら目の前のソレはミノタウロスではなく、ミノワタウロスという名の人間らしい。

 

「わかりました。ミノワさんでいいのですか?」

「ああ」

 本物のミノタウロスだったら自分は生きていないだろうと思った青年は、ミノワの言葉を疑うことはなかった。


「ミノワさんも受験者ですか?」

 ここにいる人間ならワーカー試験の受験者で間違いないと思ったが、一応確認する。


「違う。オレはプロレスラーだ」

「プロレスラー?」

 聞いたことのない言葉に青年は困惑する。

「いいか、プロレスラーとは……」

 困惑する青年になどお構いなしに熱弁をふるうミノワだったが、青年は話の半分も理解できなかった。


「名を聞いていいか?」

 話を終えたミノワは青年の名を訊いた。

「マイラです。ワーカー候補で、天職はクレリックです」

「というとリーヴと同じか……」

 マイラが答えるとミノワは何事か呟いた。

「ミノワさん?」

「すまん、すまん。最近知り合った奴にお前と同じ天職の奴がいたもんでな」

「はあ」

「マイラだったか、呼び捨てでも構わんか」

「はい」

「そうか。マイラさっきはすまなかった」

「えっ、えっ?」

 突然謝罪してきたミノワに理由もわからず困惑する。


「……に、頭突きをだな……」

 マイラは理解した。魔物でもない相手に、気絶させるほどの攻撃をしたことを謝っているのだろうと。


「私が先に手を出したから」

 もともとは、ミノワを魔物と勘違いした自分が原因だ。ミノワが謝る必要はない。

「だがな……いくら男女平等とは言え女にだな……」

 攻撃したことを謝っていたのには違いなかったが、その理由が違った。ミノワは男の自分が女性を攻撃してしまったことに謝罪していたのだ。


 そう、マイラは女性だ。

 マイラは確かに女性だが、よく男性と勘違いされる。

 女性にしては高い背丈に体のラインがわかりにくいローブ、ショートカットの黄褐色の髪は手入れもされずボサボサだ。

 さらには薄汚れた顔。このような身なりがマイラを男性と勘違いさせているのだ。

 まあ、着ているものについてはマイラの申し訳程度の胸では何を着てもいても間違われる可能性はあるが。

 そんなマイラをミノワは女性と言い当てた。

 だが、それ以上に驚いたのはミノワが謝罪した理由だ。

 戦いに男も女もない。ワーカーを目指す者にそんなもの関係ないのだ。

 それに女性より男性の方が強いとは一概に言えない。この世界には天職が、スキルがあるからだ。

 事実、数少ないAランクワーカーの中にだって女性がいる。

それに……。

「そんなこと気にする必要ないですよ」

 マイラは被っていたフードを脱ぐ。

「なっ!」

 ミノワはその姿を見て驚いた。

 汚れてはいるが鼻筋の通った整った顔立ちに青みがかったグレーの瞳。その身長も相まってまるでモデルのようだとミノワは思った。

 だが、特質すべきはそこではない。

 ミノワの視線はある一点に注がれる。


 耳だ。


 黄褐色をした髪から飛び出しているネコのような耳。

「私、獣人族ですから」

 マイラは獣人族、詳しくは猫人族の獣人である。

 一般的に獣人族は他の種族より高い身体能力や生命力を持つ、それこそ人間の男性よりも。

 その反面、描写のような細かい作業は苦手でマナ量も少ない。

 すなわち魔法職には不向きの種族なのだ。

 そんな獣人族の中でもマイラは特に魔法職に向いていなかった。

 マイラ自身、天職が近接系だったらと何度思ったことか。

 だが、マイラは現実を受け入れ、クレリックとしてワーカーになると決めたのだ。

 そう決意した理由がマイラにはあった。


「確かに、あのパンチの威力は男でもそうそうお目にかからんが、しかしな……」

「本当に気にしなくて大丈夫です」

 マイラの話を聞き、「ここではそうなのか……」とミノワは一応納得した。


「でも、何故私が女だと?」

「なに、抱き留めた時に柔らかい感触があったのでな」

 ミノワは手をワシワシしながら答える。

 マイラを抱き留めた際、ミノワの胸にほんのり柔らかな感触があった。

 普段ぶつかり合っている相手とでは得られないまさに漢の浪漫というべき感触が。


「ど、どうして魔物がいないのかな」

 恥ずかしくなったマイラが話題を変えようと咄嗟に出た言葉、確かに気になってはいたが答えを期待して発したものではなかった。

 だが、ミノワの言葉は予想だにしないものだった。

「それはだな――」

 ミノワは魔物がいない理由を語り出したのだ。

 普通は有り得ないことだと思うだろう。だが、実際に魔物がいないダンジョンを体験したマイラはミノワの言うことが信じられたし、何よりミノワが嘘を吐くような人間とは思えなかった。


「紹介所ってとこに報告しとくとカイトは言っていたのだが」

 カイトは戻る際「ダンジョンのことは紹介所に報告しておく」と言っていた。

 紹介所に報告すれば、ここは試験から外されるだろうと。

 魔物がいないダンジョンなど試験の意味をなさないからだ。

 これでもう勘違され襲われることもないだろうと思っていた矢先マイラがやってきた。


「何も聞いてません」

 ワーカー試験を受験する際、紹介所の職員からは何も言われなかった。つまり紹介所に情報が伝わっていないことになる。


「変だな?」

 カイトたちが嘘を吐いたとは思えない。

 行き違いも考えたが、彼らがダンジョンから帰還して数日が経っている。

 それに、アイテムを使って戻ると言っていたので、その日のうちに着いているはずだ。


 ならばなぜ?

 何かトラブルが?


「ちょっと訊いていいか?」

「はい」

「この格好で街に行けばどうなると思う?」

「あの、その……」

 ミノワの質問にマイラは口ごもる。

「遠慮はいらん。思う通り言ってくれ」

 その言葉にマイラは意志を固める。

「衛兵に捕まると思います」

「やはりそうか……」

 マスクを被ったパンツ男なんて変態以外何物でもない。


「海水浴にきた人に見えんか?」

「見えません」

 マイラは即答する。

「それに顔も隠しているので余計に怪しいです」

 顔を隠すなんてそれこそ身元を隠す犯罪者のようだ。

「なにか理由が?」

「それはな…」

 ミノワは衝撃の事実を語る。


「マスクを脱ぐと身に着けているものが消えるんだ」

 どういう訳かマスクを脱ぐと素っ裸になるのだ。

「風呂に入る時は便利かもしれんが」

「マスクを被れば今の格好に戻るのですか?」

「そうだ」

 まるで変身ヒーローのようにマスクを被ればミノワタウロスのコスチュームが現れるのだ。


「もしかして?」

 ミノワの話を聞き思案するマイラには、その現象に思い当たる節があるようだった。


お読みいただきありがとうございます。

次話もご一読いただければ幸いです。

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