新たな挑戦者
「おかしいですね?」
ダンジョンで一人、その青年は戸惑っていた。
ここは剣闘王の館、ワーカーを目指す者が挑むダンジョンだ。
ダンジョンとはマナが満ちた魔物が徘徊する場所である。
魔物はダンジョンから生み出され、倒されると魔石を残し消滅する。
マジックアイテムの材料になる魔石は換金することができ、ワーカーにとって収入源になる。特に報酬の低い仕事しか受けられない低ランクのワーカーには貴重な収入源だ。
だが、ここにはその魔物がいない。
「もう少し探してみようかな」
青年は慎重に歩を進める。
魔物のいないダンジョンに青年の足音だけが響いていた。
基本、ワーカーはパーティーを組んで活動する。
カイトたちのように固定のパーティーを組んでいるワーカーもいれば、仕事の都度、適したメンバーを募集するワーカーもいる。
そんな違いはあるが、パーティーを組むというのは共通している。
パーティーを組めば欠点を補い合い利点を活かすことができるし、何より死亡する確率が下がる。
報酬の取り分は下がるが、命あっての物種なのだ。ワーカーを目指す者なら尚のこと、攻略しなければスタートラインにすら立てはしない。
それでもソロでダンジョンに入るのは、よほど腕に自信があるか、誰からも相手にされないかどちらかである。
青年は後者だった。
背丈はあるが、痩せた体躯に薄汚れたボロボロのローブを纏っているその姿は、ダンジョン攻略というより、食べ物を探しにでもきたようだ。
また、せっかくの整った顔立ちも、ローブ同様薄汚れた顔と手入れされていないボサボサの髪のせいで、台無しとなっている。
そんな青年の天職はクレリック、パーティーにおけるヒーラーである。
ヒーラーはパーティーの生命線であるため、普通なら引く手数多だが、青年は事情が違った。青年はヒーラーとして致命的な欠点を持っていた。
青年の魔法は威力が低いのだ。
魔法の威力は先天的な才能に左右される。
青年にはその才能がなかったのだ。しかし、努力で威力を高めることもできる。
それが知識だ。
魔法は魔法ごとの魔法陣をマナで描くことで発動する。その魔法陣の形には意味があり、それを理解するほど威力が上がる。
魔法陣をただの模様としか思わない者と、意味を理解し魔法を発動する者とでは威力が違うのだ。
ちなみに魔法陣を描くことを描写という。
知識を深めるには魔術書などで学習する必要があるが、青年には魔術士書を買う金はない。そんな青年に魔法の知識などあるはずがなかった。
さらに青年は魔法を使うのに必要なマナも少なかった。
つまり魔法の効果が低いうえ使用回数も少ないヒーラーなのだ。
ヒーラーがマナ切れになれば全滅するリスクが一気に高まり攻略どころではなくなる、そんなヒーラーがパーティーを組むのは難しい。
難しいが、無理というわけではない。能力は低くてもいないよりはマシだ、探せば一つくらい見つかるだろう。
ではなぜ青年は一人でここにいるのか?
その理由は青年のヒーラーとして致命的な欠点のためだ。
致命的な欠点、
青年はヒールが使えないのだ。
誰しも生まれたときからスキルを一つは覚えているが、青年のそれはヒールではなかった。
新たなスキルを習得するには天職のレベルを上げる必要があり、レベルを上げるには魔物と戦い、経験を積む必要がある。
つまりダンジョンに行く必要があるのだ。
カイトたちのような幼馴染がいればヒールが使えなくても回復薬を買い込みレベル上げに付き合ってくれるだろうが、青年にそんな仲間はいないし回復薬を買う金もない。
それと、習得するといったが、正しくは「習得することがある」だ。
どのレベルで何を覚えるかはランダムであり、最悪の場合どれだけレベルを上げてもスキルを覚えないこともある。
つまり今後青年がヒール覚える保証はないのだ。
その点において、ヒールとステイドを最初から習得していたリーヴはカイトたちがいなくても引く手あまただっただろう。
クレリックをヒーラーたらしめるヒールを持っていない青年はヒーラーとしての価値がなく、足手まといでしかない。
このような理由から青年は尽くパーティーへの加入を断られ、ソロでダンジョンに挑むことになったのだ。
ただ自棄になったわけではない。
青年には考えがあった。
剣闘王の館に出現する魔物はボスを除けばスケルトンのみである。
魔物の中でも最弱のスケルトンなら唯一使える魔法『ターンアンデッド』で何とかなるかもしれないと考えたのだ。
ターンアンデッドはアンデッドを死者の世界に還す魔法だ。効果があるのはアンデッドのみで必ずしも成功するわけではない。
そんなターンアンデッドのみで青年はダンジョンに挑んでいた。ワーカー試験のダンジョンなら、自分の威力のない魔法でも効くと信じて。
スケルトンを数体倒し魔石を得たら、マナが切れる前に帰還する。
それが、今回青年が立てた作戦だ。
スケルトンの魔石では、たいした額にはならないだろうが、僅かであれお金が手に入る。
青年にはお金が必要だった。そのための方法がこれしかなかった。
それにもしレベルが上がれば、ヒールを習得できるかもしれない。そうなればパーティー加入も夢ではなく、ワーカーになれる可能性も高くなる。
ワーカーになればより多くのお金を稼ぐことができる。
青年にはリスクを冒してでもダンジョンに潜る理由があったのだ。
「やはりいないな」
一階をくまなく探索したが、魔物に出会うことはなかった。
このダンジョンは何かがおかしい。
青年がそう思った時、何か聞こえた。
耳を澄まし音の出所を探すと、それは地下へ続く階段の奥から聞こえていた。
「ゴクリ」と唾を飲み、慎重に階段を下る。
階段を下るにつれ、聞こえていたのは何かを数える声だということがわかった。
もの凄い数を一定のリズムで数えている。
スケルトンが言葉を話すなんて聞いたことがない、おそらく他の受験者だ。
「よかった」
この異様な事態は他の受験者が魔物を倒してしまったからだと青年は安堵した。
ダンジョンが魔物を生み出すのは、思っていたよりも時間がかかるようだと一人納得する。
聞こえる声は一人のものだが、パーティーを組んでいるはずだ。
「挨拶したほうがいいよね」
誰に言うわけでもなく青年は呟く。
ワーカーになった時のことを考えても親交を深めるのは悪いことではない。可能性は低いが自分のような者でもパーティーに加えてもらえるかもしれない。
僅かな期待を胸に声のする方へ歩みを進めた。
「えっ!?」
扉を開けると部屋の中央に人が俯せに倒れていた。
全身からもの凄い量の汗を流しながらプルプルと痙攣している。
何事かと青年は慌てて駆け寄り声をかける。
「大丈夫で、えっ!?」
倒れている者の姿に驚愕する。
いや、正確には倒れていない。
頭から尻まで一直線に伸びた体を、肘から先の腕と爪先で支えている。
だが、青年が驚いたのはその変な体勢ではなかった。
確かに、変な体勢にも驚きはしたが、本当に驚いたのはその格好だ。
頭には兜としては強度不足な変なものを被っており、他には赤いブーツに赤いパンツ、それだけなのだ。
本当にそれだけだ。
それ以外何も身に着けていないのだ。
世間には露出狂なるものがいると聞いたことがある。遭遇したことはないが目の前のソレがそうなのだろうか?
だとしたらおかしい。
露出狂なる者は他人に見せることに喜びを感じるのではないか?
ならば、なぜダンジョンで?
もしかしたら魔物に見せて喜んでいた?
だとすれば目の前のソレは相当にヤバい。
青年は困惑した。
「ん?」
振り返ったソレの顔を見て青年はさらに驚いた。
被っていたのはやはり兜ではなく牛のようなマスクだった。
青年に気付いたソレは起き上がると青年に向かって歩き出した。
素顔を隠した半裸の男。
間違いない、変態だ。
火照った体で大胸筋をピクピクさせながら変態がゆっくりと近づいてくる。
青年は別の意味で身の危険を感じ後退った。
「!!!」
後ずさる最中、青年は壁に立て掛けられた巨大な剣を発見する。
それを見て直感した。
目の前のコレこそダンジョンのボス、剣闘王なのだと。
確かに魔物ならあの姿も納得できる。
変態ではなかったが事態が好転したわけではない。
このダンジョンの魔物はボスも含め全てアンデッドだと聞いている。
だとすれば目の前の剣闘王もアンデッドということになるが、血色のいい体はとてもアンデッドに見えない。
それにアンデッドだとしてもボスである剣闘王にターンアンデッドが効くとは思えない。
青年の魔法なら尚更だ。
しかし青年の攻撃手段はそれしかない。
悠長に考えている暇はなかった、剣闘王は目の前まで迫っていたのだ。
「ターンアンデッド」
青年が唱えると剣闘王の体が聖なる光に包まれる。
「ん?」
成功すれば光とともにアンデッドは消滅するのだが、予想通り剣闘王は消滅しなかった。
「く、くるなー」
迫る剣闘王に死ぬわけにはいかないと、滅茶苦茶に振り回した拳が偶然にも剣闘王の顎を捉えた。
「ウッ!」
その威力に剣闘王はよろめき膝が落ちそうになるも何とか堪え、青年を掴もうと手を伸ばした。
「ちょっとま!!」
まさに一瞬の出来事だった。
剣闘王が伸ばした手を躱そうと反射的にジャンプした青年。
その瞬発力と跳躍力に剣闘王も驚き目を丸くする。
―ドガッ―
驚異的なジャンプは天井に阻まれる。
頭に強い衝撃を感じた刹那、青年の視界は白く染まった。
当然だが青年は空を飛ぶことはできない、自然の摂理に従い青年の体は落下する。
その先には青年を捕えようと両手を広げた剣闘王が待ち構えていた。
(もうダメ……アズサごめん)
自分の運命を悟った青年は目を閉じる。どうせなら痛みを感じる暇もないほど一瞬で殺してほしいと思いながら。
―ドン―
岩のような固い触感とともに、太い腕が青年の体を締め付ける。
このまま絞め殺されるのかと思いきや、締め付けていた腕の力はすぐに弱くなり痛みも感じない。
どうなっているのか確認したいが、目を開けるのも怖い。
「おい、大丈夫か?」
投げかけられた言葉に恐る恐る目を開けると、目の前に剣闘王の顔があった。
「キャー」
「こら、暴れるな、ん?」
抱き抱えられたままバタバタと暴れる青年に、落ち着くよう促すが、その声が届くことはなく、青年は暴れ続けた。
「クッ、……に気は進まんが……、フン!」
ーゴツン!ー
頭と頭がぶつかる音が響くと同時に、青年の意識は闇の中に消えた。
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