優しさに包まれた決着
ドガッ、ドガッと部屋に鈍い音が響き渡る。
ミノワとアンドレ、互いの攻撃をぶつけ合う音だ。
お互い足を止め相手の攻撃を防ごうともせず剣と手刀で殴り合っている。
アンドレの振り下ろす大剣に耐えたミノワは、思い切り腕を振りアンドレに逆水平チョップを叩き込む。
今度はアンドレがミノワの攻撃に耐えると、剣を振り下ろす。それを幾度となく繰り返している。
意地と意地のぶつかり合い。王者同士引くことなどできない。
しかし一方の体は限界を迎えようとしていた。
「タウロスソード!」
「ウグッ」
ついに攻撃に耐えきれなくなったアンドレは片膝をついた。
「モォーーォ!」
互いの意地を懸けた殴り合いを制したミノワは吠えた。
「オレの剣が上だったようだな」
チョップの構えをしながらミノワは言う。
「ナルホド、カラダガブキカ」
ダメージで立ち上がれないアンドレは片膝をついたままそう言った。
「そうだ。オレの全身は鎧であり、武器だ」
そう言ってミノワは右手を地面につけ前傾姿勢をとる。
「次は槍、タウロススピアー!」
「ウグッ」
ミノワのタックルがアンドレの腹に突き刺さるとアンドレの体は、くの字に曲がり床に両手をついた。
「これが槌、タウロスハンマー!」
「グガァ」
四つん這いになったアンドレの正面に立ったミノワは、指を組み、振上げた手をアンドレの後頭部へ叩きつけた。これにはさすがのアンドレも耐えきることができず倒れ伏す。
「もう終わりか?」
倒れたアンドレを見下ろしながらミノワは言う。
「マダダ」
ミノアの挑発にアンドレは両手に力を込め、なんとか上体を起こした。
「そうでなくてはな」
お互いの目が合い、二人は楽しそうに笑った。
「最後は斧だ、タウロスアックス!」
「!!!」
アンドレに突進したミノワが直角に曲げた肘を喉元にぶつけるとアンドレの巨体は宙を舞い、そのまま落下する。
「モォォーーーォ!!」
勝利を確信したミノワは咆哮を上げた。
「ウググ……」
しかしアンドレは立ち上がろうとしていた。
剣、槍、鎚、斧と攻撃を立て続けに食らったアンドレだが、それでも立ち上がろうとしていたのだ。
「さすがは剣闘王」
あれだけの攻撃を食らったアンドレにはもう戦う力は残ってない。それなのに必死に立ち上がろうとしているのは彼が剣闘王であるが故、王としてのプライドだった。同じ王者としてミノワには理解できた。
そんなアンドレにミノワはゆっくりと近付いて行く。
「まさかこの技を使うことになるとは」
アンドレの頭を左手で掴むと右手で拳を作り、肘を後ろに引く、その姿はまるで弓を引いているかのように見える。
「タウロスアロー!」
思い切り突き出した拳がアンドレの額に直撃する。
「ゴツッ」と大きな音が鳴り響きアンドレは完全に意識を失った。だがその顔はとれも穏やかな表情をしていた。
「ウググ……オレハイッタイ……」
目覚めたばかりで意識が朦朧としているアンドレは状況が掴めないでいた。
「気が付いたのか」
「オマエハ!ウッ!」
ミノワの声と体の痛みでこれまでのことを思い出したアンドレは、起き上がろうとするも痛みで起き上がれず、顔だけをミノワに向けた。
「オレの攻撃をあれだけ受けたんだ、無理するな」
「オレハマケタンダナ」
「ああ、オレの勝ちだ。だが、紙一重だった」
それは嘘ではなかった。平然としている様に見えるミノワたが、実は相当なダメージを抱えていた。
実際にアンドレがもう数発耐えていたら負けていたのはミノワだったかもしれなかった。
普段から相手の攻撃を受けてきたミノワと、そうでないアンドレ、その差が勝敗を分けたのだ。
勝負には負けたがアンドレの気持ちは晴れていた。
「拳は反則だから、最後のは滅多に使わん」
「ソウナノカ?」
「オレをそこまで追い詰めるとは、さすがは剣闘王だな」
「ソレハコウエイダナ」
「ああ、いい勝負だった」
そう言って右手を差し出したミノワにアンドレも応えガッチリと握手を交した。
「オレハオウラシクタタカエタカ?」
「ああ、逃げることなく真っ向と戦う、まさに王の戦いだった。なあ」
アンドレにではなく、ミノワは振り返りながら、部屋に入ってきたあるものに同意を求めるように声をかけた。
「オオオオオオ……」
その姿を見たアンドレの目から涙が溢れ出す。
そこには一体のスケルトンがいた。それもメイド服を着たスケルトンだ。
スケルトンはゆっくりとアンドレに近寄る。
「マ、マナミ!」
そう、マナミだ。
こんな姿になっていても、アンドレには一目見てそれがマナミだとわかった。
ミノワに拘束具の鍵を渡したのはマナミだった。
この館の一室でミノワはマナミに出会った。
ミノワは一目見てマナミが他の魔物とは違うとわかった。これまでの魔物は敵意を剥き出しにして問答無用で襲ってきたが、マナミからは敵意を感じなかったからだ。
マナミもまたミノワが今までの侵入者たちとは違うと直感した。
ミノワマナミは待っていたのだ。
アンドレと正々堂々、真っ向から戦ってくれる者を、彼を憎しみから解放してくれる者を。
「ウオオオオーー」
アンドレは号泣した。
「アンドレ」
スケルトンは光に包まれ、人の姿が、生前のマナミの姿がそこに現れた。
マナミはアンドレの傍らに座ると、その膝にアンドレの頭を乗せ優しく撫でる。
「……ゴメンナサイ」
「どうしたの?」
号泣しながら謝るアンドレにマナミは理由を訊ねる。
「ダッテオレガ、オレガモドッテコナケレバマナミハ……」
あの日、自分が戻らなければ、闘技場で死んでいればマナミは殺されることはなかった。だが最期に、死ぬ前にもう一度、マナミに会いたかった。
親のいないアンドレにとって母親のような存在だったマナミに「アリガトウ」と感謝を伝えたかった。
それなのに自分を助けようとしてオーモリーに逆らい殺された。
どうせあの傷では助かる見込みなんてなかっただろうに、見捨てることはせずオーモリーに……。
アンドレには後悔しかなかった。
「何を言っているの、私こそ助けてあげるって約束したのにゴメンね」
アンドレのせいではないと優しく諭すマナミだったが、それでもアンドレは自分を責めた。
「オレナンカミステテオケバ――」
「そんなことできるわけないでしょ!」
突然声を荒げたマナミにアンドレは目を丸くする。
「見捨てるなんてできるわけないじゃない。子供を見捨てる親がどこにいるのよ」
マナミは泣いていた。アンドレが連れてこられてから世話をしていたマナミもまた、アンドレ同様、アンドレのことを本当の息子のように思っていた。
「オ、オオオ――」
泣きじゃくるアンドレの姿はまるで幼子のようだった。
マナミに抱かれながら泣きじゃくっていたアンドレの体が光に包まれ、その姿は少しずつ薄くなっていく。
「ミノワ」
自分が消えることを理解したアンドレはミノワに声をかけた。
「オレノケンヲモラッテクレ」
初めて全力の勝負ができた。剣闘王として全力で真っ向からぶつかり合う「王としての戦い」ができた。戦いには負けたが満足していた。
それにマナミに会うこともできた。後悔が完全に消えることはないが、マナミの言葉はアンドレの心を救ってくれた。それだけで、アンドレにはもう思い残すことはなかった。
この暖かい光に包まれ自分は消滅し二度と戻ることはないのだと理解したアンドレは、これまでの証として、自分の剣を新たな王に渡したかったのだ。
「わかった。オレからもこれを」
ミノワはトレードマークの一つであるマントを差し出した。
「コレハ?」
「友情の証だ」
ミノワもまたアンドレを認めていた。
戦いが終わり、認め合った二人は互いの持ち物を交換した。
「アリガトウ」
ミノワに礼を言うアンドレの体は殆ど消えかけていた。
「またいつか試合をしよう」
「ああ」
一瞬驚いたアンドレだったが、笑顔で応えると、それからマナミに視線を向けた。
「マナミ」
「何?」
「サイゴニカアサントヨンデモイイ?」
「ええ、いいわよ。あなたは私の息子なのだから」
「カアサン、イママデアリガトウ」
そう言うとアンドレは完全に消えた。
不思議なことにミノワのマントも消えていた。
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