剣闘王
彼は控え室で集中していた。
試合が近付くにつれ気持ちか昂る。
被っている牛のマスクは視界が遮られることのないよう目の部分は大きく開いており、呼吸をしやすいよう鼻から下は覆われていない。まさに戦いに支障のない作りになっている。
彼の名前は箕輪弁慶、いや、今は覆面レスラーミノワタウロスである。
彼の腰には一本のベルトが巻かれている。
これは彼が王者であることの証、彼の誇りそのものだ。
彼はプロレスが好きだ。子供の頃にプロレスに勇気を、感動を、そして夢をもらった。
彼は夢を叶えプロレスラーになり王者にまで上り詰めた。
そして今、自分が与えて貰ったものを、今度は観ている人に与えるべく戦っている。
「よし、いくか」
椅子から立ち上がり、白黒模様のマントをなびかせ控え室を後にした。
余談だがこのマントは、牛=ホルスタインと連想した業者が間違って作ったものだが、今ではミノワタウロスのトレードマークになっていた。
「ここはどこだ?」
控え室を出た彼は困惑していた。そこはいつもの通路ではなかった。
不気味な雰囲気の漂う古びた洋館、そのエントランスに彼は立っていたのだ。
「クソッ開かないか」
扉から元の場所へ戻れるかと背後の扉を開けようとするも、両開きの大きな扉は固く閉ざされていた。
「じっとしていても埒があかんな」
「状況がわかる者がいるかもしれない」と館を探索することにした。
「!」
薄暗い廊下を慎重に進むと人影のようなものが見えた。
「誰かいるのか?」
確認するように呼びかけるも返事はなく、彼は人影のいた方へ歩みを進めた。
「!!!」
人影に追いついた彼は、その姿を見て彼は驚愕する。
「が、骸骨!?」
骨が、人型の骨が動いているのだ。
動く骸骨、所謂スケルトンだ。
おまけに手には剣を持っている。
現実離れした状況に彼は固まってしまう。
だが、そんなことなど関係ないスケルトンは剣を振りかざし襲いかかってきた。
(ヤバい)
虚を突かれた彼は振り下ろされる剣に死を覚悟した。
振り下ろされた剣は彼の肩口を捉え無残にも彼の体は斬り裂かれ……。
「えっ?」
てはいなかった。
痛みはあるが、傷一つ付いていない。
模造刀なのかと思ったが、マントの肩口辺りが斬れているところを見ると、それはないようだ。
(なぜ斬られていない?)
戸惑う彼に構うことなく、スケルトンは次の攻撃を仕掛ける。
彼は反射的に腕でガードした、無謀にも剣の攻撃を……。
「ぐっ」
斬られた瞬間、痛みはあったが先ほどと同じで斬れてはいない。
彼の腕は繋がっている。
彼は確信する。
理由はわからないが、自分に斬撃は通じないと。
とはいえ、斬れないだけでダメージはある。
あまり攻撃を受けすぎるのは危険だ。
だが、忘れてはいけない。
彼はプロレスラーだ。
それもチャンピオン『荒ぶる牛魔王』の異名をもつ覆面レスラー、ミノワタウロスなのだ。
斬れない剣なら相手の腕が長くなったようなものだ。
これまでプロレスラーとして相手の強力な技を逃げることなく受けてきた、ソレと比べれば筋肉もない細腕での(スケルトンなので当たり前だが)攻撃なんて耐えられないはずがない。
「モォォォーーォ!」
天に向かって咆哮を上げる、ミノワタウロスが気合を入れるときのポーズだ。
そんなミノワに怯むことなくスケルトンは剣を構え突進する。
しかし今のミノワはさっきまでとは違っていた。
逆にスケルトンに向かって突進したのだ。
ミノワとスケルトンが激しくぶつかる。
勝ったのはミノワだった。
ミノワの体当たりにスケルトンはバラバラになった。
「カルシウムが足らんな、牛乳を飲め」
バラバラになったスケルトンを見下ろしながらミノワは言った。
スケルトンを倒したミノワは探索を続けた。
何度もスケルトンと遭遇し、時には複数体を相手にもした。
それでもミノワの相手ではなかった。
多少痛くはあるが剣が通らない以上、スケルトンの一撃は致命傷にならない。それに対しミノワの一撃はスケルトンを粉砕するのだ。
一階、二階と入れる部屋の全てを回り終えたミノワは、次に地下を探索することにした。
地下は一階とは違い石壁に石畳となっていた。スケルトンの歓迎は続いたが気にせず進む。
実は地下のスケルトンは一階のスケルトンより多少は強いのだが、実力差があり過ぎたためミノワはその違いに気付くことはなかった。
「!」
一番奥にあった大きな鉄の扉。
その扉からもの凄いプレッシャーを感じた。
鳥肌が立ち、体から汗が噴き出す。
ミノワは直感する。扉の奥に強い奴がいると。
どんな試合ができるのだろう。
緊張の反面ミノワはワクワクした。
「よし!」
意を決し扉を開け中に入る。
「バタン」と大きな音を立て勝手に扉が閉じた。
振り返り扉を開けようとするも扉はビクともしない。
ミノワは完全に閉じ込められたのだ。
密室になった部屋は灯りもなく真っ暗で何も見えない。
相手も同じ条件だが、スケルトンには目玉がないので視覚は関係ないかもしれない。
視覚に頼れないミノワは五感を研ぎ澄ましながら、慎重に移動する。
「ウォー!!!」
耳を劈くような大きな声が空気を振るわせたかと思うと、壁の燭台に火が灯る。ひとつずつ灯るその光は幻想的にさえ思える。
徐々に部屋の様子が露になる。
何もない広い部屋その中央にソレはいた。
「デカいな」
優に2メートルはある大男、土気色の肌は傷だらけで、傷口から黒ずんだ肉が見える。
手足を鎖で拘束されており、動きの制限された両手には身の丈ほどの大きな剣が握られている。
大男からは怒りや憎しみという負の感情が溢れ、ミノワに対し凄まじい殺気を放っていたが、そんなものどこ吹く風とミノワは大男に近寄りながら話しかけた。
「オマエがアンドレか? オレはミノぐわぁ!」
負の感情に支配されている大男に話など通じるはずもなく、無防備に近付いたミノワを大剣で薙ぎ払う。薙ぎ払われた剣はミノワの首元に直撃し、不意を突かれたミノワは、耐えることができず、弾き飛ばされ体を壁に叩きつける。
「グオオオオオ!」
大男は剣を掲げ雄叫びを上げる。
「勝利の雄叫びには早いぜ」
首を摩りながらミノワは立ち上がる。
「あんな窮屈な攻撃でオレを倒せるわけがないだろ。どんな攻撃も受ける、耐える、そして勝つ! それがプロレスラーミノワタウロスの矜持だ。」
ミノワは胸を張りそう宣言する。
「それにしても剣闘王が不意打ちとはガッカリだ。まあ、そんな恰好でオレに勝つにはそれしかないと考えるのもわかるがな」
ミノワの言う通りだった。剣闘王は本能でミノワの強さを理解し、無意識に攻撃を繰り出していたのだ。
「それに、ハンディキャップマッチは好きじゃない」
そう言うとミノワは拳を広げ握っていたそれを剣闘王に見せると、それまで怒りに満ちていた剣闘王の瞳に理性が戻る。
「ソレハマサカ」
「その格好では全力が出せんだろ」
ミノワが手にしていたのは鍵、剣闘王の手足を縛っている拘束具の鍵だ。
ミノワはその鍵を剣闘王に渡した。
「ナゼダ?」
「王者だからな」
腰のベルトを外し、頭上に掲げる。
「オウ……。タシカニソウダナ」
剣闘王は拘束具を外し、大剣を手にする。
「ブキハ?」
素手のミノワに剣闘王は問いかけた。素手の相手に剣で戦うなど、ミノワの行動はアンドレの剣闘王としてのプライドを甦らせた。
「生憎と武器は扱えん。だが案ずるな、オレにはお前の剣よりも強いこの体がある」
筋肉を隆起させ、筋骨隆々の肉体を見せつける。
「ソウカ、デモアノカギヲドコデ」
「戦いの前にそんなのは無粋ってもんさ」
「ソレモソウダナ」
一瞬剣闘王が笑ったように見えた。
「無制限一本勝負、さあ、始めようぜ!」
ミノワは戦いのゴングと言わんばかりマントを投捨てながら叫んだ。
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