ミノタウロスじゃありません!
「ううっ……」
「気が付きましたよ」
カイトが目を開ける視界にとリーヴの顔が飛び込んできた。オモスとサクヤの安心したような声も聞こえる。
「俺はいったい……? うっ!」
カイトの腹部に激痛が走る。
「まだ動かないでください」
体を起こそうとしたカイトを制し、リーヴはカイトの腹部へ手を翳した。
「ヒール」
「!!!」
腹部の痛みは何があったかを思い出させた。
自分たちは剣闘王と戦っていたはずだと。
オモスがやられ自分も気を失った。そんな状況で剣闘王を倒したとは考えられない。
しかし、リーヴは焦る様子もなく自分を治療している。
他のメンバーからも緊張は感じられない。
「よかった」
カイトは安堵した。
おそらくアイテムで戦闘から離脱したのだ。
最初のダンジョンで躓いたことは悔しいが、皆生きていることに安堵した。
「気が付いたのか」
聞き慣れない声の主を見てカイトは驚愕する。
「剣闘王!」
カイトは素早く起き上がり剣を構えると、メンバーへ臨戦態勢をとるよう指示を出す。
「カイト違うの」
「違うって、何がだ?」
「その人は剣闘王じゃないの」
「え?」
サクヤの衝撃の発言に、一瞬、カイトの思考が止まる。
確かにレベル0のダンジョンであの強さは有り得ない。「じゃあ、目の前のコイツは何者なのか?」そんなカイトの疑問に答えるかのように牛のマスクを被ったソレは言った。
「オレはミノワタウロス、プロレスラーだ」
「ミノタウロス!!!」
ミノタウロスといえば、牛の頭と人の体を持つ危険な魔物だ。こんなダンジョンに現れるような魔物ではない。
それに牛の頭といっても明らかに被り物だ。
それなのに、目の前のソレは自分をミノタウロスだと言っている。
噂はあくまでも噂で、ミノタウロスとは実際はこんな滑稽な姿をした魔物なのかもしれない。
目の前のソレがミノタウロスではないと思いつつも、実物など見たことのないカイトは完全に否定もできなかった。
「ミノタウロス? 違う、違う。ミノワタウロスだ」
「ミノワタウロス?」
「そうだ『荒ぶる牛魔王』ミノワタウロスとはオレのことだ」
親指で自分を指しながら誇らしげに「自分は人気の覆面レスラー」などと自己紹介を続けたが、カイトには理解できなかった。
「ところでお前たちは何者だ?」
自己紹介(?)を終えたミノワタウロスはカイトたちのことを訊いてきた。
カイトは自分たちがワーカーになるためこのダンジョンを攻略しにきたこと、そしてミノワタウロスを剣闘王と勘違いしたことなどを説明した。
「ワーカーねえ……」
カイトの説明を聞きミノワタウロスは腕組みをし、何か考え始める。
「そこの女」
「ひゃい」
急に声をかけられたサクヤは噛んだ。
「お前が使ったあれはなんだ?」
「あ、あれってストーンバレットのことですか? でしたら土属性の元素魔法です」
「魔法なんてものがあるのか」
魔法という言葉にミノワタウロスは驚いていた。
「そ、そうだ、魔法のことはリーヴが詳しいですよ。リーヴもクレリックで魔法が使えますし、頭も良いし」
「サ、サクヤ」
敢えてリーヴの名前を出し、巻き込まんとするサクヤに、リーヴは非難の視線を向けた。
「やはりここは異世界なんだな」
ミノワタウロスは一人納得すると、リーヴに質問をした。
「魔法は誰でも使えるのか?」
「誰でも、というわけではありませんが、天職が魔法職なら間違いなく使えます」
天職とは生まれたときに天から授かる才能だ。
魔法を使う二人の天職は、ソーサラーとクレリック。故にサクヤは元素魔法が使え、リーヴは聖魔法が使えるのだ。
ちなみに魔法とは魔法職が使うスキルの総称だ。
リーヴは魔法なんて常識的なことを知らないミノワタウロスに驚いたのだった。
「こちらからもいいですか?」
「なんだ?」
遠慮がちにリーヴが訊くと、ミノワタウロスは了承した。
「あなたの天職は?」
「天職? もちろんプロレスラーだ!」
「プロレスラー?」
自信満々に応えるミノワタウロスだったが、当然ながらリーヴはそのような天職など聞いたことがなかった。
「スキルは何を?」
ミノワタウロスのあの攻撃は普通ではなかった。魔物ならまだしも、ホプライトであるオモスを気絶させたあの一撃、あの攻撃はスキルだとリーヴは推測したのだ。
「スキル? ああ、技か。ジャーマンやアルゼンチンとか色々使うが、決め技と言ったタウロスアックスかな」
「はあ……」
これまた聞いたことのないスキルにリーヴは曖昧な返答しかできなかった。
「えっと、ミノタウ、い、いや、ミノワタウロスさん」
馴染みのない語呂にカイトが言いにくそうに話しかける。
「ああ、言いにくければミノワでもタウロスでも好きなように呼んでかまわんぞ」
「……、じゃあミノワさん」
少し思案した後、カイトはミノワと呼ぶことにした。
「ミノワさん、あなたはここで何をしていたのですか?」
他のメンバーも思っているであろう疑問をストレートにぶつけた。
「何ってトレーニングだが。プロレスラーは体が資本だからな」
さも当然のように答えるミノワに、カイトの目は点になった。
「でもここってダンジョンだし、魔物だって」
ここはダンジョンだ、呑気にトレーニングをする場所ではない。
だが、カイトは言っていて、おかしなことに気付いた。
「そういや魔物って……」
そう、このダンジョンに魔物はいなかった。
ここがダンジョンだというのは間違いないが、ここには魔物がいないのだ。
魔物がいないダンジョンなんて聞いたことがない。
この現状にカイトは困惑した。
「ああ、アンドレがオレとの一戦に満足したみたいで成仏してな、それが原因かわからんが気付いたら骸骨どももいなくなっていた」
ミノワの言うアンドレとは剣闘王のことだろう。
剣闘王と一緒にダンジョンから魔物が消えた?
有り得ない話だ、ボスを倒しても魔物が消えるわけではなく新たな魔物が出現しないだけのはずだ。
しかし、ミノワが嘘を吐いているとは思えないし、嘘を吐く理由もない。
何よりミノワが持っているあの大剣、あんなドロップアイテム聞いたことがない。
ミノワ曰く「友情の証に貰った」とのことだが、その剣闘王の大剣がミノワに話が真実であることを物語っていた。
「もしかしてダンジョン化の解消?」
カイトのその呟きはミノワには聞こえていなかった。
「ここに座れ」
ミノワの言葉にカイトの思考は引き戻され、四人はミノワの前に正座させられた。
「一人を相手に凶器を使って四人がかりとは、貴様らはそれでもプロレスラーか!」
「自分たちはプロレスラーじゃない」と口から出かかったが、反論できる雰囲気ではなかった。それに何より……。
「あ、あのプロレスラーって何ですか?」
サクヤがそもそもの疑問を口にする。
「プロレスラーは己の肉体のみで戦う最強の戦士の称号だ。その戦いは観ている者に勇気や希望、感動を与える」
プロレスラーについて熱く語りだすミノワ。メンバーから非難の視線が突き刺さり、サクヤもは余計なことを聞いてしまったと後悔した。
ミノワの熱弁も、内容の殆どがわからい四人は足の痺れを耐えるのに必死だった。
「とはいえ、見所がないわけではない。あの連携は見事だった、一瞬意識が飛んだぞ」
最初に仕掛けた連係攻撃。ミノワはカイトたちの連携攻撃を褒めた。
ワーカーになると誓った日から、四人で切磋琢磨してきた。
あの連携も努力の賜物だ、それを褒められカイトたちは素直に嬉しかった。
「だがな、あの不意打ちはいただけん! 入場前に襲うようなものだぞ。そんな勝利で誇れるのか」
理不尽だ。これは試合ではないし、魔物と思って戦ったのだ。
魔物相手に卑怯云々語っても意味がない。相手だって問答無用で襲ってくるし、正々堂々など通用しない。ダンジョンに入った瞬間から戦いは始まっているのだ。
ミノワの言葉を借りれば、ダンジョン=リングであり、ダンジョン入る=リングインなのだ。
「その根性は鍛え直さなきゃいかん」
そんなことなど知らないミノワは、突然「根性を鍛え直す」と言い出し、四人は一抹の不安を覚えた。
「健全な心は健全な肉体に、だ。強くもなれるし一石二鳥だな。まずは準備運動がてらスクワット1,000回だ」
急に訓練が始まり四人は困惑した。
特に魔法職であるサクヤとリーヴが地獄を見ることになるのは想像に難くなかった。
「あ、あの魔術士は知力や精神力が基本なので筋力は必要ないというか……」
訓練を回避しようと必死に訴えるサクヤに「うん、うん」と勢いよく何度も頷くリーヴ。
事実、自身の体を使う戦技とは違い、魔法は肉体に負荷がかかるわけでもなく、肉体を鍛えても魔法の威力が上がるわけでもない。
魔法を使わず肉弾戦をするなら別だが、それなら魔法職である意味がない。
したがって魔法職は体の強さを重要視しないのだ。
だが、二人の懇願は「健全な精神は健全な肉体に宿る!」の一言で却下されたのであった。
その後、四人は足腰が立たなくなるまでミノワにシゴかれた。
指先一つ動かせない四人に対し、それ以上の回数をこなしているのに、「いい汗かいた」と気持ちよさげにしているミノワを、改めてバケモノと思った四人だった。
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