箕輪弁慶
ミノワが生まれ、母と伴に退院したその日に両親が亡くなった。
交通事故だった。病院からの帰り、交差点で信号無視をした大型トラックが突っ込んできたのだ。
原形を留めない車、運転していた父親と後部座席にいた母親は死亡したが奇跡的にミノワは生きていた。
母親はミノワを庇うように覆いかぶさり亡くなっていたという。母の愛が命を救ったのだ。
すでに父母の両親は他界していたうえ、両親ともに一人っ子だったため、頼れる親族はおらずミノワは施設に引き取られることになる。
施設の職員は優しくかったが、心が満たされることはなかった。
なぜこんな感覚を覚えるのかミノワは分からなかったが、小学生になった時にその理由が分かった。
入学式で両親と笑顔で校門をくぐる他の子たちを見たときに、自分になかったもの、満たされないものが分かったのだ。
物心ついた頃にはすでに施設にいたミノワは両親の顔すら覚えていないが、それでも本能で両親の愛情を求めていたのだろう。
「どうして箕輪くんにはお母さんがいないの?」
子供というのは残酷だ。悪気があるわけではない、純粋なのだ。
それが相手を傷つけるなんて思わない、子供は純粋で無知なのだ。
「無知は罪」だという者もいるが、子供にそれを当てはめるのは酷というものだ。
それ以来ミノワは、自分は他のクラスメートとは違うのだと、家族のいない独りぼっちな異質な存在なのだと、そんな自分が惨めで恥ずかしく感じた。
ミノワは学校に行くのが怖くなり、休みがちになった。
休日も施設に引きこもり口数も少なくなっていった。
そんなミノワに転機が訪れたのは、ある晴れた日曜だった。
その日、施設の子供たちは地元で活動するプロレス団体から試合に招待された。
皆、初めて見るプロレスに魅入られていった。
それはミノワも同じだった。その鍛えあげられた体で激しくぶつかり合う様に昂奮し、気付けば大きな声援を送っていた。
ミノワはプロレスに元気をもらったのだ。
そんなプロレスラーの中で一際目を引いたのが一人の覆面レスラー『デリシャスビーフ』だった。
『デリシャスビーフ』とは、三人組のヒーロー、デリシャススリーのリーダーで、デリシャスポーク、デリシャスチキンとともに町の平和を守る畜産が盛んなこの町のご当地ヒーローだ。
この町を舞台にした番組が地元のケーブルテレビで放送されていて子供たちに大人気だ。
ミノワも例に漏れずデリシャススリーが好きで、中でもリーダーであるデリシャスビーフが大好きだった。
そんなデリシャスビーフが目の前に現れたのだ、昂奮するのは当然だ。
デリシャスビーフの試合は別格だった。
それは魅せる戦い。
自分だけではなく相手のよさを引き出すデリシャスビーフの試合は、今までの試合とは違った。
真正面から相手の技を受け合い、フラフラになりながらもギリギリでフォールを返し立ち上がる姿に昂奮は高まり、大きな声援を送り続けたミノワは試合が終わる頃には声が嗄れていた。
この試合でミノワは完全にプロレスの虜となった。
全ての試合が終わるとミノワたち施設の子供は控え室に招かれた。
試合に招待してもらったことにお礼を言うと、大きなプロレスラーは試合の時とは違う優しい笑顔で応えてくれた。
「俺も弁慶と同じで、施設で育ったんだ」
デリシャスビーフの言葉にミノワは驚いた。
デリシャスビーフも幼くして両親を亡くし、中学を卒業するまで施設で過ごしたというのだ。
中学を卒業した彼はプロレスラーになるため、世界的に有名な国内最大の団体である優日本プロレス(通称:優日)の門を叩き、住み込みの練習生として入門した。
入門が叶った彼だが、スタート時点から他の同期より遅れていた。
彼が入門したのは国内最大の団体だ、当然入門希望者も多く、その殆どが格闘技経験者であり、中にはレスリングや柔道で全国大会に出場した経歴を持つ者もいた。
根性だけは人一倍あった彼は、その根性でテストの課題をこなすことはできたが、合格できたのは彼の身の上に対する同情があったのかもしれない。
それでも彼は先を目指す権利を得た。たとえ今は大きな差があろうとも一歩一歩縮めてゆけばよいと努力を重ねた。
流した汗は、努力は嘘を吐かなかった。遂に彼はデビューを掴む。プロレスラーとしてスタートラインに立ったのだ。
念願のデビューを果たすも、簡単に勝てるほど甘くない。
相手は新人の登竜門と呼ばれるベテランレスラーや、同じ若手でも格闘技経験者が殆どだ。
人一倍の努力で基礎体力は引けを取らないものの、技術は一朝一夕ではどうにもならない。これまで培ってきた経験がものをいうのだ。
中でもエリートと呼ばれる選手は別格だった。
彼のこれまでの努力がまったく通じなかった。体力も、技術も、センスも何もかも上だった。
それでも彼は持ち前の根性で努力を重ね、一歩一歩差を縮めていった。
その根性は試合でも発揮され、諦めず何度でも立ち上がる姿は共感を呼び、少しずつ人気も出始め、プロレスで食べていけるようにはなった。
プロレスラーとしてベテランの域にさしかかり始めた頃、突如として退団しフリーとして活動すると発表した。
その頃にはそれなりに知名度があった彼の突然の発表に、周囲は騒然としたが、フリー転身は以前から考えていたことだった。
だが、優日に育てて貰った恩もあり、その恩を返すまではこの団体に尽くすと決めていた。
今では次世代のレスラーが力をつけ、人気、実力とも申し分ないほどに成長した。
そんな後輩の姿を見て、ここでの自分の役割は終わったと彼は決意したのだ。
フリーになった彼は各地を巡り、地方で活動するインディー団体のリングに上がった。
そこで、地元にある施設の子供をプロレスに招待した。
彼がフリーになってやりたかったこと、それは各地を回り、自分と同じ境遇の子供たちに元気を与えることだった。
メジャー団体と違いプロレスだけでは食べていけない選手も多い。
当然収入は下がったが、プロレスに夢中になる子供の姿の前には些細なことでしかなかった。
そして、今回彼が上がったリングこそミノワが暮らしている地方を拠点に活動する団体、田園プロレスのリングだった。
都会とは違い農畜産業が主力産業であるこの地方は、広大な田園地帯が広がっており名前の由来になっている。
「ビーフもお父さんとお母さんがいなかったの?」
「そうだ」
「寂しくなかった?」
今まさに自身が感じている思いをデリシャスビーフにぶつけた。
「寂しくなかったぞ」
「えっ?」
予想だにしない答えにミノワは戸惑いを見せる。
「全くといえば噓になるが、たくさんの家族がいたからな」
「家族?」
「弁慶にだっているだろう。家族が、たくさんの兄弟(姉妹)たちが」
そう言われてミノワの頭に浮かんできたのは、心配する職員の顔、世話を焼いてくれる同じ施設のお兄さんやお姉さんの顔だった。
頭に浮かんだその人たちこそミノワにとって家族だった。
「みんな弁慶が元気がないと心配していたぞ」
自分は独りだと、家族なんかいないと思っていたが違った、いつも気にかけ今回も自分を心配してくれていた人たちがいたのだ。
その事実を知ったミノワはわんわん泣いた。
お読みいただきありがとうございます。
次話もご一読いただければ幸いです。




