ダンジョンボス
「みっつ数えたら突入だ。一気に叩く、出し惜しみするなよ」
カイトの言葉に三人は頷く。
ふうっと息を吐くと、カイトは数を数え始めた。
「……1……2……」
「3」のかけ声とともに一斉にボス部屋に突入した。
「!!!」
「う、牛!?」
扉の開く音に振り返った剣闘王を見たサクヤは思わず呟いた。
なんと剣闘王は牛のマスクを被っていたのだ。
「サクヤ、集中しろ」
「わかってるわよ!」
サクヤが剣闘王に向かって手を翳すと、その先の空間に魔法陣が現れる。
「喰らいなさい、ストーンバレット!」
「グォ」
不意を突かれた剣闘王の顔面にサクヤの魔法がヒットする。
ストーンバレットは土属性の元素魔法で、マナにより生み出した石を相手に放つ初級の魔法である。
初級のため威力は弱いが、今はそれで十分だった。
「フン!」
ストーンバレットにより体がのけ反り、ガラ空きになった腹部へオモスがメイスを叩きつけると、一転、剣闘王は前屈みになった。
「リーヴ!」
「わかってますよ、ステイド!」
すでに魔法陣を完成させていたリーヴが魔法でカイトの筋力を強化すると、力が漲ったカイトは剣を振りかざしながら高く跳び上がる。
初ダンジョンのパーティーとは思えない、流れるような連携で剣闘王を追い詰める。
「とどめだ! スラッシュフォール!」
カイトは渾身の力で剣闘王の首根へ剣を叩きつけると剣闘王はそのまま俯せに倒れた。
「やったのか?」
目の前で倒れている剣闘王を見ながらカイトは言った。
「ですね」
「らっくしょー」
「うむ」
カイトの一撃に勝利を確信したメンバーは浮かれている。
「それにしても……」
剣闘王の首根を見ながら驚いたようにカイトは呟く。
剣闘王は攻撃力こそ高いが、その攻撃は単調なうえ、動きも遅くパーティーで挑めばそこまで苦労しないと聞いていた。
防御力に至ってはその巨大ゆえ、骨太で常人よりも堅いとは聞いていたが肉に刃が通らないとは聞いていない。
カイトは自分の剣を見つめ、左の人差し指で刃触れる。
「っ!」
刃に沿って少し指を動かした瞬間ヒリっとした痛みを感じた。
「剣が問題ってわけでもなさそうだ」
カイトは自分の剣が原因なのかと確認したが、指先から流れる血を見て、そうではないと確信した。
では何故? 完璧な一撃だった。完全に無防備な首へ、しかもリーヴの魔法で力が増した一撃だ。
それでも、その首は落ちていない。
切断どころか薄皮一枚さえ斬れていない、まるで刃毀れした斬れない剣か木剣で戦っているかのように錯覚させる。
「だが」
剣を握る右手を見て呟く。
斬れてはいないが手ごたえはあった、それなりのダメージは与えたはずだ。
ここはワーカーになる前の者が挑むダンジョンだ。いくらボスとはいえ、あの攻撃で倒せないなんてことはないだろう。
そうでなければ合格者は皆無だ。
現に剣闘王は死んだようにピクリともしない。
「?」
カイトは違和感を覚えた。
何かがおかしい。
何が?
カイトは思考を巡らせる。
あまりにも上手くいき、浮かれていて気付かなかった。
ここがダンジョンでボスも魔物だということを。
「まだだ! 消えてねえ!」
振り返り仲間に向かって叫ぶカイト。
魔物は倒せば消滅する。しかし、剣闘王は消滅していない。
つまり……。
完全に倒せていないのだ。
「モォォォー!!!」
大気が震えるほどの凄まじい咆哮を上げ、剣闘王は立ち上がった。
「「「カイトー」」」
向き直ったカイトは、剣闘王の迫力に身が竦む。
「きょ、巨人……」
恐怖したカイトの口から言葉が漏れる。
厚い胸板、丸太のような腕、何より放っている重圧、背丈はオモス同じくらいだが、カイトにはその何倍も剣闘王が大きく見えた。
「あ、あ、ああ……」
立ち上がると同時に振り上げられた組んだ両手が、振り下ろされようとしていたが、カイトは恐怖で動くことができなかった。
「シールドタックル」
今まさに、腕が振り下ろされんとした瞬間、盾を構えたオモスの体当たりが剣闘王へ炸裂し、自身の体ごと剣闘王を壁に叩きつけた。
「……大丈夫か」
オモスは振り返り声をかけた。
「オモス!」
戦闘中に敵から目を離すなど絶対にやってはいけない、一瞬のスキが命取りになるからだ。
ドガッ!
「……」
振上げられたままだった、剣闘王の両腕がオモスの後頭部へ振り下ろされると、オモスは糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「オ、オモス」
「う、噓でしょ……」
信じられない光景だった。
オモスはパーティーの盾役だ、防御力はパーティーで一番高く頑丈だ。そのオモスが一撃で、しかも素手での一撃で倒されたのだ。
「モォォォー!!!」
再びの咆哮は三人を恐怖で縛り付けた。
咆哮を終えると、右手を床につけ膝を曲げ姿勢を低く構えた剣闘王の視線が、カイトを捉える。
「うがっ」
剣闘王の強烈なタックルはカイトの腹部に突き刺さり、カイトの体を弾き飛ばした。
「うわー!」
カイトが飛ばされた先にはリーヴの姿があった。
魔法職であるリーヴは身体能力が高くない。そんな彼が、物凄いスピードで迫ってくるカイトを避けることなどできるはずもなかった。
「カイト、リーヴ……」
震えた声で言葉をかけるも二人からは何の反応もなかった。
「ヒッ!」
剣闘王は最後に残ったサクヤに向き直る。
「イ、イヤ……」
近付いてくる剣闘王に震えながら後退るサクヤ。
「あっ!」
背中に硬い感触が広がる。
そこにあったのは壁、無情にもサクヤの後退は壁に阻まれた。
ゆっくりと近づいてくる剣闘王にサクヤは恐怖で崩れるようにその場に座り込んだ。
「こ、殺さないで」
相手は魔物、言葉など通じるはずはないが、死の恐怖で錯乱しているサクヤは泣きながら懇願した。
「殺す? そんなわけないだろ」
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