魔蛇
イーたちが紹介所で獲物になりそうなワーカーを物色していたところにたまたま魔石を換金しているマイラを目撃し、まだワーカーでもないソロのヒーラーなら楽勝だと犯行に及んだそうだ。
「オレたちは魔蛇のモンだ」
「麻雀?」
「違う、魔蛇だ。名前くらいは知ってるだろ」
「知らん」
この世界の人間ではないミノワが「知らない」と答えると、『魔蛇』についてホーガンが教えてくれた。
『魔蛇』とはユニオンの名で、ユニオンとは拠点を持つワーカーの集まった組織である。
通常ワーカーが仕事を受けるには紹介所を通す必要があり、特にダンジョンに関する仕事は絶対に紹介所を通さなければならない。
しかし、ユニオンは例外で、直接仕事を受けることができるのだ。
紹介所を通すより高額になるが、それでも有名なユニオンには依頼者が殺到する。貴族に至っては有名ユニオンに依頼するのがステータスになってさえいる。
ワーカーにしても、有名ユニオンに憧れを持つ者は多く、そういったユニオンには有望な新人が加入し、更に大きくなっていく。逆に無名の小さなユニオンは紹介所の仕事をしなければ食っていけない競争社会なのだ。
「金が欲しくて、つい出来心で」
「出来心だと?」
ミノワは低い声で三人を睨む。
「し、信じてくれ」
「本当だプ」
「アガ、アガ」
三人は必死に訴える。
「ユニオンに所属してるなら仕事はあるだろ」
話を聞く限り、ユニオンに所属しているならユニオンが受けた仕事が割り当てられるはずだ。
「魔蛇にくる依頼はねえ」
「仕事がないから仕方なかったプ」
魔蛇は中規模のユニオンだが、良い評判を聞かないユニオンだ。そんなユニオンに仕事を依頼する者は皆無だ。
「じゃあ、紹介所で依頼を受けるとか、ダンジョンで魔石集めでもすりゃいいだろ」
「うっ……」
正論を吐かれ三人は言い淀む。
「魔蛇の噂は色々聞いているぜ」
ホーガンが言うには、魔蛇は弱そうなワーカーを見つけては金品を強奪したり、頼まれてもいないのに護衛と称し付きまとい報酬を要求したりと、悪い噂が絶えない中規模ユニオンだそうだ。
「捕まらないのか?」
ミノワは当然の疑問を口にする。
「あくまで噂だ。証拠がねえ、誰もが口を閉ざしやがる。それに死人に口なしって場合もあるしな」
歯痒そうにホーガンは答えた。
人を従わせる一番の方法は恐怖による支配である。優しくしてくれた人は裏切れても恐怖を与えた人は裏切れない。恐怖とそれほど深く心に刻まれるものなのだ。
そもそも紹介所は慈善事業ではないし、ワーカーも正義の味方ではない。仕事でもないのに命を危険に晒してまで犯罪の調査なんてしない。そんなもの衛兵にでも任せておけばいい。正義感で腹は膨れないのだ。
「そうだな」
日本でも犯罪捜査は警察の仕事だ。どれほど痛ましい事件であってもプロレスラーに捜査はできない。勝手に事情聴取や家宅捜査をすれば、こちらが犯罪者になる。今回のこれも同じことなのだ。
「出来心と言ったが、これが初めてじゃないだろ」
「……」
その無言は初めてではないと肯定していた。
「魔蛇の拠点はどこにある」
「知ってどうする?」
「直接トップと話をつける。二度とこんな真似しないようにな」
「無駄だ。今回の件も魔蛇は関係ないと言ってくるだろう。あの男たちにしても、既にユニオンから除名されている可能性もある」
「どういうことだ?」
「あいつらが勝手にやったってことだ。それに魔蛇の背後には貴族がいるとの噂もある。下手すりゃこっちが捕縛されるぞ」
「どうにもならないのか?」
握りしめる拳の強さに、ミノワのやるせなさが感じ取れる。
「方法がないこともないがな」
「本当か!」
ミノワは身を乗り出し聞き返した。
「その話は今度にしましょう」
「うわっ」
いつの間にかホーガンの隣にいたマイはそう言うと、ドアの方に視線を向けた。
「マイラ?」
そこにいたのは、ここにいるはずのないマイラだった。
「大丈夫なのか?」
ミノアはマイラに駆け寄ると、心配し声をかけた。
「はい。獣人族は回復力も凄いんですよ」
笑顔で力こぶを作り元気だとアピールするマイラ。
傷は治ったにしても、あれだけの血を流して平気なはずはない。笑顔を作ってはいるが、顔色も悪く無理をしているのが一目でわかった。だが、ミノワを心配をさせまいと振る舞うマイラの心意気を無下にすることはなどできるはずもなかった。
「そうか。それで、どうしてここに?」
「ミノワさんが血相を変えて出て行ったと聞いて」
意識を失う直前、マイラが伝えたかったのは、紹介所に報告してほしいということだった。
紹介所が承認しないとワーカーにはなれない。つまり紹介所はワーカーにお墨付きを与えているということだ。そんなワーカーの悪評は紹介所の評判まで下げるため、紹介所の責任においてワーカーの犯罪行為は罰せられる。具体的にはワーカー資格を剥奪され、紹介所指定の賞金首になったりする。
ミノワが強いのは知っていたが、Fランクといえども武器を持った三人のワーカーを相手にするのは危険だと思い、ミノワだけは助かって欲しくてそう伝えようとしたのだ。
マイラがそう言った時には、すでに勝負はついていたのだが、意識が朦朧としていたマイラに状況の把握などできているわけがなかった。
もっとも、勝負がつく前だったとしても、ミノワは紹介所の場所を知らなかったわけだが、これは言わぬが花だろう。
意識が戻ったマイラは、マナミからミノワが血相を変え紹介所に向かったと聞き、絶対に勘違いしていると紹介所にやってきたのだ。
「それはわかった。だが、マイラよ……」
「はい?」
「その恰好はどうした?」
目の前のマイラは執事になっていた。
この執事服は、マイラの着ていたローブは矢に射抜かれ穴が開き血で汚れてしまったため、マナミが用意したもので、マナミと同じメイド服ではない理由は、背の高いマイラに合うサイズのメイド服がなかったからだ。
以前ミノワも用意して貰ったが、厚い胸板に太い腕や腿を持つミノワには入らず諦めた。
だが、細身であるマイラには丁度よかったようだ。
「マナミさんが用意してくれたのですが、似合いませんか?」
「そんなことはない。似合っているぞ」
ミノワの言葉に嘘はなかった。体を拭き、汚れを落としたマイラのその姿は、まさに男装の麗人、某歌劇団の男役トップと言われても納得する容姿をしていた。
ご丁寧に尻尾を出す穴まで開いているということは、マイラのボロボロのローブを見て、ベッドで休んでいる間にマナミが用意したのだろう。
「誤解も解けたみたいですし、お帰りになられた方がよいのでは」
「「うをっ(きゃっ)」」
突然のマイの登場に驚く二人。
「気配を感じなかったぞ。お前は忍者か!」
「……」
冗談が通じないのか、ミノワのツッコミに、一瞬だがマイの目が鋭くなった気がした。
「う~ん」
ミノワは、マイの言う通りマイラを休ませたいと思う一方、ホーガンの言っていたことも気になっていた。
「心配しなくても、今度こちらから伺いますよ」
気配を感じさせずミノワの耳元でそう囁くマイに「何者?」という新たな疑問も湧いたが、今はその言葉に従うことにした。
お読みいただきありがとうございます。
次話もご一読いただければ幸いです。




