魔王
「メイド服だと?」
マナミを見た三人は戸惑っていた。
それも当然だ。メイド服を着たスケルトンなんて見たことがない。
「兄ちゃんアレ何だプ?」
異様な姿のスケルトンを見てサンは動揺を隠せない。
「心配するな、変な格好はしているが、ただのスケルトンだ」
「ホントか兄貴?」
同じく動揺したリャンが確認する。
「間違いねえ、ここは剣闘王の館だ」
その言葉にリャンとサンの口角が上がる。
剣闘王の館に出現する魔物はボスを除けばスケルトンのみだ。いくら変な見た目をしていてもここが剣闘王の館である以上、ただのスケルトンのはずだ。
「あの牛頭は何なのプ?」
「あいつは魔物使いだ」
魔物使いはその名の通り魔物を使役し戦う珍しい天職だ。
魔物使いに相手を直接攻撃するスキルはない。それ故、魔物使いの強さは使役している魔物に依存する。
目の前の魔物使いが使役しているのはスケルトン、最弱の魔物だ。
つまり、
目の前の魔物使いは弱い。
「オレたちの相手じゃねえ」
「本当プ?」
「間違いねえ、大方スケルトンに服を着せて楽しんでいる変態だろう」
「変態プ?」
「ああ、あの格好を見てもわかんだろ」
改めてミノワを見た三人は大笑いした。
「……か」
「ん? 何か言ったか?」
ミノワの声が聞き取れなかった、イーは耳に手を当て聞き返す。
「お前たちが、マイラをやったのか」
静かに、だが、怒りに満ちた声だ。
「マイラ? ああ、あの汚ねえ受験者か?」
「な……ん……だ……と……」
ミノワは怒りで体を震わせる。
「そんなに凄んでも正体バレてんだぞ」
「怖くないプ」
三人はミノワを蔑むように笑った。
「それにな」
「すぐに会わせてあげるプ」
言うが否やサンが動く。
サンの天職はシーフ。素早さやトリッキーな動きを得意とする天職だ。
「死ぬプ」
背後に回り込んだサンは手に持ったダガーで襲いかかった。
「遅い!」
「ブー」
ミノワの裏拳がサンの顔面に炸裂し、顔の形が変わったサンはそのまま失神した。
「な、なんなんだデメーは!?」
イーとリャンはミノワの姿に驚きを隠せなかった。
さっきまでの牛面ではなく、不気味な化粧が施された悪魔のような顔に変わったのだ。
『サタンミノワ』
ミノワタウロスになる前のリングネームである。
当時のミノワはヒールレスラーであり、勝利=強さと信じ込み勝つことのみに執着していた。
勝利に執着し、勝つためには相手を破壊することも躊躇わない残虐レスラーだった。
この姿こそ、そのサタンミノワの姿だ。牛魔王から牛を取った魔王の姿なのだ。
ミノワタウロスは魅せる戦いをするが、サタンミノワの戦いは勝つ戦いであり、その戦いに華やかさはない。
相手の良い所を出させることなく一方的に相手を潰すそれがサタンミノワの戦いだ。
闇に染まったミノワの目がイーを捉える。
「リャン、テメーもいけ」
ミノワの雰囲気に呑まれたイーに背中を蹴られたリャンは勢いのままミノワに突っ込んでいく。
「うわあああー」
サンへの一撃を見て恐怖したリャンは勢いに抗い必死に止まろうとするも、足がもつれ転倒した。
「!」
リャンが倒れるのと同時に、一本の矢がミノワの眉間を目掛け飛んできた。イーが放った矢だ。
「死ね!」
だが、ミノワは顔をずらし簡単に躱す。
「クソが」
イーが続けざまに弓を射ると、それを躱すように低い姿勢で距離を詰めると、イーの右足を取り転ばせた。
「ぎゃー」
そのままミノワは右足のかかとをフックし一気に捻り靭帯を破壊する。さらに、激痛に悲鳴を上げるイーの右腕を取り両足で固定し力を籠めた。
右足と右腕を破壊された痛みに耐えることができずイーは気を失った。
「ひっ!」
腰が抜け、這うようにして逃げるリャンの進路を塞ぐように立ちはだかるミノワ、その手には先程イーが放った矢が握られていた。
「助けてください。オレ、いやボクは戦うのは嫌いなんです。額の傷も猫と遊んでいて引っ搔かれた傷なんです。気の弱いただの猫好きなんです。だから……」
涙や鼻水でぐちゃぐちゃな顔で許しを請うリャン。
「許してくれだと!」
許しを請うリャンの姿にミノワの中に怒りが、負の感情が湧き上がる。
「ふざけるなー!」
「ぎゃー!!!」
「これで逃げられんだろ」
握っていた矢を思い切りリャンの左腿に突き刺すと鏃は貫通し、激痛にリャンは絶叫しのたうち回る。
「ギャーギャーと耳障りだ」
ミノワはリャンの顎を掴むとそのままリャンの体を持ち上げる。
「助け……」
股間を濡らし許しを請うが、何も聞こえていないかのように眉一つ動かすことなく手に力を込める。
「ガァ――」
手を放すと顎が砕かれたリャンは口から血を流しながら床をのたうち回った。
そんなリャンの胸部を踏みつけ動けなくすると、冷酷な目がリャンを見下ろす。
「肋骨いくか」
「――」
じわじわと踏みつける力を強めると、ミシミシと悲鳴を上げた肋骨が一本、二本と砕かれていく。
「しゃ、しゃしゅけ……」
砕かれ顎で必死に助けを懇願するリャンだったが、ミノワは何の感情もない目でリャンを見ながら更に力を込めた。
「ミノワさん!」
その声にミノワの目に光が戻る。
「マイラ、大丈夫なのか?」
普段のマスク姿に戻ったミノワはマイラに駆け寄り声をかけた。
「……あの人たち……ワーカーです……紹介所に……」
そう言い残すとマイラは再び意識を失った。
「マイラ!」
マイラに声をかけるミノワにマナミがコクコクと頷く。
「マナミ?」
一時的だが意識を取り戻したマイラを見て命の危機は去ったとマナミは伝えていた。
「大丈夫なのか?」
マナミは頷く。
「そうか」
安堵したミノワはマナミを抱きかかえると館の一室に行くと、マイラをベッドに寝かせた。
「マイラを頼む。オレは紹介所ってとこと話を付けてくる」
マイラの最後の言葉、あれは、襲撃者はワーカーでありその黒幕は紹介所であると伝えようとしたのだ。ならばこの事態を招いた紹介所に行って片を付けなければならない。
ミノワはエントランスに戻り、倒れている三人をロープで縛ると外に引きずっていく。
外に出たミノワは荷車を持ってくると三人を荷台に放り投げた。
ちなみにこの荷台は森で拾ったものだ。
放り投げられた衝撃でサンが意識を取り戻し、自分の置かれている状況が理解できず足をバタバタさせ暴れた。
「静かにしろ」
「ひっ!」
ミノワに気付いたサンはすぐに大人しくなる。
「紹介所ってとこに案内しろ」
サンは恐怖で喋ることもできずコクコクと何度も頷いた。
紹介所場所を知らないミノワは誰かに案内させる必要があったのだ。
ミノワが引く荷車を牛車と呼ぶかどうかは別として、ミノワはものすごい勢いで森の中を駆ける。
あまりの揺れに途中で意識を取り戻したイーとリャン。激しい揺れに損傷個所に激痛が走り、悶えながら意識を取り戻したことを後悔するのだった。
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