届けるために
「ハァハァ」
息も絶え絶え森の中を移動するマイラ。
激痛が走り、傷口からとめどなく血が溢れる。
出血のせいか視界が霞み、体が重く思うように動かない。
悪寒がする。
痛い。
苦しい。
気を抜けば意識を失いそうだ。
だが、マイラは進むことを止めない。
止めるわけにはいかない。
(これだけは届けないと)
その思いがマイラの体を動かしていた。
いつものように地下でトレーニングをしていたミノワのもとに突然マナミが現れた。マナミはミノワの腕を引っ張り何処かへ連れて行こうとする。
「何かあったのか?」
普段ミノワのトレーニングの邪魔などしないマナミのただならぬ様子に何かあったことを悟ったミノワが、そう訊くとマナミはコクコクと何度も頷いた。
「落ち着けマナミ。わかるよう説明してくれ」
肩に手を置き落ち着かせると、マナミは紙とインクを取り出し、急ぎ書き出した。
「なんだと!」
それを見たミノワはすぐさま部屋を飛び出した。
『マイラちゃんがエントランスで倒れてる』
いつもの美しい書体ではなく、走り書きされた文字が事態の深刻さを物語っていた。
「しっかりしろ!」
倒れているマイラに駆け寄り声をかける。
抱き起こしたミノワの手にドロリとした生温かい感触が広がりミノワの手を赤く染める。
「ミ、ミノワさん……」
懸命の呼びかけに意識を取り戻したマイラだったが、その意識は今にも途絶えそうなほど弱々しかった。
「こ、これを……」
マイラは持っていた袋をミノワに差し出す。それはミノワが頼んだ服だった。
「そんなのはどうだっていい。早く治療を」
「……汚れちゃったかな……私ってダメだな……」
「マイラー!!」
その言葉を最後にマイラの体から力が抜けた。
「疲れたプ」
「オメーは太りすぎだ」
「太ってないプ、ちょっとポッチャリなだけだプ」
ゼェゼェと息も切れ切れでサンはリャンに反論する。
「やめろ」
イーが二人を嗜め、目の前の建物を見つめた。
「ここに逃げ込むとはな」
剣闘王の館の前に三人はいた。
「懐かしいプ」
ワーカーである三人は当然剣闘王の館にきたことがある。
「本当にここにいるのか?」
「罠じゃないプ?」
マイラの血痕は剣闘王の館の前で途切れていた、つまりここに入ったということだ。
ジーナとのやり取りを見ていたイーたちだが、話までは聞こえておらず、剣闘王の館に魔物がいないことは知らない。
魔物が徘徊するダンジョン、そんなダンジョンに傷ついた体で入るなどありえない。ダンジョンに入ったと見せかけて別のところに隠れている可能性もある。
「普通はそう思うよな。それが奴の狙いだ」
あの出血でそんな策を講じる余裕はないとイーは断言した。
「さすが兄貴」
「頭いいプ」
イーの言葉にリャンとサンもマイカがダンジョンの中にいると確信する。
「あの傷じゃくたばっちまうかもしれねえ、早く行くぞ」
「ああ、せっかくの稼ぎが消えちまったらたまらねえ」
ダンジョンで死んだ者は魔物と同じく消滅する。その際、装備や持ち物も一緒に消滅するのだ。魔物は魔石やアイテムを残すが、魔物以外は何も残さない。
ダンジョンにワーカーの死体や装備品が落ちてないのはそのためだ。でなければ、ダンジョンは死体であふれているだろう。
消滅する前にマイラの持っている金を奪おうとリー、リャン、サン兄弟は館の扉を開けた。
「なんじゃありゃ!?」
「う、牛プ、牛の化け物プ!」
「ビビんじゃねえ、被りもんだ」
扉を開け飛び込んできたミノワの姿に困惑するリャンとリーにイーは落ち着くよう言い聞かせる。
「兄貴あれ!」
イーの言葉に平静を取り戻したリャンは、ミノワの足下で倒れているマイラに気付いた。
「なるほど、そういうわけか」
「何がプ?」
「兄貴、どういうことだ?」
一人納得しているリーに対しリャンとサンは何が納得なのかわからない。
「同じ穴の狢ってこった」
「同じ穴の狢?」
「そうだ、あいつらはこのダンジョンにきた受験者から金品を強奪しているのさ」
「本当か?」
「間違いねえ。フードや牛の面で顔を隠してるのが証拠だ」
「本当プ」
改めてミノワを見返したサンは感心したように言った。
「ここにくるのはワーカーになる前のヒヨッコだ。簡単に殺れるし、ダンジョンで死んでも騒ぎにならねえ。紹介所も失敗したと思うだろう」
「俺たちもやるか?」
リャンは名案と言わんばかり満面の笑みを浮かべた。
「ここにくる奴なんざ金もってねえし効率が悪い。それにな、バケモンみたいな奴もいる」
剣闘王の館に挑むのはワーカーではない受験者、つまりワーカーとして仕事をしたことがない者だ。そのような者がお金を持っているとは考えにくい。
それに、ワーカーにならんとする者は実力に関係なく試験を受ける。つまり剣闘王の館に挑む者の中には、すでにワーカーとして十分な実力を持っている者もいるということだ。
「じゃあ、アイツは……」
そういったリスクがある中、受験者狩りをしている目の前の男はかなりの実力者ではないかと警戒するリャン。
「心配するな。強い奴ならこんなセコい真似はしねえ」
「ちがいねえ」
「三対一楽勝プ」
三人は下品な笑みを浮かべた。
「牛男、有り金おいて消えるなら見逃してやるぜ」
イーの脅しなど聞こえていないかのようにミノワはマイラを抱え立ち上がると、壁際まで移動し優しくマイラを寝かせた。
「マイラを頼む」
「テメェー何やってやが!!!」
「「!!!!」」
いつの間にかミノワの傍らにいたマナミに気付いた三人は驚きを隠せなかった。
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