白い三連荘
紹介所への報告を終えたマイラは、頼まれていたミノワの服を数着購入した。
自身も目的の物を買いに行きたかったが、このお金は買い物の報酬である。
買い物は済んだが、服をミノワに渡していないマイラは「報酬は依頼を達成してこそ得ることができる」と街を後にしたのだった。
「ちょっと待ちな」
剣闘王の館に向かう森に入ったところでマイラは男たちに呼び止められた。
「な、何か?」
マイラは少し警戒しながら振り返ると三人の男たちが立っていた。
ひょろっとした髭面の男、額に無数の傷があるガタイのいい男、背が低い太った男、とてもじゃないが品行方正とは言い難い見た目をしている。
如何にも悪党らしくニヤつく男たちに、マイラは警戒を強めた。
「オレら兄ちゃんに頼みたいことがあってな」
髭面の男は、とても人に頼み事をしているとは思えない下品な笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「金貸してくれよ」
男の頼みというのはマイラにお金を貸してくれとのことだった。
「お金なんか持ってません」
貸してくれとは言っているがどうせ返す気はないだろう。マイラはきっぱり断ったが、男は下品な笑みを崩すことなく言った。
「嘘はいけねえな。魔石を換金してたじゃねえか」
男たちはマイラがお金を持っているのを知っていた。紹介所でのやり取りを見ていた三人はマイラを尾行しチャンスを伺っていたのだ。
「あのお金は、私のじゃありません」
当然マイラは拒絶する。依頼を達成してない以上、まだ自分のお金じゃないのは本当だが、例え自分のお金だったとしてもこんな奴らに渡すお金はない。
「イー兄ちゃん腹減ったプ」
演技がかった言い方で太った男が言う。
「サンよ、もう少し我慢しろ。優しい兄ちゃんが金を貸してくれるから」
同じように髭面の男が太った男の頭を撫でる。
「御覧の通りオレたちゃ飯食う金もねえんだ。ワーカーなら困ってる奴を見過ごせないよな」
「嘘を吐かないでください。本当に食べるものがない人がこんなに太っているはずないじゃないですか」
マイラの声には怒気含まれていた。マイラは知っていた、何も食べるものがない本当の空腹を。
「ごちゃごちゃ言わずに金出しゃいいんだよ」
痺れを切らした額に傷のある男が恫喝する。
「落ち着けリャン」
「でもよ、兄貴」
髭面の男は額に傷のある男をなだめた。
「兄ちゃん、額の傷を見てわかる通りコイツは荒っぽいんだ、キレたらオレでも止められねえから気をつけてくれよ」
「言うことを聞かないなら痛い目を見るぞ」と遠回しに脅しているのだ。
「お金は渡せません」
脅しに屈することなく毅然と断るマイラ。
「冷てぇことゆーなよ。同じワーカーだろ」
「ワーカー? あなたたちが?」
マイラは男の言うことが信じられなかったが、そんなマイラを見て男は懐から白いカードを取り出した。
「登録証!?」
試験に合格し晴れてワーカーになると、その証として紹介所からカードが発行される。それこそが登録証だ。
登録証はワーカーのランクによって色分けされている。
白色はFランクを表しており、男たちはFランクのワーカーということになる。
「本物?」
「あたりめぇだ。ワーカーを騙るなんて恐ろしいことできるわけねーだろ」
この男の言う通りワーカーを騙ったことが紹介所や本物のワーカーにバレようものならただでは済まない。ワーカー騙りは紹介所やワーカーにとって信用に関わる重大案件なのだ。
「オレが長男のイー、アーチャーだ。こいつが次男のリャン、見ての通りファイターだ」
「ポクが三男のサンだプ。シーフだプ」
「噂の白い三連荘イー、リャン、サン兄弟とはオレたちのことだ」
三人は登録証を掲げポーズを決める。
どうやら髭面の男がイー、額に傷のある男がリャン、太った男がサンという名の兄弟のようだ。
しかし、あんなドヤ顔でアピールされても「白い三連荘」など聞いたことがない。
そもそも噂になるくらい有能なら未だFランクということはありえない。逆の意味で噂になっている可能性もあるがドヤ顔で言うことではない。
おそらく「白い」とは掲げている登録証のことだろうが、白色の登録証は最低のFランクだ。
それであんなドヤ顔できる三人はある意味大物だ。
「別にくれと言ってるわけじゃねえ、貸してくれと頼んでんだ」
「返す当てはないけどな」
三兄弟は「ガハハハ」と声を上げ笑う。
「あなたたちに渡すお金はありません!」
今までより大きな声で、はっきりと断った。
「じゃ仕方ねえな」
三兄弟の空気が変わる。
「だから言ったじゃねえか、兄貴」
リャンが腰の剣を抜きながら続ける。
「初めからこうすりゃよかったんだよ!」
叫びながらマイラに斬りかかったリャンの攻撃をジャンプで躱すと、そのまま木の上に着地する。
「逃がすかよ」
イーの弓から数本の矢が射られた。
マイラはその矢を躱すように木を飛び移りながら森の中に消えていった。
「チュンさんに怒られるプ」
「心配するな」
不安がるサンにイーあるものを見ながら言った。
二人もイーの視線を追う。
「さすが兄貴だ」
「兄ちゃん凄いプ」
視線の先にあったもの、それは赤い液体だった。そう、イーの矢はマイラの体を射抜いていたのだ。
「この血を辿っていけばまた会えるさ」
三人の口角が上あがり、血の跡を追って森の中へ歩みを進めた。
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