紹介所
リベリオンに着いたマイラはカイトたちの行方を探した。
時間がかかるだろうと思っていたマイラだったが、カイトたちは思いのほか早く見つかった。
ダメもとで尋ねたカイトたちが拠点にしているという宿屋、そこにカイトたちはいた。
リベリオンに帰っているのに、なぜ紹介所に報告に行っていないのか?
そこには行くに行けない理由があった。
アイテムを使いリベリオンに帰ってきたカイトたちだったが、足腰が立たなくなるまでシゴかれたせいで到着後すぐに倒れしまった。
それを通りすがりの住人が発見し、カイトたちは診療所に運び込まれることとなる。
診断の結果、酷い疲労と筋肉痛だが命の危険はなく「安静にしていれば治る」と診療所で数日過ごし、ちょうど今日、退院したのだった。
食事も最初はスープすら受け付けなかったとのことで、「食べることすらできなくなる訓練とはどんなものなのだろう」と興味を覚えるマイラだったが、思い出させるのは忍びないと訊くことは憚った。
「ダンジョンの件は私が報告しておきますね」
カイトたちにそう伝えるとマイラは紹介所に向かった。
「あら、あなたは」
受付の女性がマイラを見て声をかける。
「よかった。無事だったのね」
亜麻色の瞳と髪をもつ明るい女性、彼女の名はジーナ。この紹介所の職員で、マイラの試験の受付をしたのがこのジーナだ。
「クレリックがソロで試験を受けるなんて心配していたのよ」
マイラが受験する際、ジーナは考え直すよう助言した。
いくらスケルトンしかいないダンジョンだといっても、魔法職がソロで挑むのは危険過ぎる。まして初めての実践なら尚更だ。
しかし、パーティーの当てがないマイラはそれを拒否しダンジョンに向かった。
助言はできても決めるのは自分自身だ。この試験にパーティー等の条件はなく、紹介所に拒否する権限はない。
自身の命に責任を持つのもワーカーなのだ。
「ここにきたということは、もしかして攻略……は無理か、魔石の換金ね」
マイラではボスを倒すのは無理だ。となればマイラがここにきた理由は倒したスケルトンの魔石の換金しかなった。
「それもあるのですが、実は……」
マイラは剣闘王の館からボスも含め魔物がいなくなったことを報告した。
「もしかしてボス部屋まで行ったの? いなかったからよかったけど、もしいたらどうするのよ。まったく無茶して」
ジーナとってはただの仕事だ。それなのに本当に心配してくれている。一度会っただけの自分なんかを。
マイラは心が温かくなり、涙がこぼれそうになった。
「あら? でも魔石の換金って……」
魔物がいないと報告にきたのに、なぜ魔石を持っているのか不自然だった。
ミノワは大げさにしたくないと言っていたし、さすがに本当のことは言えない。
特にマナミのことは絶対に話してはならない。
「そっか、スケルトンを倒していたら現れなくなったのね」
「そ、そうなんです」
言い訳を考えていたマイラだったが、勝手に勘違いしたジーナに乗っかることにした。
「ダンジョン化の解消かしら?」
ダンジョン化の解消とは、ダンジョンがダンジョンになる以前の状態に戻ることを言う。
ダンジョンはもともとある施設や洞窟などのマナ濃度が突然濃くなり、魔物が出現する現象だ。
基本的にマナは人体に害はない。人もマナを持っているのだから当然だ。しかし濃過ぎるマナに当てられると気分を悪くしたり、卒倒したりすることがある。それをマナ酔いと呼ぶ。
ダンジョンのような禍々しいマナが漂う場所ではその傾向が顕著にあらわれる。
例え実力があっても、耐性のない者がいきなり高レベルのダンジョンに入るのは本来の力が出せず危険なのだ。
そのため紹介所はワーカーをランク付けしランクに見合った仕事を紹介する。
段階的にダンジョンのレベルを上げることにより、耐性をつけマナ酔いしないようにしているのだ。
ダンジョン化が解消すればマナ濃度も自然な状態に戻り魔物もいなくなる。つまりあるべき状態に戻るのだ。
「たぶん……」
実際にダンジョン化が解けたわけではない剣闘王の舘のマナ濃度は当然ながら変わっていない。
だが、剣闘王の館はレベル0のダンジョンで、元々のマナ濃度が薄いため魔物がいなければ、ダンジョン化が解消したと言っても、誰も気付かないだろう。
「勘違いじゃないの?」
「いえ、栄光の箱舟というパーティーに訊いてもらえばわかります」
「栄光の箱舟? 確かあなたが試験を受ける数日前に受験したパーティーね。連絡がなかったからてっきり」
ダンジョンから帰還の連絡がないワーカーの意味するもの、それは死である。
実際は逃げ出している場合もあるが、それなら二度と紹介所の敷居をまたぐことはないだろう。紹介所にとってそれは死となんら変わらない。
「帰ってきてたのね」
「はい。事情があってまだ紹介所に来れてないとか」
「知らせてくれてありがとね」
「いえ」
これで剣闘王の館の件は一段落したとホッと胸をなで下ろしたその時だった。
「ダンジョン化の解消ですか?」
その声にマイラに再び緊張が走った。
「マイ副所長」
その声の主は紹介所の副所長であるマイであった。
きちんと纏められた黒髪に眼鏡をかけた大人の女性、眼鏡の奥から覗く右の涙黒子が印象的だ。
ピンと伸びた姿勢は美しく、制服を着崩すことなどない、真面目が制服を着ている感じだ。
「そこのアナタ」
マイラに声をかけるマイ。穏やかな声だが、眼鏡の奥の鋭い眼光にマイラの背中に汗が滲む。
「さっきの話、詳しく聞かせて貰ってもいいかしら」
確認はしているが形だけのもので、選択肢などないマイラは頷くしかなく、二階にある一室に通された。
「どうぞ」
マイに促され、テーブルを挟み向かい合うようにマイラはソファーに座る。
「そんなに緊張しなくてもいいですよ。まあ、お茶でも飲んでください。ハーブティー大丈夫ですか?」
「はい。いただきます」
ハーブの独特な香りが苦手という者もいるが、マイラは平気だった。そもそもマイラは好き嫌いなどしている余裕すらないのだ。
カップを手に持ち、一口含むと口いっぱいに広がるハーブの爽やかな香りに、緊張が少し和らいだ気がした。
「少しは落ち着きましたか?」
「はい」
「別に取って食おうってわけじゃありませんので安心してください。ダンジョンの消滅となれば重大案件ですので、詳しく聞きたかったのです」
そう言われたマイラは、先程ジーナに報告した内容をマイに話した。
「なるほど、剣闘王の館で魔物が出現しなくなっていると」
「はい」
「ボス部屋にボスもいないと」
「はい」
「それで、魔物は完全にいないというのですね」
「は、はい」
「他に異常はありませんでしたか」
「なかったです」
「では、ダンジョンに危険なものはもうないということでよろしいですか」
「はい」
「なるほど。ありがとうございました」
もっと根掘り葉掘り訊かれるのかと思っていたマイラだったが、ジーナに伝えた内容の確認だったようだ。
「最後にいいですか」
安心し、部屋を出ようとドアに手をかけたその時、背後から声がかかる。
「魔物以外に何かいませんでしたか」
「い、いいえ」
背後から感じたプレッシャーに向き直ることもできぬまま、そう答えたマイラは逃げるように部屋を出たのだった。
「面倒ごとにならなきゃいいのですが」
一人になった部屋でマイは大きな溜息を吐いた。
「マイラちゃんお帰り」
戻ってきたマイラを見つけたジーナが声をかけてきた。
「どうだった?」
「緊張しました」
「うふふ。マイ副所長こわいもんね」
「はい」
「所長は脳筋で大雑把だから、いつも叱られているわ」
「はあ」
職場のトップを笑顔で脳筋とかいうジーナも只者ではない。
「マイ副所長、厳しいけど優しい人よ。ついでに所長もね」
ジーナの言い方に所長と副所長の力関係を垣間見た気がした。
「マイラちゃんこれ」
ジーナは硬貨の入った袋をマイラに渡した。
その袋はマイラが魔石を入れていた袋だった。
「魔石三十個、換金しておいたよ」
袋には魔石ではなく硬貨が入っていた。マイに呼ばれたときに預けておいた魔石をジーナは換金してくれていたのだ。
「ありがとうございます」
袋を受け取り中を確認すると、服を買うには十分すぎるほどの額が入っていた。
いくらスケルトンの魔石が安いといってもあれだけの数があれば当然だ。
「それにしてもソロで三十体、しかもクレリックでしょう。マイラちゃんって強いのね。ボスがいたなら合格してたかもね」
「はあ……」
ジーナの称賛にマイラの心は少し痛んだ。
「じゃあ、私はこれで」
いたたまれなくなったマイラは、足早に紹介所を後にした。
ジーナとのやり取りを覗き見ていた視線に気付くこともなく。
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