初ダンジョン
「……?」
「ま、魔物いませんね?」
先頭を歩く大柄の男の言いたいことを代弁するかのように、一番後ろの眼鏡の男が少し震えた声で言った。
「先客がいるのか?」
「そんな話聞いてませんよ」
赤い鉢巻をした男の言葉を眼鏡の男が否定する。
「いいじゃない楽で」
つばの広い三角帽子にマントを羽織った女性が能天気に答える。
「まあ、いつ湧くかわからねえから、気を抜くなよ」
鉢巻の男が、腰に携えた剣に手をかけながら注意を促した。
「うむ」
「わかってるわよ」
「そうだね」
3人は各々返事をし、探索を続ける。
森の奥にひっそりと佇む古びた洋館。
ここは『剣闘王の館』と呼ばれるダンジョンである。
このような舘や塔、はたまた洞窟などに突如として魔物が発生することがある。
その現象をダンジョン化と呼び、ダンジョン化したものを総じてダンジョンと呼ぶ。
なぜダンジョン化する原因は解明されていない。
ダンジョンはマナを発しており、マナの濃度が濃いダンジョンほど強い魔物が出現する。
ここ剣闘王の舘はマナ濃度の薄いレベル0のダンジョンだ。
そのダンジョンに挑んでいる彼らにとって、ここが初めてのダンジョンだ。
先頭の大きな盾を手にしている男の名は『オモス』無口だが心優しいパーティーの盾『ホプライト』だ。
最後尾を慎重に歩く小柄な丸眼鏡の男は『リーヴ』聖魔法を使う『クレリック』である。
気弱なため、何事にも慎重な彼は、後方から戦況を見守るパーティーの頭脳だ。
パーティーの紅一点である『サクヤ』は元素魔法を使う『ソーサラー』だ。
つばの広い三角帽子にマントといかにもな格好はしているが、その色は目立つピンク色で魔物の標的にもなりやすい。メンバーから「ソーサラーがヘイトを集めてどうする」と注意をされてはいるが、本人は「可愛いから」と意に介さない。
そんな三人を纏めるのが腰に剣を携えたの男『カイト』である。左手のバックラーを見てもわかる通り攻守どちらもこなせる『ファイター』だ。
口は悪いが責任感が強く、メンバーを引っ張るこのパーティーのリーダーである。口には出さないがメンバーから慕われている。
幼馴染みの四人はワーカーとなるため、パーティー『栄光の箱船』を結成し、本日栄光に向かい出航したのだ。
ワーカーとは紹介所で仕事を受け、それを達成することで報酬を貰う者たちである。
ワーカーにはA~Fまでのランクがあり、ランクに見合った仕事しか受けることができない。
つまり危険度の高い高額な仕事は上位のランクでないと受けれないということだ。
危険な仕事をこなせば知名度が上がり、富と名声を手に入れることができる。
彼らは、そんなワーカーを目指すワーカー候補なのだ。
ワーカーになるためには試験があり、その試験こそ剣闘王の館攻略である。
このダンジョンの攻略、つまりボスを倒すと正式にワーカーとなる。
そんな試験の課題になっているダンジョンなだけあって剣闘王の館に出現する魔物は弱く、マップも狭い。
だが、決して安全なわけではない。力のない者が迂闊に挑めば一瞬であの世行となる。
ワーカーは命すら失う危険な稼業だ、そんなワーカーを目指す者の多くは自分の実力に自信を持っている。
しかし、自信と過信は違うのだ。
紹介所はワーカーになろうとする者を篩にかける。
それがこの試験であり、その篩が剣闘王の館なのだ。
今回篩にかけられているのが彼ら『栄光の箱舟』だ。
彼らに過信はない。事前に情報を収集し、回復薬や食料などのアイテムも万全な準備をし、剣闘王の館に挑んでいる。
彼らは堅実だ。魔物を倒せば魔石や経験値を得ることができる。魔石を売ればお金だって手に入る。
この試験に期限はない、無理してボスを倒す必要はないのだ。
たとえ今回攻略できなくても、レベルを上げ、装備を整え再度挑むことができる。
だがそれも生きていればの話だ。
「誰一人欠けることなく生還する」これが彼らの最優先事項だ。
たかが試験で臆病者だと笑う奴もいるだろうが、別にペナルティーがあるわけではない。強いて言えば攻略するまでワーカーになれない、ただそれだけだ。
たとえ遠回りしようとも必ず四人でワーカーになると誓った彼らにとっては命の方が重いのだ。
そんな彼らはあり得ない状況に困惑していた。
ダンジョンは魔物を生み出す。
魔物は倒されると消滅する。戦っているときは確かに実体があり、攻撃すれば当たるし相手の攻撃も同じだ。
だが、倒しても死体は残らない。
残るのは魔石だけ、魔石を残して消滅するのだ。
魔物は消滅しても時間が経てば復活し出現する。
同一個体かどうか判別不可能なため復活しているのか新たに生み出されているのかは謎だが、兎に角ダンジョンから魔物がいなくなることはないのだ。
それはボスも同じだが、復活する時間は他の魔物より長く復活するまでの間、他の魔物が復活しなくなる。
そういった意味では、ダンジョンに魔物がいない状況もありえる話だ。
特にこの剣闘王の館はダンジョンとしては魔物も弱くマップも狭い。高ランクのワーカーや多数のパーティーが潜入しているなら可能だろうが、受験者以外がここを訪れることはありえない。
それなのに剣闘王の館には入ってから魔物に遭遇するどころか魔物の気配すら感じなかった。
「……」
「や、やっぱり変ですよ」
リーヴの声には困惑と恐怖が入り混じっていた。
「受験者が他にもいたんじゃないの?」
「それでも魔物がいないのは変ですよ」
ボスを倒せば魔物の出現は止まるが、ボスが倒される以前に出現していた魔物は残っているはずである。
ボスを倒した後、それらを一掃し帰還したと考えられないこともないが、その可能性は低い。
なぜならボスを倒せばゲートが出現し入口まで移動することができるからだ。
ボス戦で体力やマナを消費しているのにゲートを使わないなんてありえない。
ましてここに来るのはワーカー試験の受験者だ。
ボスを倒せば正式にワーカーになれるというのに、敢えて危険を冒し入り口まで魔物を倒しながら戻るなんてありえないのだ。
それに紹介所から他に試験に挑む者がいるという話しは聞いていないし、この館に入ってからはもちろん、館に向かう途次ですら誰とすれ違うこともなかった。
「クソッ、いったい何なんだ!」
理解不能な状況にカイトは苛立ち頭を掻きながら吐き捨てる。
「……」
「ど、どうしたの? オモス」
オモスは口の前に人差し指を立てている。「しーっ」のポーズだ。
「……声」
オモスの言葉に三人は耳を澄ませる。
「やっぱり他に受検者がいたのね」
オモスが言ったように微かだが声が聞こえた。
耳を澄まし声の出どころを探すと、そこには地下へ続く階段があった。
「……1812,1813……」
階段を下っていくと聞き取れなかった声が大きくなる。その声は何かを数えているようだった。
四人は一番奥にある扉の前で立ち止まった。
「1896、1897……」
声は間違いなく扉の奥から聞こえてくる。
「ここって……」
「ああ」
サクヤの言葉にカイトは頷いた。
地下の一番奥の部屋、恐らくここはボス部屋だ。
「扉空くかな?」
「試してみるか」
リーヴの問にカイトは扉に手をかけるとゆっくりと扉を開ける。
「開いた」
扉が少し開いたところでカイトは手を止めた、中にボスがいるかもしれないからだ。
ボス部屋は戦闘が始まると終了するまで入ることはできない。扉が開くということは、戦闘は行われておらず、中にいるのはボスか、ボスを倒した者のどちらかがいるということだ。
今回の場合魔物が出現しないことを考えると後者の確率が高いだろう。
「挨拶しとく」
「いや」
確立が高いとはいえ絶対ではない。
万が一の場合を考慮し、気付かれないよう、そうっと隙間から覗き中の様子を窺った。
「!!!」
驚きのあまり洩れそうになった声を必死に堪えた。
視界が狭くよく見えないが、人の後ろ姿のように見える。
そのくらいで驚きすぎと思うかもしれない。
彼らもただ人がいるだけでならここまで驚いたりはしなかった。
その姿はただの後ろ姿ではなかったのだ。
纏っているのは赤いブリーフのみ。
ダンジョンにパンツ一枚の男がいるとは誰も思わないだろう、ダンジョンでなくとも思はない。
だがソレはパンツ一枚で、立ったりしゃがんだりを繰り返していた。
「見たところ一人のようですが、受験者ですかね」
「……一人……ダンジョン……ありえない」
ダンジョンは危険な場所だ一人で挑むなんてありえない。
「一人? そもそも人なの?」
「人のわけあるか! 人ならあんな格好でダンジョンに入るかよ。間違いない! 魔物だ」
「……変態」
受験者なら一人でダンジョンに入ったりはしない、それも武器や防具も装備なしになど絶対にありえない。
オモスの言う変態の可能性もないわけではないが、変態だとしても、ダンジョンにくる理由がない。
四人の考えはおのずと魔物へと辿り着く。
「ゲートも見当たりませんね」
「ボス部屋じゃないんじゃない」
「……剣闘王」
オモスの呟きに三人はハッとする。
『剣闘王』それはこの剣闘王の館のボスの名前だ。
ここがボス部屋だとすればゲートが出現してない以上そこにいるのは剣闘王ということになる。
「でも巨人と言うほどでは」
剣闘王は大剣を振り回す巨人と聞いていたが、巨人というほどではない。
人としては大きいが、あれを巨人というならばオモスだって巨人である。
「でも剣闘王って実際にいたんでしょ」
剣闘王の館は非業の死を遂げた剣闘王の怨念が館に宿ったダンジョンだと云われている。
もしそれが真実ならば剣闘王は実在した人物であり、その大きさも人の範囲で、巨人というのは何かの喩えかもしれない。
「あ、あれを見て」
「「「!!!」」」
リーヴの言葉に部屋の奥に目をやると身の丈を超える巨大な剣が壁に立てかけられていた。
「間違いねえ、奴が剣闘王だ」
情報通りの大剣を見て部屋にいるのが剣闘王だと確信する。
「さて、どうするか」
あれが剣闘王だとすればこの部屋はボス部屋ということになる。
ボス部屋は戦闘が開始されれば、出ることができなくなる。
無策で入れば仮にボスが自分たちでは敵わないほど強かった場合、死を待つしかない。
だが、彼らはボス戦から離脱できるアイテムを準備していた。
それに……。
「チャンスじゃない?」
「そうだね、体力もマナも満タンだし、僕たちに気付いてもいない。それに」
「武器も持ってねえ」
「……速攻」
「だな」
絶好のチャンスに四人の口角があがった。
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