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前略
灯子さんへ
お手紙拝読致しました。灯子さんもお辛かったことでしょう。私も辛いです。何が辛いかと言えば、姉がこのことを一言も私には告げないのが一番辛いです。ただ一言、十一日はアイナとデートするから、と言ってくれるだけで、幾分か違ったことでしょう。私の気分は晴れないにしろ、そのことについて話を持つ機会があるのと無いのとでは大違いです。もし話してくれていれば、あるいは笑い話にもなったりするかもしれませんでしたが、秘密にされることで触れてはならない話題になってしまい、ただひたすら私が鬱々とするばかりです。上野さん本人から今度麻優子とデートするんだ、と聞かされた灯子さんに比べれば、私の辛さなどなんてことはないかもしれません。それでも愛する人がその日一日だけでも別の誰かのものになる苦しみを共有する者同士、同じ辛さを分かち合っていると思いたいものです。
一体姉も何のつもりなのでしょうか。私に黙って上野さんとデートするなんて、本気でなければ私に言っても構いはしないことなのに。無論姉が本気である訳がありませんが、上野さんはどうでしょうか。灯子さんに対して上野さんは、まっすぐな瞳でデートに行くと告げた訳ですから、冗談でも何でもなく本気で姉とデートすると思っていることは、普段の上野さんの態度から考えれば明らかであると言えましょう。上野さんにはまだ私と姉とが交際していることは言っていないので、本当にその気は無く私と姉との間に割り込んで、姉を奪ってしまえると思っている可能性があります。姉が私から上野さんに乗り換える訳がないと信じていますが、ならば一体上野さんの気持ちを弄んでどうしようと言うのでしょうか。
そもそも今回のデートはどちらから持ちかけた話なのでしょう。普通に考えれば上野さんから姉に告白して、姉がそれを受け入れる素振りを見せたからこうなっているということなのでしょうが、考えたくもありませんが、今はまだ姉からアプローチした可能性も否定しきれません。灯子さんは上野さんが姉に告白しそうな兆候を何か気付いておられましたか。逆に私の方では姉が上野さんにアプローチしそうな兆候は一切認めなかったのですから、やはり怪しいのは上野さんではないかと思うのです。いつの間に姉に対してそこまでの想いを寄せていたのでしょう、外見からは全く何も分かりませんでした。察しのいい灯子さんにも何も分からなかったのだとすれば、上野さんも中々隅に置けないものです。褒めている場合ではありません、そのせいで馬術部二十四期の関係がめちゃくちゃになってしまいそうなのですから。
私は姉が好きで、姉は私が好きで、上野さんは姉が好きで、灯子さんは上野さんが好きで、となると、もうめちゃくちゃです。この狭い世界で一体何本の恋の矢が飛び交わされるつもりなのでしょうか。この上姉から上野さんに矢印が向くことは許せません。何とかして姉にはよそ見なんかしていないで、私の方を向き直して貰わないといけません。灯子さんにとってもこれはまたとない好機でもあるのです。ピンチはチャンス、チャンスはピンチと世界史の仁川先生もよく仰っていました。上野さんが姉の方を向こうとしている今だからこそ、逆に上野さんに灯子さんの方を向いて貰うチャンスだと考えるのです。具体的にどうアプローチすればいいのかはこれから考えなくてはいけませんが、とりあえずはあまり現状を悲観しても仕方がないということだけはアドバイスさせて頂きます。
とはいえ私にとっても希望はデートの後で姉が上野さんを振ることぐらいしかありません。これから灯子さん経由で聞いたと言って、上野さんとデートするなんて浮気だから許さない、取り止めて欲しい、とせがんだり、あるいは十一日にカウンターデートの約束を飲ませて上野さんを袖にすることも考えられなくはないですし、恋人としてはそれが正道であるとしても、私は上野さんを恋敵として恨みに思いたくはありませんし、またこれを機になし崩し的に姉との関係が知れ渡ることも望みません。袖にされた上野さんが恨みに思って私と麻優子の関係を吹聴するとは思えませんが、何らかの疑惑に確信を与えることによって、上野さんのことですからうっかり口を滑らすことも無いとは言い切れません。最も穏便に事を済ませるには、やはり姉の対応に頼る他は無いのではないかと思っています。
しかしその姉が中々頼りがたいことは灯子さんにも容易にご想像がつくのではないかと思われます。普段の姉は公徳心に溢れ、至誠にもとる行いなどは一つとして行わないのに対して、悪戯心を起こした姉は手の付けようもなくしょうがない人になってしまうのですから困ったものです。今回もきっと姉が悪戯心を起こしたのでしょうけれど、それで周りが困ることを考えてくれないのが本当にどうしようもないです。こうなると姉に対して何かを期待するというのは全く問題外で、姉の気まぐれ一つに全てを任せなければならなくなるのです。何とか普段の姉に戻って正気を取り戻してくれるのを願う他は無いですが、それもどこまで期待できるやらといったところです。こうなっては少なくとも十一日のデートが終わるまでは様子見に徹する他はありませんでしょう。
ですがただ時間が過ぎるのを指をくわえて待つばかりというのも女が立たないと言うものです。灯子さんがよろしければ、十一日は私と一緒に二人のデートを尾行しませんか。もし見つかっても、開き直って私と灯子さんとでデートしてたんです、と言い張れば、返答に窮するのは向こうの方です、きっと。一体二人がそれぞれ何を企んでいるか明らかにしてみせようではありませんか。尾行すれば何かが明らかになる保証こそありませんが、やってみる価値はあるかもしれません。眼鏡や帽子で変装して、一定の距離を保って追跡するのです。まるで探偵のように、と言うよりかは実際に探偵になって証拠を集め、二人の真の目的を明らかにしようではありませんか。
そうと決まれば、明日の日曜日は早速変装道具を買いに出かけましょう。姉や上野さんにばれないように気を付けて行動しなければなりませんから、示し合わせて出かけるのではなく、連絡を取りながら別々に行動するのが良いでしょう。明日の部活上がりには姉との予定もありませんし、一人で出かけても怪しまれないと思います。灯子さんもお友達とのご予定が無ければ、明日の午後コンセルヴァトワールを抜け出してお買い物に来てください。横浜まで出れば色々と入り用な物は手に入るでしょう。少々出費はかさんでしまうでしょうが、これも恋の道を守るため、灯子さんにとっては掴み取るための戦いに必要な出費と思って頂く他はありませんでしょう。なんでしたら言い出しっぺの私がお金は出させて貰います。灯子さんと私の友情のためなら協力は惜しみません。
それにしても不思議なのはこのタイミングです。今年はバレンタインデーが土曜日なので、上野さんが勝負をかけるつもりならこの日を選んだはずです。週の中日に祝日があったとは言え、中途半端と言えば半端なタイミングではないですか。まるでバレンタインデーに向けたステップを踏んで、本番に臨むかのようです。だとしたらもっと危ないのは十四日の方だということになりはしないでしょうか。デートして相性を確かめた上で、バレンタインに告白なんてことになれば一大事です。もちろん姉のことは信じているのですが、まかり間違って、あら、上野さんの方も良いじゃない、なんて思ってしまったとしたら、あるいは私との交際を隠すための隠れ蓑として上野さんは都合が良いわ、なんて思ってしまったとしたら、姉は良くても私が立ち直れません。コンセルヴァトワールも辞めてしまいたくなるでしょうし、姉とこれからも一緒に音楽するなんて期待も消え失せてしまうでしょう。
何だか私の方が悲観論に走ってしまいましたね。ピンチはチャンス、チャンスはピンチという言葉は私にも当てはまるものとすれば、姉の対応が読めず、しかも相手がみんな恋する上野さんだというピンチの時こそ、かえって私に向き直して貰うチャンスということになりはしないでしょうか。こちらも具体的な方法となると 答えに窮してしまうのですが、なんとなく私たち二人にとっても勝負は十四日になりそうな気がするのです。そのためにも十一日は向こう側の動きを偵察しておかなければならなくなるでしょう。情報を制する者は勝利を制す、ですから。起こることが分かっていても避けられないことが分かるだけ、というようなこともあるかもしれませんが、話が複雑になるので今回はそこまで悲観せずとも良いような気もします。
ともかく今は力を合わせて二人の動向監視に努めましょう。怪しい点、不審な点があれば、姉であれ上野さんであれ、お互いに情報を共有しましょう。私個人の連絡先もこの際ですから教えておきます。教えるのが遅くなってしまい申し訳ありません。これから先は手紙に加えてこちらでも連絡してきてください。十一日の探偵では早速使うことになりそうですから、それまでに試運転で何度か動かしておきましょう。実は未だに使い方が十分に分かっていないアプリなのです、これ。姉との会話のために使っているチャットは別のアプリですし、登録やグループ参加も姉にやって貰っているので、私はただ人の会話に返信する用途でしか触ったことがありません。部内の連絡はリストメールで用が済みますし、スマホを持っていても全くアナログ人間のままです。
話が右往左往して、結局上手く着地できたかどうかは分かりませんが、とりあえずこの辺りで筆を置かせて貰います。続きは早速携帯の方でやりとりさせて貰いましょう。携帯でやりとりが済むからといってこれからはお手紙差し上げなくなる訳ではありませんのでご心配なく。それでは今日もお疲れ様でした。悩める灯子さんに一日も早い心の平安が訪れますように。
匆匆頓首
二月七日
新座秀子より




