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前略

 

 灯子さんへ


 十六歳の誕生日おめでとうございます。携帯の方でもお祝いのメッセージを差し上げましたが、普段からやりとりしているこの手紙でも改めてお祝いの言葉を送らせて貰います。大垣を離れて迎える初めてのお誕生日ということで、是非ともいい思い出にして欲しいと願っています。

 プレゼントは喜んでいただけて何よりのことでした。リクエストを受けて姉と一緒に中華街へ行って探し回った甲斐があったというものです。正直に言ってあんなもので良かったのかどうか心配でしたが、なんでも中国では大人気の逸品なのだそうですね。あの珍しい金魚はお父様がコンセルヴァトワールにいらした頃、毎週末通われていたお店で出会われたそうですが、そのお店はやはり現在は聞いていた場所にはありませんでした。調べてもはっきりした情報が出てこないため、手に入れるにも人づてに聞いて回る他は無く、そこにはちょっとした冒険譚もあるのですが、それはまた別の機会にお話ししたいと思います。

 早速送って頂いた写真も拝見しました。灯子さんのアクアリウムにまた一つ華が加わった具合で、今度部屋に伺う際に見せてもらうのが楽しみです。何より生き物ですから、長生きさせてあげて欲しいと考えます。ご実家のお写真も以前見せて頂きましたが、壁面一杯の水槽をよく管理できているものだと感心しています。私の家の近所にもメダカを養殖して販売している家がありますが、水温管理や酸素供給が手間なだけでなく、水道代や電気代も相当かさむのだろうなといつも考えていました。アクアリウムの趣味はドール趣味と同じで、数をどんどん増やしたくなるものと聞いていますが、何卒負担にならない程度に抑えて、一つ一つの生命を大切に慈しんで欲しいと思います。「秋潮」号をあれほど大切にお世話している灯子さんですから、水槽のお世話の仕方に不安はありませんが、寮は空けている時間も長いので、現状維持程度に押さえておくのが得策ではないかと、老婆心ながら申し上げます。

 「秋潮」号はお昼に見に行くと、幸せそうに横になって寝ていることが多くなってきました。いかにもおじいちゃんといった感じです。朝のパドック放牧はこれまで財部さんら大学部の先輩方がやってくれていましたが、灯子さんも毎朝行って手伝っているとのことで、大学部の先輩方が感謝されていました。マネージャー業務の傍ら熱心にお世話されている灯子さんだからこそ、たった十ヶ月間であれほどの信頼関係を築くことができたのだなと思います。大学部の先輩方の中には、「秋潮」号は灯子さんを乗せたら現役時代のように走り出すんじゃないかとさえ言う方もいらっしゃいました。もちろん養老馬にそんなことをさせてはいけませんが、それほど他者にも信頼関係が伝わっているということです。

 さて、灯子さんが誕生日プレゼントに望まれたものはもう一つありましたね。それはこの手紙の中で一つずつ秘密を教え合うというものでした。普段の灯子さんのふわふわした雰囲気とはうって変わって、意を決した様子で聞いてきたのを見て、私は、ああ、察しのいいこの人はもう全てを察しているのだ、と悟りました。同時に、その瞳には一点の嫌悪も軽蔑もなく、むしろ期待と羨望の色さえ見せていたのを察して、私はこの人になら全てを話してしまってもいいかなと思いました。このことは無論他の誰かと相談して決める訳にはゆきません。全部私が考えて私が決めなければなりません。結局私は自分の直感を信じることにしました。灯子さんのお気に召すまま、筆に任せて全てをお話しすることに致しましょう。

 私、新座秀子は双子の姉、小椋麻優子と付き合っています。付き合っている、というのは、恋人同士の関係にある、と言うことです。キスも数えきれないほどしていますし、同衾だってしています。数を誇るのは若さの証という訳では無いにせよ、デートだってそれらに負けないほどこなしています。手を繋ぐときはもちろん恋人繋ぎですし、二人で座るときは絶対隣り合わせにします。姉の腕の中に包まれているととても安心できますし、互いの温もりと柔らかさを感じながら眠るほど幸福なことも無いと思っています。

 もちろんこのことは二人だけの秘密にしていました。同性であることに加えて、血の繋がった実の姉妹であること、それも同じお腹の中で育った双子の姉妹であることは、私たちの利けない口をつぐませました。他の誰にも理解して貰えないことは百も承知で、私は姉の愛を受け入れました。姉のせいにするような言い方は良くありません、私も姉に愛を向けましたし、姉はそれを受け入れてくれました。私たちは互いに愛を向け、互いの愛を受け入れたのです。月並みな言い方ですが、それはまるで生まれたときに二つに分かれてしまった魂が一つに戻ろうと互いに引き合うかのようでした。

 私は姉のことを長らく麻優子、と名前で呼んでいました。歳を同じくする魂の片割れとしては、互いに付けられた名前で呼ぶ方が自然ではないかと思われるでしょう。しかし私は付き合い始めると同時に、姉のことをお姉ちゃん、と呼ぶようにし始めました。お姉ちゃん、と呼ぶことによって私たちの姉妹関係を確認するようにになった理由は、秀子、麻優子の関係では二つに分かれてゆく魂を一つに引き留めることができないと考えたからです。その少し前から私は姉の音楽的才能に畏敬の念を覚え、私が触れてよいものか迷いを覚える時期がありました。姉が私に向ける愛情を告白してくれたとき、何より確認しておきたかったのが、私たちの姉妹関係でした。麻優子という一人の女からの愛情を恩寵として受け取るのではなく、二つに分かれた魂の片割れとして、姉が妹を愛することを確認しておきたかったのです。

 こう書くと私からの愛が姉から向けられた愛に対する消極的な反応に聞こえてしまうかもしれませんが、私からも姉を愛することは姉の告白の前から始まっていました。白状してしまえば、それはきっと姉が今私に思っているよりすっと以前から、そしてきっと気付いているよりずっと強いものでした。姉が寝ているときに同じ布団に潜り込んだり、隣り合うときに肩を寄せてみたり、姉に送る手紙に秘かに唇を落としてみたりと、直接間接の愛情表現は幾度と無く試みてきました。姉は少なくとも私のスキンシップを拒んだことはありませんでした。のみならず、同じ布団に潜ってきた私を抱き寄せたり、方を寄せた際には手を繋いでみせたりと、私の向ける愛情に応えて見せる気配すらありました。

 最初のきっかけが何であったのか思い出すことは困難です。少なくとも姉から告白のあった一昨年の八月より以前に遡ることは間違いないでしょう。私の恋愛対象が姉個人なのか女性一般なのかということすら、現在時点では分からないほどです。私にとって恋愛対象となる同年代と言えば姉しかいなかったのですから、いずれ付き合い始めるのは自然なことだったのだろうとさえ思っています。小学六年生の頃、クラリネットを習っていた私に姉がリートを書いてくれた話は以前したことがあると思います。私はあのことを百の言葉にも優る姉の愛情表現であると捉えていました。その後もまるで恋文を送り、それを返すかのように姉は曲を送り、私は演奏で返しました。姉のピアノ伴奏に乗せて演奏するとき、当時はまるで共寝のような悦びを感じると思ったものでした。

 私たちのどちらかでも見るに堪えない醜女であったならば、果たして恋に落ちることも無かったかもしれません。しかし悠季子さん譲りの美貌を分けて生まれた姉は言うまでもなく、冬樹さん譲りの身長を受け継いだ私も、見てくれは多少整っていたお蔭で、互いの顔はいくら眺めても飽きない幸福な間柄になることができました。のみならず女子高の一般学級に通っていた姉は同性に良く惚れられました。私と付き合うまでに少なくとも五人と付き合ってきたと姉は言います。姉がいつ誰と付き合っていたのか、詳しいことは何も知りません。姉が誰かと付き合っていたときも、私と姉は互いに愛を向け合っていたつもりですが、ある時点で姉の本心が私ではない誰かに向いていたのかもしれないと考えかけてやめたことがあります。私は姉が私を選んだのが、誰かを妥協したためだとは思っていません。ただ一昨年なぜあのタイミングで告白してくれたのかについては、詳しいことを今も知らないでいます。

 姉が私に恋人としての慕情を初めて伝えてきたのは一昨年の八月、祖母の一周忌法要のために私たち横浜の新座家が京都の小椋家を訪れたときのことでした。私と姉はいつも通り姉の部屋に布団を並べて起居していました。法要の日の朝、黒い着物に着替えた姉が私の着替えを手伝ってくれた後、秀子へ、と書かれた一通の手紙を私に手渡してきました。新曲はいつも裸の楽譜をいきなり手渡してくるので、その渡し方にしては変だな、と思いつつも、法要の時間が迫っていたので後で読んでいいか聞くと、姉にしては珍しく、不安そうな顔で、わかった、でもなるべく早く読んで欲しい、と言われました。北白川の小椋家で法要を終えた後、母と悠季子さんが八坂の長楽寺の方までお礼をしに出かけたタイミングで時間ができたので、私は姉の部屋まで戻って、着物の懐に突っ込んでいた手紙を読み始めました。

 それは恐らく手紙の文例集を参考にしたと思われる、姉にしてはぎこちない文体の素朴な内容の恋文でした。読み終えたとき、これは遊びでも冗談でもなく、本気なのだということが伝わってきたのは、かえってそのぎこちなさ故であったと思われました。姉は才覚にあふれた人物ですから、書いてしまおうと思えばもっと流麗かつ叙情的な恋文を書くことができるはずでした。遊びや冗談であるなら、参考書など傍らにせずともいくらでも甘い言葉を並べられるはずの姉が、往来物の引き写しのような手紙を寄越してみせること自体、並々ならぬ出来事だと感じられました。そのため、ああ、これは本気なのだ、と感じたところで、姉が部屋に帰ってきました。

 姉の顔を見ると、向こうはすぐに私が恋文を読んでいたことに気付いて恥ずかしそうに目をそらし、部屋の片隅に行くと、着物の帯を解いて着替え始めました。私は姉から目をそらすことができずに、着替えているのをじっと見つめていました。姉も私の視線に気付いていたでしょうが、躊躇なく肌襦袢を脱いで部屋着に着替えると、脱いだ着物を片付けにまた部屋を出てゆきました。私は万年床の上に寝転がると、下着姿になった姉の姿を思い出しながら、あの姉を私は抱けるだろうかと真剣に考えました。そのとき背中にものすごくぞわぞわとしたものが走りました。嫌悪感ではありません。裸の姉を抱く、と考えたことも無いことを考えてみると、私は物凄い興奮を覚えたのでした。顔が真っ赤になるのを感じました。鼻の奥が熱くなって、鼻血が出そう、という譬えが身体で理解できました。

 再び姉が部屋に戻ってきたとき、私は殆ど涙目になっていました。転がって姉に背を向けると、姉は背中に文字を書いて、着替えるのを手伝ってあげる、と言いました。私は姉に顔を見られないよう、背を向けたままこれに従いました。姉の手が私の身体の前後を滑り、一枚ずつ衣を剥がされてゆく感覚は、まるでこれから姉に抱かれる下準備かのようで、耳まで真っ赤になるのが分かりました。肌襦袢まで解かれたところで私は遂に耐えきれず、姉の手を掴んで止めました。姉は私の手を握り返すと、指文字でごめんなさい、と軽く謝ってから、返事はいる内にちょうだい、と書いて、私の身体から手を離しました。私は再び去り行こうとする姉の方を振り返ると、その背中から後ろ抱きに抱き締めました。

 姉のうなじに顔を埋め、荒い呼吸を整えていると、姉は器用に後ろに腕を伸ばして後ろにいる私の頭を撫でてきました。それで少しずつ落ち着いてきた私は、頭を撫でているのと反対の手を取って、まゆこ、まゆこ、と何度も姉の名前を書きました。名前を書く度に姉はぽんぽんと私の頭を叩きました。おねえちゃん、と書いたとき、姉の手は止まりました。私は何度もおねえちゃん、おねえちゃん、と書きました。姉は私の腕の中で段々と震えてきました。のみならず、私の頭に回していた腕を下ろすと、涙さえ拭い始めました。姉の涙にあてられて、私も涙が浮かんできました。私は姉を抱いたまま万年床に転がりました。抱えた思いを発散するかのように姉ごとぐるぐると転がっている内に、姉はけらけらと笑い始めましたので、私も息を漏らして笑いました。やがて肌襦袢が脱げて殆ど下着姿になった私と姉は寝転がって向き合いました。私が、分かった、返事はいる内に伝える、と書くと、姉は、うん、待ってる、と答えました。それだけで十分でした。

 とは言え、まだ「麻優子」と「お姉ちゃん」との間に解決がついた訳ではありませんでした。一人の女性として麻優子を愛することはできるでしょうが、姉であるその人を家族を超えて愛することはできるのでしょうか。それだけではありません。付き合うとなれば、私と姉とを結ぶ姉妹関係は失われて二度と戻らず、別れて行く二つの魂を繋ぎ合わせるものが無くなってしまうような気がしてきました。冷静になるほど、乗り越えなければならない壁は何一つ解決していないことが明らかになりました。そのため私は外に助力を求めることにしました。私は誰から、ということを隠して、急ぎ母に相談の手紙を書きました。母は等々力の先生のところの誰かからかと思ったのか、親身になって相談に乗ってくれました。明確な答えこそ出してはくれませんでしたが、背中を押してくれるその言葉があれば十分でした。

 姉に返信を書くのに、私も恋文で返そうと考えた私は、色々と考えあぐねた結果、姉の恋文を参考に書くことにしました。恋文というものは基本的に人に見せる種類の手紙ではない以上、参考になるものがそれこそ文例集か、自分の貰った恋文かになるのだということに気が付いたのです。その頃は携帯もまだ持っていなかったので、インターネットで気の利いた例文を調べることもできませんでした。しかしそれができたとしても、結局私は姉の恋文を参照して書くことになったでしょう。文章の巧拙よりも、一度手紙として出されたものに宿る力は、案外馬鹿にならないものです。私は姉の寝た後に恋文を書き上げると、京都を立つ日の前日の夜、姉に手渡しました。姉は呼んでいいか、との素振りを見せたので、私は頷くと、二人きりの部屋で向かい合って姉は私の恋文を読み始めました。

 長い手紙では無かったので、姉はすぐに読み終えると、膝立ちになって私に抱きついてきました。姉はそのまま頬に何度か唇を落としたので、私は仰天してぎうときつく姉を抱き返しました。姉の顔がずれて耳元まで寄った唇が今度は私の耳に落とされ始めましたので、私はとうとう真っ赤になってふにゃふにゃに崩れ落ちてしまいました。姉に身を委ねてしばらく弄ばれるがままになっていると、唐突に姉が正面から私の顔を見据え、秀子からはしてくれないの、と指で掌をなぞりました。私は姉の肩を掴むと、何度か息をついて、それから姉の桃色に上気した頬に唇を落としました。肌理の細かい姉の頬は唇がまさに吸い付くようで、触れた瞬間にどくん、と鼓動が跳ねたのが分かりました。

 思わず呼吸を止めて、苦しくなって離すまで私は姉の頬を吸っていました。私が離れて正面から姉に向き合ったとき、姉は物足りなさそうな顔をしていました。私は視線で今はこれ以上は勘弁して欲しい、と伝えると、姉は頬ずりして私の唇が触れた箇所と姉の唇が触れた箇所とを擦り合わせてキスに代えました。私にだけ聞こえるビズを軽く鳴らしてから姉はようやく離れてゆきました。それから、次に会えるのはお正月になるのが寂しい、私からも手紙を出すから、きっと返して欲しい、という意味のことを書いてきました。これまで用が無くても手紙を書いていたのは私ばかりで、姉は何通分かをまとめてたまに返信してくる程度でしたが、これ以降は毎回姉も返事を出してくるようになりました。

 出発前の演奏会は、姉が曲を書くようになってから家族の恒例行事となっていました。その夏の曲はピアノとバスクラリネットのためのソナタ・ヘ短調で、「天の夜曲」という標題が付されていました。母がカメラを回す中、私たちの合奏が始まりました。走る機関車を思わせるピアノの連打から、東洋的なスケールのバスクラリネットソロで始まり、不穏な下降のアルペッジョの中から第一主題が提示されます。姉のピアノが雪の舞う冬の夜の情景を歌い上げる傍らで、私はバスクラリネットで川の流れの調べを奏で、流麗なメロディの絡み合いが生まれます。私は耳を澄ませて、姉も倣いを使って、互いのメロディに息を合わせながら演奏しました。あんなことをした次の朝で、まだ顔を合わせるにも紅潮してしまう時期に、お互いにそっぽを向きながら演奏するのですが、絡み合うメロディはまるで昨夜の睦み合いを思い出させるようで、少しだけ気もそぞろになりました。

 ピアノで蛍火のような第二部の主題が展開される中で、バスクラリネットが幻想的なフレーズを奏でます。このパートがこの曲では一番好きなところです。情感を込めて楽器を響かせるのに合わせて、姉もピアノの包容力を高めて応えました。作曲者と一緒に演奏しているにも関わらず、私が好きなように解釈して演奏するので、即興で合わせる姉の負担は大きいのに違いありません。演奏ではこのように姉に対して積極的にアプローチできるのだから、恋愛でも姉に対してしてみたいことを遠慮なく押して押して迫ってみることができるのかと、演奏しながらふと考えました。姉と一緒にしてみたいこと、考えてみれば沢山あります。キスもデートも、その先のことも、そして私にはまだ想像の及び付かないことまで、姉と一緒ならどこまでも行ってみたいし、やってみたいと思います。

 この感情が恋なのか、と今更ながら感じたとき、ソナタは第三部のスケルツォに入りました。速いテンポでパーカッションのように打ち鳴らされるピアノの上でまるで詩を朗読するように朗々としたバスクラリネットが鳴り響きます。姉と共にどこまでも行ってみたいというこの気持ちが恋ならば、恋の成就とは付き合い始めるところで終わりなのではなく、相手と共にどこまで行けるかが問題となるのではないでしょうか。私は姉とどこまで一緒に行けるのだろうかと考えたとき、中学三年生の私たちの前には進路の問題がまず立ちはだかっているのでした。当時はきっと姉はピアノを習っている京都のリセに行くものだと考えていましたから、横浜のコンセルヴァトワールに行きたい私とは道を違えるものと考えていました。それぞれ別の進路を歩んだ上で、音楽の道も恋愛の道も、姉と一緒にどこまで行けるものだろうかと、一抹の不安が胸の中に残りました。

 やがてソナタはフィナーレを迎え、私たちが別々の日常に戻る時間がやってきました。拍手の中で姉と私はしばし顔を見合わせていましたが、姉はピアノの前から立ち上がると、みんなの前で私に抱きついてきたので、私は早速私たちの関係が家族にばれやしないかと肝を冷やしました。そのときはそのままお辞儀に移行してその場をしのぐことができましたが、二人の関係の考え方について何か齟齬がありやしないかと感じた一瞬でした。姉がもしもっとオープンな関係を望んでいるのだとしたら、秘密にしておきたい私とは当然認識を異にしますから、大丈夫だろうか、この先上手くやってゆけるだろうか、と不安になったのも仕方のないことだったと思います。

 出ばなから多少の不安が残る私たち二人の関係でしたが、横浜に帰って早々姉から手紙が届いたことで、最初の約束は守られました。それは恋文というよりは近況を知らせる普通の手紙でしたが、筆不精な姉が自分から手紙を出したということで及第点をつけ、私の方も近況を知らせる普通の手紙を返しました。文通は概ね月に一往復のペースで続きました。次に会えるお正月まで、携帯を持っていなかった頃の私たちは手紙で愛を確かめました。その頃の手紙が手元に残っていますが、姉はかなり率直に愛情を告げるので、近況報告が主だった私の手紙でも、次第に姉に対して抱えている感情を露わにし出しました。

 手紙が五往復した頃、年末年始の帰省で私たち新座家はまた京都の小椋家に向かいました。四か月ぶりに会った姉は思春期の赤毛人らしく少し髪色が赤く変わっていました。変化する姉に対して何も変わっていない自分になんとなく焦りを感じた私は、帰ったら髪を短くしようと思いました。それまでは姉とそっくち同じように髪を伸ばしていた私ですが、姉の身体が一歩大人に近付いた一方で、私だけが以前のままなのはひどく幼稚に見えたのです。このお正月は姉に着付けて貰って、日中は毎日着物で過ごしました。髪を上げている姉に合わせて私も髪を結って貰うと、久々に双子の姉妹らしく見えるようになりました。

 私たちはこのとき初めてキスをしました。私たちの場合、初めてのキスはきなこ餅と煎茶の味がしました。元日の朝、早起きして着物に着替えてお正月のお膳を囲んだときのことでした。お揃いの雪持ち南天の振袖に身を包んだ姉の姿に見惚れて、お正月料理の味もよく分からなかった私は、ぼーっとしていて危うくきなこ餅を喉に詰まらせるところでした。急いでお茶で流し込みましたが、お正月早々事故を起こすところだった私を家族みんなで心配しました。しかし姉だけは愉快そうに笑っていました。それが癪で、片付けの終わった後で姉を部屋に呼び出すと、正座させてさっきの態度は何事かと聞きました。姉は悪びれる様子もなく、だって秀子があんまり私を目で追っている内にお餅を喉に詰まらせたんだもの、と書くと、袖を広げておどけて見せました。私は図星を突かれたので、更に意固地になって姉の両手を掴んで迫り寄りました。

 すると姉はそのまま私の手を引いて後ろに倒れ込むと、胸元に私の頭を抱き締めてあやすようにぽんぽんと背中を叩き始めました。おーよしよしという姉の言葉が伝わってくるような態度に、私はずいと這い上がって姉を正面から睨みつけました。それはまるで私が姉を押し倒したかのような態勢でしたが、実際には姉に引き倒されてこうなっているのでした。姉の顔の両横に手をついて見下ろすと、姉は目を閉じて唇を差し出してきました。赤い口紅の塗られた唇がふうと息を吹くような形に作られ、私がそれに触れるのを今か今かと待っているのです。私は不機嫌なのに、ムードもへったくれもなくただ体勢が整ったというだけで、冗談でもキスを誘ってくる姉に苛立った私は、姉の鼻を目がけて噛み付きました。

 私が本気でキスでもすると思って油断していた姉は、言葉にならない悲鳴を短く上げた後で、何てことをするの、と言いたげな目で私を睨み付けました。お互いに相手を睨み合う形になって、ようやく私の気も済んできましたので、最後に手を出した私からごめん、と謝ると、姉も不承不承、私もからかってごめん、と謝ってきました。涙目の姉の鼻梁にはべったりと私の口紅が付いていました。そのことを教えると、恥ずかしそうに、顔を洗ってこなくちゃ、と走り書きして、顔を隠しながら部屋を出てゆきましたので、私もついてゆくことにしました。

 洗面所で口紅を落とし、部屋に戻ってお化粧をし直すと、うっすらと残った私の歯型が浮いて見えて、私の持ってきたコンシーラーを貸してあげてやっと塗り込めることができました。姉はマスクをして過ごすことにならなくて良かった、と安堵していました。家族の下に戻ろうとする姉を引き留めたのは私でした。振袖の袂を掴んで掴んで呼び止めると、万年床の上に腰を下ろさせ、それから姉の膝の上に寝転がり、顔を見上げました。急に膝枕を要求するなんてどうしたの、と戸惑う姉に対して、私はさっきのやり直しはできるか、と聞きました。姉は私の顔に手を添えると、本当にいいの、と聞いてきました。私は、さっき噛んでしまったお詫びのつもりだ、と書いて、目を閉じて姉に身を任せました。

 しばらく待っていると、姉の息を飲む音が聞こえました。来るか、と思ったときには頭を持ち上げられて、唇に湿った柔らかなものが触れました。数秒の後、目を開いて離れていったそれを追うと、姉は真っ赤になって深く息をついていました。私は起き上がって目を潤ませている姉に向き合うと、今度は私から姉の唇に触れました。きなこ餅と煎茶の味を感じたのはこのときでした。舌を触れ合わせ、ぬるい唾液と熱い吐息を感じて、固まっている姉の身体を抱き寄せ、しばらく姉の唇と舌を食みながら私は徐々に体重をかけて姉を押し倒してゆきました。姉の背が万年床に押し付けられ、やがて大きく一度跳ねてから私は顔を離しました。私の顔も真っ赤になっていましたが、姉の方は涙を溢れさせながらふにゃふにゃに陶酔していました。私は姉の横に寝転がると、熱くなった姉の手を取り、しっかりと指を絡めました。

 そんなお正月の後、私たちが再び出会ったのは、コンセルヴァトワールの受験会場でのことでした。あのときは大雪が降ったのを灯子さんも覚えていらっしゃるのではないでしょうか。思いがけない再会を果たした私たちは再び恋の炎を燃え上がらせました。私は作曲科の試験が終わるまで、外で待っていました。凍みるような寒さの中、私は手の届かない場所にあったはずのものが急に手の内に滑り込んできたことに、戸惑いの半面、喜びも感じていました。試験を終えて出てきた姉と抱き合ったとき、私と一緒にこれからも音楽をしてゆきたいという姉の願いに、私は涙を流しました。

 私たちは馬車道のサモワールで悠季子さんに会いました。悠季子さんはいつも京都にいるものだと思っていたので、横浜に来ているというだけで不思議な感じがしました。悠季子さんがいるというただそれだけで、空間が京都へと繋がり、まるで寺町三条界隈の喫茶店に来ているかのような錯覚に陥りました。娘の願いを叶えるのは母親の務め、と言って、悠季子さんは姉の物語を動かすために、忙しい中をおして横浜までやってきたのでした。自分は既に物語の主人公ではないかのような諦観を持っている悠季子さんですが、私たちの物語を動かすためにその長すぎる余生を振り絞ってくれていることに、私は心の底から感謝しました。

 二度目のキスは直前に飲んだアールグレイの味がしました。どちらが先に触れたのかは覚えていません。恐らくどちらともなく互いに求め合ったのでしょう。それは別れ際の口付けでした。馬車道の駅で別れた後、私は大倉山までの各駅停車の中で二人の将来について色々と考えました。もしコンセルヴァトワールへ一緒に通えたなら、普段から日常的に顔を合わせるようになって、私たち二人の関係も距離感も一変してしまうことでしょう。それはいい方へ働けばより恋人らしく一緒に過ごせることになりますが、悪く働けば距離が近いが故に衝突を起こすもとになるかもしれません。

 幸いにして入学後は聖園会の活動や馬術部の活動もありつつ、専攻が違えば日中は全然会わないことも珍しくはなく、これまで通りほど良い距離感を保って過ごすことができています。むしろそのお蔭でしょうか、姉との仲はより親密になって、遂には褥を共にするまでに至りました。それは誕生日の次の日、馬術部の活動も月に一度のお休みで、姉と二人私の部屋でだらだらと過ごしていたときのことでした。姉は机に向かいマーラーの交響曲第七番の譜読みをしていて、私はベッドに転がって昼間の練習の録音を聞いていました。目を閉じて何度もリピートして聞いている内に、うとうとしてきた私は、姉の方はしばらく放っておいてもいいだろうと思い、イヤホンを外して寝る態勢に入りました。静寂の中、時折姉がページをめくる音だけが聞こえてきて、入眠には最適だと思ったところ、雨雪の降る音のようなかすかな歌声が聞こえてきました。

 それは姉が無意識に第四楽章のメロディを口ずさんでいる声なのでした。耳の聞こえない姉にそのような癖があったとはそのときまで私は全く知りませんでした。私はぱっと目を開いてその声に耳を澄ませました。姉はもちろん自分の声など聞こえていませんし、倣いも使っていないのですから、音程も何もあったものではなく、知っているリズムのフレーズを捉えてやっとどこを歌っているか分かる程度のものでした。正直に言えば聞いていてあまり心地の良い歌声ではありませんでしたが、姉のまだ知らない一面を知ることができた感動に、私はぼんやりと口を開けて聞き入ってしまいました。きっと悠季子さんはこの歌声を何度となく聞いたことがあるのだろうな、と私はなんとなく思いました。

 やがて「死に絶えるような」クラリネットのフレーズが終わり、このまま放っておくと大混乱の最終楽章を聞かされてしまうと思った私は、身体を起こして姉の方を向きました。それに気付いた姉は歌うのを止め、起きていたのか、どうしたのか、と言いたげな視線を投げかけてきました。私は、姉が歌っていたことは言わずに、ティンパニを叩く真似をして笑いかけました。それで姉には十分伝わったらしく、自分の口を押さえると恥ずかしそうに目線を泳がせました。私はベッドを下りると腰を屈めて椅子に座っている姉の首に腕を回しました。触れた頸動脈からは、姉の鼓動が早まっているのがはっきりと分かりました。姉はスコアを閉じると、私に身を任せました。

 私は椅子を引いて姉の正面に回ると、その膝の上に跨がり、私より身体の小さな姉に全身で甘え付きました。身体をぎうぎうと擦り合わせたり、頭のにおいを嗅いだり、脚を絡め合わせたりして、姉が背中を叩いて音を上げるまでやりたい放題のことをしました。それから姉の顔中にキスを落とすと、額を抑えて仰向かせ、先程まで歌声を上げていた喉を目がけて噛み付きました。足先までぴんと張ってうめき声を上げた姉を意に介さず、かぷかぷと歯を立てたり、舌の腹で舐めつけたりして弄びました。吸血鬼が血を吸うように強く吸い付いて姉の肌に痕を残したとき、ようやく満足した私は、口元を抑えて声の漏れるのを堪えていた姉から離れました。

姉はふーふーと深く息をついてこちらを睨み付けていました。その目は情欲の炎がぎらぎらと燃えていて、私は背筋にぞくぞくとしたものを感じました。お腹の奥に熱いものを感じて、私はベッドの端に腰かけました。姉はふらふらと立ち上がると、私の両肩に手を置いて、噛みつくようにキスをしてきました。普段の姉からは想像もできない荒々しい口付けに、私は精一杯応えながらも、次第に姉に身を任せ翻弄されるがままになってゆきました。姉の情欲を散々煽り立て、我慢させたその仕返しをこれからされてしまうことに対する期待が、水音の響く頭の中に充満して、どんどん身体から力が抜けて行くのが分かりました。私の口内から姉の舌が抜かれ、最後に一度唇を舐められると、肩に置かれた手が私を押し倒し、姉の手足で私の身体はベッドに縫い付けられてしまいました。

 私たちはまるで一つの生き物になったかのように絡み合い、高まる体温で互いの境界を溶け合わせてゆきました。姉の手が私の服にかけられたとき、姉は情欲をみなぎらせながらも、本当にいいのかと聞きたそうな目をこちらに向けてきました。私は姉を抱き寄せると、頬を擦り寄せながら何度も頷きました。姉の自制が取り払われた後は、私たちの渾融は一層深まりました。姉も自分の服を幾枚か取り払ったことで、肌の柔らかいところが触れ合い、そのふくらみを求めて私も下から手を伸ばしました。互いに伸ばした手が幾度か交わり、やがて私の手が力を失ってシーツに投げ出されたところで、遂に私に限界が訪れました。いやいやをするように激しく首を振って、目からはどくどくと涙が溢れ、両脚をじたばたさせてなんとか姉のもたらす熱から逃れようとしました。

 姉は戸惑いながら、なんとか私を宥めようと頭を撫でたり、涙を舐め取ったりしていましたが、やがて堪えきれなくなったのか、さっきの意趣返しとばかりに私の喉を噛むと、手を下の方へと伸ばしてゆきました。私は浅い息をつきながら天井を見上げ、姉に大人しく制圧されてしまった被虐心に身体を震わせました。喉を這う熱い舌のぬるりとした感覚と共に、私たちは一等深い繋がりを得たことが分かりました。そこから先の記憶は曖昧です。私の中心に姉が迫ってくるのと、喉を噛まれたり、耳に舌が這ったり、舌を絡ませて口付けたりするのが同時に襲ってきて、私は何度も張り詰めた気がぶちぶちと切れてしまうのを感じました。私に声が出せれば、泣き声のような情けない声を何度も上げていたことでしょうが、意のままにならない私の喉はがらがらと汚い音を鳴らすばかりでした。

 いつの間にか私の身体は後ろ抱きにされていて、背後から伸びる姉の両手の中に抱かれていると分かった私は、押し寄せる波のような快楽の中にありながら、同時に深い安心を覚えました。背後にいる姉の体温とその柔らかな身体を感じながら、それに身を委ねる心地よさに、私の心はどんどん幼い感情がむき出しになってゆきました。難しいことを考えている余裕はとうに無く、ただ姉の手が導くままに高潮へと到るのは、私の中の幼い感情をして姉に甘えつかせるには十分なことでした。私の胸にあてがわれていた姉の手を取って、その指に舌を這わせたり、あるいはその指に吸い付いてみたりと、幼子のように姉に甘えていたことを、ぼんやりとした意識の中で覚えています。私の緩くなった口元からたらたらと垂れる唾液を、姉の指が掬ってすすらせたとき、私は遂に赤子にまで退行したような気分になりました。

 意識が白く溶け、しばらくそれを手放していた後で、気が付くと私は仰向けでベッドの上に横たわっていました。傍らには愛する人がこちらに背を向けて転がっていました。私は、どうやら終わったらしい、と感じて、感慨に打たれていましたが、あんなことをした後だというのに不思議と恥ずかしさは感じず、今はただ早く姉の顔が見たいと考えていました。私は姉の身体を無理やりこちらに向かせると、姉の胸に顔を埋めて、それから何度も姉の顔にキスをしました。先に手を出してしまった罪悪感で難しい表情をしていた姉に対して、精一杯の愛と感謝を伝えるのに、言葉はむしろまどろっこしいものでした。

 初めての繋がりを姉に捧げた後も、私たちは姉妹として、恋人として、大きく変わることなく良好な関係を築いてきました。十六歳の私たちにとっては大きすぎる変化を抱えて、それを秘密にしておくことは大変な苦しみをもたらすものかと思われましたが、杞憂でした。もちろん他の人たちに私たちの変化を察されないように色々と気を遣いましたが、幸いにして誰にも何も言われることはなく、これまで通りの日常が続いてゆくかのように思われました。『終わりなき日常を生きろ』、という本がありましたが、新しいセカイで始まった新しい日常が昨日と同じように続いてゆく感覚はまさにその終わりなき日常を生きてゆくかのようでした。

 しかし絶えず変化を続ける姉は終わりなき日常の枠に収まりませんでした。馬術部の新人戦での優勝を皮切りに、作曲コンクールへの出場や合唱コンでの審査員賞入賞など、日常を日常の枠に留まらせない様々の活躍を見せてくれました。私もその傍らでその活躍を見、あるいは少しばかり手伝ってみたりする中で、終わりなき日常、という言葉はどこかへ吹き飛んでいってしまいました。何でも一人でできてしまうが故に、一人で決めて一人で突っ走ってしまう傾向にあった姉が、自分一人の手の届く範囲を超えて他者と協力しながら物事を進めてゆくという変化を目の当たりにして、誰が終わらない日常という言葉を口にできましょうか。大きな物語が終わりを迎えても、小椋麻優子の物語はまだまだ始まったばかりで、それに飽き足りるなどということは決してないのでした。

 そのことはコンクールでのプロデュースを担当してくれた上野さんも、馬術部でマネージメントをしてくれている灯子さんもよくご存知のはずです。小椋麻優子劇場はこれからも続いてゆくでしょうし、私たちはそれを最前列で見ることができるのです。今度は何を見せてくれるのか、楽しみでならないのは私だけではないはずです。姉はきっと作曲家として大成するでしょう。それもきっと私たちの思いもよらないやり方を通じてであるのに違いありません。学生起業で音楽プロダクションでも立ち上げてしまうのでしょうか。それとも自前のコンクールでも立ち上げてしまうのでしょうか。いずれにせよ、姉は自分の才能を知らしめずにはいられないような生き方をするのに違いありません。

 さて、灯子さんには私たちのウィタ・セクスアリスを筆の進むままにお話ししてきました。ありのままお話しする、という訳にはいかない部分もありましたが、概ねこれまでに到る主要なエピソードをお話したものと思います。誕生日のお祝いとしては下世話な話になりましたが、ご満足頂けましたでしょうか。私たち姉妹のことを見る目もずいぶん変わられてしまうのではないでしょうか。一度知ってしまったらもう知る前と同じ目で見ることはできないでしょう。私はそれを覚悟してお話ししましたが、姉の場合は自分の預かり知らないところで私たちの恋愛の秘密を暴露されてしまったのですから、どうか無理を承知でご内密にお願い致します。

 私が灯子さんをここまで信頼してお話しできた理由は、単に一番の友人と思っているからというばかりではありません。確かに灯子さんには会って一ヶ月も経たない内から私や家族の身の上話を始めて、初めてできた友達相手に距離感がおかしくなっているように感じさせたと思います。その後の文通でも、近況報告にしては妙に馴れ馴れしい手紙を寄越し続けてしまいましたが、それでもここまで赤裸々にお話しした理由にはならないでしょう。私はちゃんと灯子さんが秘密を守る理由を存じ上げているつもりです。それは私も反対に灯子さんの秘密を一つならず知っているからです。特に灯子さんの暴露されては困るような恋愛事情については見かけによらずよく知っているつもりです。

 灯子さんが意を決して私に秘密を教えてほしいと言ってきたとき、私は灯子さんがちゃんと秘密を守る反対の約束もしてきたのだと思いました。それはつまるところ、私が灯子さんの秘密を知っていると承認したということだと私は理解しました。灯子さんが上野さんのことを好きだということは、灯子さん自身がその想いを伝える日まで私は内緒にしておきます。こう見えて口の固さには自信があります。裏切ったらどうぞこの手紙を公開するなりなんなりして、私と姉との仲を裂き、私たち姉妹に再起不能なダメージを与えて下さって結構です。私は本気でそれぐらいの覚悟を持ってこの話をしたのですし、灯子さんの秘密がこれに匹敵すると思っているからです。

 話してみるとようやく胸につかえていたものが無くなったような、清々した気分になりました。これで灯子さんも姉に対して秘密を抱える共犯者です。どうか姉にこの話をしたことを知られないよう、気取られないようによろしくお願いします。ここ最近は姉を怒らせたことが無いので、泣かせてしまうかもしれませんし、どんな反応を見せるのか、考えただけで胃が痛くなります。自分から姉を怒らせるようなことをしておいてなんですが、私は姉を怒らせることも、悲しませることもさせたくはありません。都合のいいお願いだとは分かっていますが、改めてよろしくお願い致します。

 どうやら姉も別のお便りで灯子さんにお祝い申し上げている模様ですので、お受け取りの際はくれぐれもご用心をなさって下さい。灯子さんは私以上に顔色に出やすいですし、声にも色が出るのですから、不審な思いを抱かせて姉に倣いを使わせないように気を付けてください。それでは改めて灯子さん、お誕生日おめでとうございます。今年も一年、灯子さんにとっていい年でありますように。



 匆匆頓首

 

 一月二十三日


 新座秀子

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