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二次創作:『亜空間グランデホテル』業務日誌

風の行方、星の在処

作者: ちょび

副題:──或る少女の見た空──

 高い、たかい穹は何処までも澄んでいる。

 金の日輪が座す天頂に近付く程その色は黝さを増し、さながら自分が深い湖の底に沈んでしまった様に感じる時がある。

 風がビョオオオッ!と唸り、羊が群れる草原に漣を立てる。その中に混じる水の様な冷たさに、私は少し顔を顰めた。


 ──雨が近い。


 川のせせらぎの様な水気を帯びた風は雨が近い前触れだ。土埃の臭いも微かに混じっている。夜には確実に降り出すだろう。

 今はまだ影も形も見えない雨雲に溜め息を吐きながら、私は風が吹き付けて来た先、ほんの僅かに見えるスヴェンセンの白い嶺に視線を向けた。



「ヤレアハって、何時もどうやってお天気を当てるの?」


 食堂の女将さん──イエニタさんの言葉に、私はちょっとだけ考え込んでからこう言った。


「うーん……、『勘』でしょうか?」


 本当は少し違うのだけれど、上手く説明出来ないし私の素性も知られたくない。だから『勘』と言う事にして誤魔化した。

 食堂の窓から見える空は、町に戻って来た頃には憂鬱そうな色をした雲に覆われてしまった。


「でも、お陰で助かったよ。シーツや毛布も濡らす前に取り込む事が出来たし」


 そう言いながらイエニタさんは「ちょっとしたお礼」と、私の前に焼き立ての魚を置いた。町近くの湖で獲れた新鮮な鱒、大好きなメニューだ。


「明日は雨だったら、お店の裏方を手伝ってくれない?」


 その言葉に私は二つ返事で頷いた。外からは屋根や石畳に水滴が当たる音が聞こえ始めた。思ったより早く降り出したみたいだ。


「そう言や聞いたかい?王都の『神隠し』事件の話!」隣のテーブルでは、旅の商人達が噂話に興じている。

 王都サーファスで住人が次々と姿を消した。スラムで、下町で、貴族街で。昼夜の別無く突然、何の手掛かりも遺さずに。

 事件性は無い、と放置していた治安隊が冒険者ギルドに協力を要請した頃には数十人もの犠牲者が出ていたとか。そして調査を引き受けた中堅の冒険者達も消息を絶った。


 王都への街道が通るドルナウでも、あちこちで噂話が囁かれ『犯人はカディル人だ!』と声高に決め付ける人達も現れた。中心になったのはコバデイ商会の若旦那で、店を継いだ途端、我が物顔で町を牛耳り商工会に圧を掛けた。

 天青石にも似た柔らかな春の空とは裏腹に、町はピリピリとした不穏な気配に包まれていた。



「星が騒いでいる……?」


 春の星々を仰ぎ、私は困惑した。

 何日か前の事だ。放牧を手伝っていた時、不意に獣の吐息の様な生臭い風が吹いた。ほんの一瞬の事だったけれど、何処か怯えた様子で羊や牛が群れだしたのを見て胸騒ぎを覚えた。

 その晩、私は窓から星空を仰いだ。ヴェールを被った様な春霞の空は穏やかで、瞳に映る星は柔らかな光を放っていた。


 周囲から『カディル人』だと思われているけれど、私は『星詠みの民』の生き残りだ。数年前、居留地をゲセナの奴隷商人に襲われ部族はバラバラになった。

『星詠み』は星に祷り星を読み解く。その性質故か、空や雲、風の動きで近い未来の天候を知る事も出来た。この感覚──直感とも言うべきナニかを言葉で表すのは難しい。

 ドルナウに辿り着いてからも、晴れた夜に空を見上げては星の囁きに耳を澄ませた。あの日、引き裂かれてしまった家族や幼馴染みと、この星空の下でだけは繋がれる様な気がして。


 けれど今、私の眼に映る星は剣呑な知らせを告げていた。


「『悪意』と『奇跡』……?」


 凶意を告げる星がドルナウの真上に、そして『テノーセ(神意)』の星が、 少し遠くの町『セクト』の方角で張り合う様に眩い光を放っていた。

 普通なら有り得ない組み合わせに私は困惑した。亡き長老だったら、或いは幼馴染みのコハブだったら星の忠告を正確に聞き取れただろうに。


 私が星々の意を知ったのは、それから数日後だった。


 魔獣の暴走でドルナウの町は壊滅的な被害を受け、コバデイ商会の手引きで乗り込んで来た奴隷商人が、カディル人の孤児や若い女性を次々と連れ去った。

 私自身も付け狙われて放牧の手伝いが出来ず、イエニタさんの店で裏方として息を潜める日々を過ごした。


 それでも、風や雲が留まらぬ様に凶星もまたドルナウから去って行った。入れ替わる様に輝きを増すテノーセの星は、町の救い手の到来を告げていた。


 宿のお手伝いに来ている少年が見た『大きな鉄の乗り物』には、セクトの町の腕利き冒険者達と、星々の彼方から招かれたと言う若き『稀人』が乗っていた。

 彼等は町に入ると直ぐさまカディル人に食事と居場所を提供し、コバデイ商会を黙らせ町を彷徨く破落戸を一掃した。


 そして私も、仕立てられた制服を纏い件の『稀人』──トシヤ様が薦めて下さった仕事場へと向かう。

 瞳に映るのは力強い初夏の空。雲の様に風の様に流されて来たけれど、愛する人達との再会を必ず叶える為に今日をしなやかに生きて行く。


 ──そんな私の側を爽やかな風が、ゲセナに向かって駆けて行った。


本編はカクヨム内の自主企画(https://kakuyomu.jp/user_events/16818622173503855296 終了済み)に投稿したものです。

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