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悪夢まとめ・3 +閑話

 こちらは現在連載をしております『醜くも綺麗な一瞬』という物語の『悪夢』のみを纏めたもの『3』となっております。

 

 これだけだと、何のことか全くわからない仕様です。

 鬱々としていて胸糞な内容ですので、お読みになる際はご注意ください。

 悪夢・8⃣ 『怨憎県 デルフィニウム殺人事件 上』

 

 いつもは、『なぜこんな夢を見るんだろう?』と考えるが、今回は、理由がはっきりとしている。


 叶望(かなみ)()()()話をしたからだ。

 目の前には、祖母の遺影を見つめる母の背中。


 まだ一ヶ月も経っていないが、もう何十年と会っていないような、何とも言えない気持になる。


 「お母さん……」

 声をかけてみるが、当然のことながら反応はない。


 「お義母さん……」

 母は、いつもと変わらない優しい声で祖母に話しかける。

 次にくる言葉を、涼多(りょうた)は知っていた。


 「あの女、死んだそうですよ……」


 ◇◇◇


 兎火(うび)家が後祭町に引っ越した半年後に祖母が亡くなり、そこから更に半年経とうとした時。


 涼多の父を苦しめる原因となった女性社員は、殺害された。


 遺体発見時、デルフィニウムが描かれたワンピースを着ていたことから、世間では後に『デルフィニウム殺人事件』と呼ばれるようになる。

 

 殺害したのは、当時、女性社員が付き合っていた男性をストーカーしていた女性だった。


 「私の思いを、変に曲解されて伝えられたらたまりませんから……」と彼女は犯行の一部始終を撮影し、とある動画投稿サイトに自身の犯行動機と共に投稿した。


 そして、アパートからほど近いところにある警察署に出頭してきた。

 勿論、動画は後に削除されている。


 しかし、一度ネットの海に流出してしまうと、完全には消えないものだ。

 今でも、投稿と削除のイタチごっこが続いている。


 「見ているだけでよかったんです……」と動画の中の彼女は語った。


 たまたま道ですれ違った時に、一目惚れしたのだと言う。


 男性の住むマンションの前にあるアパートに引っ越し、部屋に盗聴器を仕掛けたり、望遠鏡で覗いたりしていたそうだ。


 彼に彼女ができても構わなかった。声が聞けて、遠くから姿を見ることさえできれば満足だった。


 「不思議と嫉妬心はありませんでした。彼の楽しそうな声と笑顔を見れればそれだけで良かった、でも……」


 付き合い始めて、二ヶ月が経過した頃から、彼は彼女から暴力を振るわれるようになった。


 『今日はパスタって気分じゃないのっ!お詫びに、今度、このバッグ買って!』

 『アンタが待ち合わせに遅れた所為で、○○の限定グッズ買えなかったじゃん!この役立たず!!』

 

 パンッ


 『何で、いちいち聞いてくるの?言わなくってもわかるでしょっ!?』

 『本当、ムカつく。……はあ?別れるわけないでしょ!?ばっかじゃない?』


 ゴッ


 殴られる音が耳に届く。

 時には、水音と叫び声。。


 「ごめん」が「すみません……」に変わるまで、時間はかからなかった。


 「専門の窓口に相談するか、警察に通報すべきなのは、分かっていました。でも、我慢ができなかったんです」


 自身の両手に視線を落とし、ぐっと握る。

 

 「駅前のレストランで女子会をした後、帰宅途中のあの人をスタンガンで気絶させて、私の家に連れて行きました」


 十年程前に両親が亡くなり、それからは一人で暮らしていたのだと言う。

 幸か不幸か、近隣の家の殆どが空き家で、人がいる家まで距離があった。

 泣こうが叫ぼうが、誰にも届かない。


 「一応、誘拐した理由は説明しました」


 『ストーカーってマジでいるんだ。キモッ!』

 『そんな、頭イカれた奴が私に説教?ふざけんなっ!!』

 『暴力って、あの程度で大げさなのよ!』

 『私が、だらしないアイツを躾けてやっているの!!』


 「そんな、予想通りの言葉が返ってきました」

 問題は、その後の言葉だった。


 『だいたい、私の蹴りなんかどうってことないでしょっ!』

 『男だし、か弱い私と違って頑丈な体してんだからっ!!』

 『嫌ならやり返せばいいだけの話よっ!!!』


 「そう言いやがったんですよ」


 怒りと憐れみを同時に感じた。


 「調べたところ、あの人はごく普通の家庭で育っていました。『平凡』『普通』『どこにでもある』そんな家庭です」


 映像の中の彼女は「それなのに――」と呟く。


 「どうして誰も『力の強い弱いに関係なく()に暴力を振るってはいけない』と教えなかったのでしょうか……?」


 何度か頬に平手打ちをすると、彼女は謝りながらワンワン泣き出した。


 「それ程、強い力で叩いたわけではありません。本当に軽くです。なのに、あんなに泣いて……。ですが、その、何といいますか、憐れみを誘う泣き方だったので、『何で、謝っているの?』って聞きました」


 自分も鬼ではない、彼にちゃんと謝れば許すつもりだった。


 『アンタ……、あなたが叩いてくるから、です』

 それ以外に理由なんてない、と。


 「そっか」

 気が付くと、ライターで彼女の指を炙っていた。


 彼女が彼にしたように、熱湯を白魚のような手にかける。

 人の物とは思えない悲鳴が聞こえてきた。


 「その後も何度か質問しましたけど、結局『彼を傷つけたから』と言う答えは得られませんでした」


 はあ……と溜息を吐く。


 「あの人にとって『謝る』とは()()()()モノでしかないのかと思いました」


 何か怒っているみたいだから、取り敢えず謝っておこう。

 これ以上、怒りを向けられると面倒臭い。

 口だけでも『ゴメン』って言っておけば、大丈夫。

 本当、何で怒ってんの?

 謝ったら負け。

 

 「……他の理由なんて、考えられなかったんでしょうね」

 

 全ての指を炙られ、髪も焦がされ、皮膚は焼け爛れて、熱湯のかかった部分の服を捲ると、ベロンと皮がはがれた。


 ナイフを手に持った時、絶望の声を上げ、謝罪の言葉を口にする彼女に『何で、謝っているの?』と最後の質問をする。

 

 「『わかんない、わかんないけど、ごめんなさい、ごめんなさい……!』それが、あの人の最後の言葉でした」


 この残酷で衝撃的な事件は、多くのメディアで取り上げられた。

 

 悪夢・8⃣ 『怨憎県 デルフィニウム殺人事件 下』


  「怨憎(おんぞう)県って、前にもヤバい事件がありましたよね。ほら、『ナントカとか言う小説に影響されて』ってやつです」


 とあるテレビ局が『デルフィニウム殺人事件』を取り上げた生放送の番組で、ゲストで呼ばれていた俳優の一人がそう言った。


 「あー、そういえばありましたね。自分はまだ小学生でしたけど、結構、記憶に残っています」


 同じくゲストで呼ばれていた、アイドルグループのリーダーがうんうんと頷く。


 「わー、まだそんなか、若いな~」

 俳優は「話を戻しますけど、正直、あの県って独特ですよね」と言った。


 場の空気が、和気藹々としたものから戸惑いへと変化する。


 「他県の人に対して差別意識が強いと言うか、プライドが高いって言うんですか?昔、ドラマの撮影で行ったことがあるんですけど、なんかこっちを見る目が嫌な感じがして」


 周囲の空気に気が付いていないのか、さらに続けた。


 「笑顔の裏で何考えてるか分からないって言うのかな。まあ、以前『怨憎人の心根(こころね)』って本を読んだ所為で疑心暗鬼になっていたとこもあるんですけど」


 俳優は、はっはっはと笑っていたが、まさか、そういう話になると思っていなかったリーダーは顔を引き攣らせる。


 少し前までは、昼ドラのシナリオなんかでありそうなこの事件について、言い方はよくないが、ある種の『エンタメ』として『愛とは何ぞや』とか『男と女とは』みたいな話を語っていたのに……。

 

 「ネットとかでも『怨憎人って、言葉の節々に棘がある』だとか『無意識に見下しが入ってる』だとか言われているの見たことがありま――」


 苦笑いから一転、真顔になる。


 「……あっ、勿論、全員がそうって言ってるわけじゃないですよ?あくまで個人の意見ですので、勘違いされないように」


 ようやく場の空気を察したのか、カメラを見ながら視聴者に向けて言うが、時すでに遅く、この発言は瞬く間に拡散され炎上した。


 『怨憎県の者ですが、いまだにこんなことを言う人がいるんですね』

 『学生の頃、このネタで弄られまくったのが今でもトラウマ』

 『公の場でディスるとか……。もう、ファンやめます』


 『あのアイドルグループの一人って怨憎県の人じゃなかった?カワイソ』

 『県民性がキャラクター化するのなんて、よくあることじゃん?いちいち騒ぐなよ。面倒くさい』


 『そんなだから、怨憎人がって言われるんだと思いますよ』

 『↑そう、他県の外様野郎が申しております。あなたは何県なんですか?』


 『ってか、この真顔になる瞬間、面白すぎ』

 『あっ……、って顔な』


 『正体見たり。前から思っていたけど、目つきが人を見下すソレじゃん?いつかやらかすと思ってた』


 慌てた俳優は、後日、謝罪したが炎上は収まらなかった。

 その後も、過去のセクハラやパワハラ発言が公にされ、芸能界から姿を消した。

 

 そのことを嘆いたファンの一人が仲間を集め、被害者の家に放火すると言う事件が起こる。


 「アンタらの娘が余計なことをしなければ、あの人は今も芸能界に居られたのよ!今度、連ドラにも出る予定だったのに、それを、それを……!!」


 「とばっちりで、怨憎人がって言われることもなかったんだっ!」

 「だいたい、DVされた男性に謝罪はしたんですか?気の毒に……」

 「どういう教育していたんだ!」


 ファンたちは投稿された動画を見て、多くが犯人に感情移入していたそうだ。

 そして被害者である彼女に、激しい嫌悪と憎悪を向けた。

 

 事件の後、娘の両親は何処かに引っ越し家は更地になってしまった。

 

 ◆閑話・とある女子刑務所にて『あの日』の話◆


 お元気ですか?

 風が冷たい季節になりましたね。

 

 こんな日は『あの日』を思い出してしまいます。

 そう、貴方と出会った『あの日』です。


 『あの日』あんな事が無ければ、貴方に会うこともなく、私は一生を終えていたことでしょう。


 きっかけを作ってくれた、あの人達に感謝すると同時に、()()()()()のことを今でも心配しています。


 今日は、『あの日』のことをお話ししたいと思います。


 ◇◇◇


 私は、怨憎(おんぞう)県で生まれ、勉強に厳しい母親の元で育ちました。

 95点以下では、家に入れてくれないような。


 父親は『子供と家のことは妻に任す』といった感じで、私に無関心。

 だから、いい成績を取り、いい大学に入りました。

 

 しかし、両親が相次いで亡くなり、結局は『何処にでもいる普通の会社員』に落ち着きました。


 娯楽も友情も恋も知らぬまま――。


 ある時、同僚の一人が鬱になってしまい会社を辞めました。

 そして、仕事のしわ寄せは全部、私。


 上司に怒鳴られ、鬱屈とした日々を送りながらも、会社を辞めることができないでいました。


 『法律上は――』『そんなに嫌なら――』『辞めないんなら、自業自得』スノドロに愚痴を吐くと、そう言った言葉が返ってきました。


 しかし私は、行動に移せなかったのです。

 母が『辞めなさい』と言えば、すぐにでも辞められたのに。


 母親が決めたことにイエスマンだった私は、仕事も恋愛も、何もかもに芯がありませんでした。


 何年一人暮らしをしても『○○しなさい』そう言ってくれる、誰かがいないと、一人では何もできなくて――。


 就職時は、親戚のおばさんが面倒を見てくれましたが、それ以上は頼れませんでした。だから、ずっとズルズルと――。


 そして、私は辞めた同僚を恨めないでもいました。

 辞めた理由が理由だから。


 妻と、中学生と高校生の娘が二人いるお父さん。

 どこにでもある、普通の家庭。


 でも――。


 「このロべチューバ―が言っている『毒親』に、パパ、すんごく当てはまってんだけど!新しくできた遊園地に連れて行ってくれないし、お小遣いだって少ないし……。ほんっと、毒親!!」


 「はあ、あなたが少し休んでも会社は困りはしないんだから、あの子たちを何処かに連れて行ってやって頂戴よ」


 「……お父さんって、何が楽しくて生きてんの?いっつも疲れた顔してさ」


 「パパって、会社と家を往復しているだけの人生だよね。ああいう人間にはなりたくないなー。クラスにも予備軍みたいなのがチラホラいるけど」


 「絵に描いたような『疲れた中年男』って感じ。正直、視界に入れたくない。ハゲかけだし。最近、ちょっと臭いし。なんてゆーか、マジで『キモい』」


 「本当よ。付き合っていた時は『酒もギャンブルもしないし、ご両親も亡くなっているから同居しなくてもいいし、そこそこのルックスだからいいかな』って思ったんだけどね」


 『家に帰ると、いつもこんな感じで。……だから、会社が早く終わっても、終電ギリギリまで時間を潰しているんだよ。嫁から貰える小遣いも少ないし。…………娘たちも、俺がいない方が楽しいだろうから』


 一度だけ、ネットカフェでばったりと出会った時、あの人はそう零しました。


 (なんで、そんな人でも結婚できるのに、私はできないの?私だったら、子供が父親にそんなことを言ったら叱るし、夫の味方をするのに……)

 

 そんな怒りと嫉妬の感情が、胸の中でグルグルと回っていました。

 でも結局、私は「そうなんですか……」としか言えなくて――。


 『あの時に、お前がもう少し親身になって聞いてやればよかったのに。あの人のしわ寄せがくるのも仕方のない事……』


 そう、自分に言い聞かせていました。


 でも、怒鳴られる日々で心が摩耗しきっていたある日。

 私は、電車から降りることができずにいました。


 「…………」

 特に意味もなく適当に電車を乗り継いで、覆水(ふくみ)県のとある駅で降りました。


 駅の案内所に、『落葉(らくよう)氏の足跡を辿ろう!』と書かれた、手描き感が凄いチラシがありました。


 『落葉氏』は知っていました。


 かつては怨憎県の会苦(えく)町辺りを治めていた武将で、『滅亡する数年前、覆水にある城に移った』と聞いたことがあったのです。


 カラーで印刷された少しぼけた地図を眺めながら、私は歩き出していました。


 ◇◇◇


 『足跡』と言っても、そんな大層なものではありません。

 城(があったと言われている)場所は、老人ホームになっていましたし。


 後は、『沙羅(さら)姫と双樹(そうじゅ)姫をイメージした姫様パン』というのが、小さなパン屋さんで売られていたくらいです。


 感想は『なーんだ』と言った感じです。

 でも、所々にある古いお屋敷や神社、昭和レトロ感あふれる商店街を見るのは心躍りました。


 最後に落葉飛花(ひばな)の菩提が弔ってある果無(はかな)寺を見て帰ろうと、人気のない公園の前を通った時です。


 「久しぶりの再会なワケだけど、この後、『やっぱり私、お父さん達と暮らしたい!!』……なんて台詞がくるとでも思った?」


 そんな、嘲笑混じりの声が聞こえてきたのは――。


 驚いて視線をやると、中学生くらいの女の子が一人立っていて、少し離れた所に、小学校低学年くらいの男の子を連れた男性が立っていました。


 ただ、手は繋いでいません。

 微妙に距離がありました。


 『離婚して、母方に引き取られた娘と、父と息子』

 瞬時に、そう察しました。


 (これから、どんな話をするんだろう……)

 私は咄嗟に、木の陰に身を隠しました。


 お恥ずかしい話ではありますが、みっともない好奇心が生まれていたのです。


 私の存在に気づくこともなく、彼女は続けました。

 一瞬だけ男の子に視線を送り、「ごめん……」と呟いたような気がします。


 「思った以上にあっさりと離婚したけど、あれって後に引けなくなっただけだよね?それに、自分が下に見ている存在に縋るのなんてみっともないし。ぶっちゃけ、お母さんと私が出て行った時も、『あんな生活能力のない奴ら、すぐに泣いて戻って頭を下げるに決まっている』って、高を括っていたんでしょ!?はっ、ざまぁないね!!」


 男性――父親――は、只々、棒立ちになっていました。


 「もっと、人の多い場所で言ってやっても良かったんだけど、お情けでこんな場所を選んでやったんだ!感謝しろっ!!」


 背中しか見えませんでしたが、きっとポカンとした表情を浮かべていたことでしょう。

 

 「……お母さんが強気になれたのは一瞬だったし、アンタを気遣って話していないだろうから、私が本当のことを言ってやるっ!!もう家族でも何でもない。気を遣う必要なんてないんだから!!」

 

 拳をギュッと握り――。


 「前にアンタが『養豚場の豚の餌を思い出すな』ってせせら笑ったあの『ほうれん草のソテー』はね、『お前も弟の嫁が作るような、上手い料理を作れ。暇な時間はいっぱいあるだろ』って言った、△△さんが作った物なんだよ!!私が頼んで作ってもらったんだ!!あの人の作ったヤツは『見た目も綺麗で美味しいです』って言っていたクセに!!その目と舌は、どーなってんの!?」


 父親は、まんじりとも動きません。

 彼女は、ギラッと睨みながら続けます。


 腹にため込んでいたモノを、一気に吐き出しているように感じました。


 「どうせ、『なんか急にヒステリーを起こしだした』とか思ってんだろ!?こっちは、今までずーーーーーーっと我慢していたんだ!!……アンタ、いっつも『女は感情的だし、それに加えてホルモンだとかアレだとか更年期だとかで直ぐにヒステリーを起こす』って言っていたけど、どれにも当てはまっていないアンタは何よ!?この■■■■っ!!」


 放送禁止用語に、我に返った父親が「おい、お――」と何かを言いかけた時、彼女は近くにあったゴミ箱をガシャンと蹴りました。


 ビクッと、父親の肩が跳ね上がります。

 

 「え、なに?もしかしてビビった?アンタが良くやっていたことだろ?自分はよくて他人は駄目なんだ?へぇー、ふぅーーーーん、そっかぁ。どうせ『ちょっと悪ノリで言ったことを、何、何年も根に持っているんだこいつは?』とか思ってんでしょ?…………ふっざけんなよ!!アンタだって、結婚当初のお母さんの()()を、ネチネチネチネチ持ち出して嗤ってただろうがっ!!!」


 笑ったり睨んだりと忙しい。


 「前に『動物界の男は弱い』『蟷螂(かまきり)は雌に食べられるし、雌に選んでもらう奴の方が多い』って言ってたよね?だからなに?だから、妻の作った料理は捨ててもいいし、怒鳴り散らしても構わないって?普段は眼中にもないくせに、自分の都合のいい時だけは取り上げんのかよ?」


 彼女の口の端が、ひくひくと痙攣しています。


 「……どうせ、何も伝わらないんだろうけど言うよ」


 私は「ふぅ……」と溜息を吐きました。

 話の真偽を確かめようはありませんが、きっと真実なのでしょう。


 「ことあるごとに『これだから――』って私たちを睨んできたけど、お母さんはその中の幾つに当てはまってた?産後の恨みつらみを言った?ママ友とランチ行ったりした?『これだから男は』『仕事だけじゃなく家事もしろ』って言ったことあった?……一度もないだろうが!!頭いいくせに、何でそこがわからないの!?」


 『あの父親の、半分くらいの()()()が同僚にもあれば』と思ってしまいました。


 「アンタ『女は得だ』『ズルい』ってよく言っていたけど、それなら性転換すりゃいいだろうが!!その代わり『文句があるなら子供産むって義務を果たせ』とか『少子化の原因は、女子供の人権が高くなった所為』『女が社会進出する所為』とかアンタみたいな連中に言われることになるからな!?だいたい、アンタが女に生まれていたら、絶対に()()()()()()を言う奴らにくってかかるだろ?容易に想像できるわっ!!」


 彼女は、自分のお腹に手を当てました。


 「……新聞とかテレビ、ネットを見た後のアンタによく聞かされた『少子化の原因』なんて、いっぱいあるだろうけど、私の場合は間違いなくアンタだ!!もう、私にとっての『子供』は『愛する人との愛の結晶』なんてお綺麗なもんじゃない。『嫌いな奴の血が入ってる肉の塊』だ!!ははははははは、だーーーれが、そんなもん作るかよ!!!」

 

 片足で地面を叩き、父親を睨みつけます。

 ふー、ふーと口から漏れる荒い息が、手負いの獣のそれに見えました。


 「だから、私から続く子供も孫もない。可能性はアンタが潰した。どうせ『他責』って言うんだろ?でもな、アンタが他の親戚には使えるような『気遣い』を『少しでも』してくれていたら、こうはならなかったんだっ!!……なんで、『これを言ったら相手は傷つく』って判断できるくせに、家族にはできないの!?あんなに心理学の本を読んでおいて、肝心なところは、……自分にとって都合の悪い部分は見ずに知ったかぶりができるの?」


 ここにきて、私はようやく男の子の肩が震えていることに気が付きました。

 きっと、青ざめた顔をしているに違いがありません。


 「……本当は恋だってしたかったし、将来は結婚して幸せな家庭を築きたいとか考えていた時期もあった。けど、無理。子供の顔を見るたびに、アンタの顔がきっとチラつく。愛せるわけがない。母性本能なんてクソの役にも立たない」


 『鬼』……そんな言葉がピッタリな顔。


 「はぁーあ、でも、結局は子供作ったアンタが勝ちなんだよね。馬っっ鹿みたい!!……これから先、アンケートで『子供欲しくない』って言っても事情を取り上げられることはない。『その他』で終わり。会ったこともない知ったかぶりの連中から『面倒くさがっているだけ』とか『逃げているだけ』とか『自分の時間が惜しいだけ』とか言われ続けるんだ!!傑作だよね」


 そこまで言うと、すっと表情が消えました。

 そして彼女は、息をすぅっと吸い込み――。




 「アンタは、間接的な人殺しだっ!!!!!」




 獣の咆哮のように叫ぶと、彼女はクルリと踵を返し、私がいる場所とは反対方向にある出口へと走り出しました。


 「……った、……やった、……てやった、は、はは。あ、あはは、あははははははははははははははははっ!!言ってやったぞ、ざまぁみろっ!!!」


 そんな声が聞こえてきました。


 ◇◇◇


 私は、果無寺へ行くことも忘れ、気がついたら電車に乗って帰路へとついていました。


 (凄いものを、見てしまった……)

 自分のことでもないのに、心臓がバクバクと五月蠅い。


 (あの男の子、怖いくらいに無表情なお父さんと一緒に帰って行ったけど大丈夫かな?あ、でも、『男の子』だから大丈夫か。……でも、ちょっと心配だなぁ)


 色々と考えましたが、結局は『悩んだところで家も知らないし、外様の自分が何を言ってもな……』という結論に落ち着きました。


 そして、いつもの駅に帰ってきた時、貴方に出会ったのです。


 『一目惚れ』なんてことが私に降りかかるなんて、思ってもみませんでした。

 それまでは、『そんなことありえない』と馬鹿にしていたのに――。


 それからは、自分でも驚くほどの行動力を発揮しました。


 あんなにうだうだと悩んでいた会社を辞め、貴方の住んでいる近くに引っ越し、こっそり部屋に入って盗聴器を仕掛ける。


 『ストーカーなんて下らないことを、よくやるよ』『よく一人の人間にそこまで執着できるもんだな』『ま、私には一生、関係ないけど』そう思っていた頃の私が見たらきっと驚いたことでしょう。


 そして、後に『デルフィニウム殺人』と言われるようになる、あの女とも出会うわけです。


 でも、私は後悔していません。

 むしろ、感謝しています。

 だって――。

 

 誰か一人でも欠けていたら、貴方に出会うことはなかったでしょうから。

 


 

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