悪夢まとめ・2
こちらは現在連載をしております『醜くも綺麗な一瞬』という物語の『悪夢』のみを纏めたもの『2』となっております。
これだけだと、何のことか全くわからない仕様です。
鬱々としていて胸糞な内容ですので、お読みになる際はご注意ください。
悪夢・5⃣『囀る家』
「…………あれ?」
涼多の目の前には、大きな日本家屋が建っていた。
人影は見当たらないが、中からは人の蠢く気配がする。
空は快晴で、吹く風も気持ちがいいのに、何故か息苦しさを感じた。
(花火が終わって、皆で夕食を食べて、晩稲さん達が帰った後、お風呂に入って、布団に入って、それから……)
ここに来るまでの経緯が、まるで思い出せない。
奏から、叶望と夢のことを聞いて、心底安堵しながら布団に潜ったはずだった。
(……もしかして、夢?でも、こんな場所、全然知らないけどな。昔、映画かなんかで見たのかな?)
屋敷の周りには、見事な田園風景が広がっており、少し離れた場所に一回り程小さい、それでも『屋敷』と言えるぐらいの立派な家が幾つかあった。
不思議に思いながらも、背後に人の気配を感じ振り向くと、池のほとりに小学校低学年くらいの男の子がしゃがみ込んでいた。
池には数匹の綺麗な錦鯉が、ユラユラと踊るように泳いでいる。
男の子は特に気にした様子もない。
よく見ると、手に大きな石を持っており、それをゴリゴリと地面に擦りつけていた。
足元には、虫の羽のようなモノが散乱している。
まだ、ぴくぴくと動いているものもあった。
隣に置いてある蓋の空いた虫かごを見るに、どうやら捕まえてきた虫の手足や羽をもいだり潰したりしているようだった。
(うっ、で、でも、子供の頃ってこういう残酷なことする時もあるよね……)
涼多も、蟻の行列に大量の砂をかけたりダンゴムシを踏んだりしたものだ。
ふと出水の顔が頭をかすめたので、心の中で詫びる。
(…………)
何故か、近くに行かなければならない気がして、涼多は男の子に近づいた。
「ねえ、ちょっと」
声をかけてみたが気が付く様子はない。
顔を覗き込んだが、ピントのずれたカメラのようにぼやけている。
唯一、口元だけがはっきりと見えた。
左右が引っ張られたように、ニタリと吊り上がっている。
『死というものがまだ分かっていない子供の純粋な好奇心』そんなモノではなく、もっと残酷な禍々しいなにかを感じ距離をとる。
ぞくっと背筋が粟立つのを感じ、涼多はその場を離れた。
◇◇◇
「…………お邪魔します」
聞こえないとは思いつつ、一言断ってから屋敷にあがる。
(なんでだろう、一刻も早く屋敷から離れたいのに……)
思いとは裏腹に、足は長い廊下を進んでいく。
暫くすると、大広間に出た。
昔の映画に出てきそうな『由緒正しい』広間だった。
中では大勢の人間が、ビールを飲んだり料理を食べたりしているのだが、先ほどと同じで口元以外はぼやけている。
皆、酒が回っているのか、かなり上機嫌だ。
「いや~、久しぶりに会ったけど、お宅の○○ちゃん綺麗になったねー」
「ありがとうございます」
「こっちのなんて、俺に似ちゃってねー。横にも伸びちゃったし」
「ちょっと、やめてよ」
「なんだよ~、事実なんだから仕方がないだろー」
「……」
「あ、怒っちゃった?悪い悪い」
「…………」
「▲▲とこのお子さん、××大学の医学部ですって」
「凄いわねー、家と大違い」
「何言ってんの、□□君、運動神経抜群の自慢の息子じゃないの」
「抜群じゃないわよー。この子、体育祭の時リレーのアンカーだったんだけど、漫画みたいに滑ってこけたんだから。恥ずかしかったわ」
「ちょっ、そんな大声で言うなって」
「本当のことなんだから、仕方ないでしょ?」
「へー、お宅の嫁さん、疲れて帰って来た旦那に対してそんなこと言うの?ま、うちも似たようなもんか。結婚したての頃は可愛かったけど、今となっては」
「あら~、お宅の旦那もなの。そうなのよー、帰ってきても文句ばっかりで、ずっと海外出張だったらいいのに。付き合ってた頃は、良かったのよねー」
「この間も、デパートに買い物に行ったら、長いのなんの。帽子を買いに来ただけなのに、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、もうへとへとで……」
「ウチんとこもそうだ。たかだか三日の旅行に『引っ越すのか?』ってツッコミたくなるくらいの大荷物で。行きも帰りも、旅行の間も運転は俺任せだし。そのくせ運転に文句つけてくるし……」
「……よく言うわよ。『あれは持ってきてないのか?』『何でもって来てないんだ?』『ちゃんと用意しとけ』ってグチグチ言うから、色々持ってったのに」
「ねー。買い物だってそうよ。自分の興味がある場所には、長々と居座るくせに。私の時は『帽子なんざどれも同じだろ』で済ますくせに」
あーあ、やだやだ……
何とも言えない気持ちになっていると、足は隣の部屋へと向かった。
八畳ほどの部屋に、中学生くらいの子供が数人集まっている。
「うっざ」
スマホをいじりながら一人が言った。
「丸聞こえなんですけど~。○○お姉ちゃんと□□お兄ちゃん、かっわいそー。あんなの、家族じゃなかったら訴えられかねないよねぇ……」
「『家族』って他人に言ったら『○○ハラ』になることでも平気なんだよ」
「家族『だから』ね。でも、子から親へは駄目だけど」
もう一人が、溜息を吐く。
「……少子化ってさ、本当にお金だけの問題だと思う?」
「いんや、思わない」
「あんなん見たらさ、結婚なんて家族なんてってなるよ」
「親には内緒だけど、俺で末代は終わらせようかって思ってる。父さんも母さんも、外では仲いいけど、関係冷え切ってるし。それ見ちゃうとな」
「もし、匿名調査のアンケートみたいなのとられた時、それ言う?」
「いや、万が一にでもテレビで取り上げられて、著名な人の目に留まってみろよ。待ってました!とばかりに叩かれるぞ」
「やいのやいの言われる未来しか見えん」
「それでなくても、『ロべチューバ―』がいる。『最近の若者に多い、非常識な思考回路!』みたいなサムネでさ。『最近の若者は~』って語るんだよな」
「文句言われても、『多い』って言っただけで『全て』とは言ってない!って逃げるんだよね。それ言っとけば何言ってもいいのかよって感じ!」
「でも、反論すると『あー、若い奴がムキになってる(笑)』って感じで、まともに話を聞こうとしないんだよね。頭凝り固まってるから」
「その癖、『自分の家族は別』って謎に考えてそう」
「結局、『お金』が一番、無難になっちゃうんだよねー」
「まあ、皆が皆そうじゃないんだろうけど……」
それぞれが思っていることを口にする。
「……」
聞いているのがしんどくなってきた頃、足は次の部屋へと向かった。
階段を上がり、旅館の一室のような部屋に入る。
一組の男女が、声を潜めながら言い争っていた。
「私、二度とこないからね、こんな時代に取り残されたような場所。だいたい、あんな家柄だけの、下品で喧しい人たちと同じ空気だって吸いたくないのに……」
「そう言わないでくれよ。親戚づきあいってのは、お前が思っている以上に大事なんだ。……その、こんな田舎までついてきてくれたことは感謝してるよ」
尖り声と、弱弱しい声が交差する。
「……でも、親戚連中の集まりに、全く顔を出さないってわけにもいかないだろう?周りの目もあるし、関係性を拗れさせるわけには――」
「呆れた、考えが時代錯誤過ぎるのよ」
「夫婦なんだから、もう少し協力してくれたっていいだろ……!」
「何よ、その上から目線。あなたが親戚の前で恥をかかずに済んだのは、私の父のお陰でしょう?それに、人前では『夫に寄り添う優しい妻』でいてあげてるじゃない。これ以上、何を望むのよ?」
「……っ」
「とにかく、明日になったら、適当に理由付けして私とあの子は帰るわ。あなたは、アレと一緒に帰ってきて。……なんなら二人とも、もう一生帰ってこなくてもいいわよ?その方が、家もスッキリするし」
「お、おい、我が子に向かって――」
「あら?私の時は矢面にも立って下さらなかったのに……」
「………………」
「それに、我が子じゃないわよ、あんなの。アイツの血が濃い存在を、どうして私の子と思わないといけないの?悍ましい」
そこまで言うと、用は済んだとばかりに女性は階段を降りて行った。
残された男性は、その場で膝をつき静かに嗚咽を漏らしている。
格子窓の影が畳に映り、まるで籠の中にいるようだった。
悪夢・6⃣『花言葉 幸福』
「…………また」
どこかの家の薄暗い廊下。
涼多はリビングに繋がっているであろう扉を見つめながら、重い溜息を吐いた。
(何でこんな夢ばかり見るんだろう……?最近は妙にハッキリしているし……)
そんなことを考えている間に、体は自然と動き出し扉をすり抜け中に入る。
窓の外は雪で白くなっており、リビングに置かれたテレビからは『明けましておめでとうございます~』と陽気な声と音楽が流れていた。
テーブルには年賀状と、赤味噌で作ったお雑煮が四つ置かれており、父親らしき人と、中学生と小学校低学年くらいの子供が席についていた。
キッチンには、母親らしき人の姿がある。
顔は、目を除いてぼんやりとしていて分からない。
眺めていると「おい」と低く苛立った声がした。
「何だこれは?」
「何って、その、……お雑煮、です」
母親らしき人物が、小さな声で答える。
「そんなことは分かってる、馬鹿にしてんのか。何で白味噌じゃないのかって聞いてんだ」
「え?だって、三日くらい前に『たまには白味噌じゃなくて、赤味噌がいい』って……」
「言うわけないだろ、そんなことっ!我が家は毎年、白味噌一択だろうが、わけわからんこと言いやがって、馬鹿がっ!!ったく、正月早々、気分が悪い。おい、お前らだけでさっさと食べろっ!」
言われた子供たちは、『寿』と書かれた箸を手に取り、黙々と食べだした。
『食べる』というより『飲み込んでいる』が正しいのかもしれない。
テレビには、初詣で賑わう何処かの神社と、『神様に何をお願いしたんですか~?』とインタビューを受ける人達が映っていた。
「今年一年、平穏無事に過ごせますようにと」
「息子がピアノのコンクールで優勝できますようにと」
「……恋愛成就です」
様々な願い事が流れてくる。
「はっ、神様なんかいるわけねぇだろ。不確かなもんに縋るしか能がない馬鹿どもが、踊らされやがって……」
鼻で笑いながら、テレビの前にあるソファーにドカッと座った。
貧乏ゆすりをし、イラついた様子でスマホを操作する。
そして、リモコンでチャンネルをかえながら、ぶつぶつ独り言を言い出した。
「ったく、どいつもこいつも、つまらんネタで馬鹿笑いしやがって、俺が学生の頃はもっと高度なネタばっかだったのに、低レベルどもが。だいたい、お前らが馬鹿の一つ覚えみたいに『表現の規制』とか言うから、こうなったんだぞっ!!俺達の世界に我が物顔で割り込んできやがってっ!!!」
黙々と、二人は食べ物を口に運んでいる。
「……はっ、何、勝手なこと言ってんだよ馬鹿が。……お前みたいな、他責志向で自己中心的な奴がでしゃばる所為で世の中おかしくなったんだよ、ずっと家の中に引っ込んどけ。わかれよ馬鹿が。本当、お前らはいい時代に生まれたよなぁ?」
「………………ごめんなさい」
食事をしていた下の子が、消え入りそうな声で答えると、上の子が、むっとした目を向けながら肘で軽く腕を小突いた。
数十分後、寝入ってしまったようだ。
鼾だけが、重苦しい場を支配する。
「……テレビ、消してもらってもいい?」
母親に言われ、上の子が急いでリモコンのボタンを押すが、うっかり、別のボタンを押してしまった。
場違いに明るい声が、リビングに響く。
「――はっはっは!新年一発目から笑わせてもらいましたぁ!あ、その話で思い出したんですけど『女心と秋の空』何て言うじゃないですか?この間、ホントそうって思う出来事があ――」
「消せって言ったのっ!!!」
二人の肩がびくっと跳ねる。
静まり返った空間に「……外で、遊んできなさい」と無機質な声がした。
◇◇◇
「……『神様なんていない』ってのは同意だけど」
雪の舞い散る公園で、二人してブランコを漕いでいると上の子が言った。
「『アンタみたいなのがいるから、縋りたくなるんだよ!!』って言いたいよ本当。……ま、言えないけどさ」
下の子は、何も言わずに静かに聞いている。
「前に、あの人が私の好きなアイドルを『低レベルで下らない』って言ったから、生まれて初めて反論したんだけど、一瞬キョトンとした後に眉間にみるみる皺がよっていくのが凄く怖くて、私そこで頭も体も固まっちゃってさ、その間に早口でまくしたてられて、気がついたら『私が悪かったです。ごめんなさい』って言ってたんだ。ダサいよね。……あの人にきた年賀状、見た?」
上の子は、ぶんぶんと首を振る下の子を見つめながら、「はっ」と笑う。
そして、ブランコを出鱈目に漕ぎ出した。
首が、ガクンガクンと揺れている。
「『あんなに悪さしてた俺が、今では二児の父親です。家族にすら避けられていた俺を、見捨てないで面倒見てくれたのは、先生だけでした。本当に感謝しています』とか『先生からいただいた、厳しくも優しい励ましの言葉は、今でも私の宝物です!』とか……ははっ、立派だよねぇ、教え子さんから愛されてるよねぇ」
ブランコを漕ぐのをピタッとやめる。
「他にも、弁護士、スポーツの道に進んだ人なんかの年賀状もきていたけどさ、アイツ前に『女が弁護士や裁判官やると情に流されるから■■■だ』とか『女の中で一番になれても、男と一緒に走ったら負ける。所詮は■■■■』とか言っていたんだよ!?……ああいうことを言う人がいるから、ムキになる人もでてきて、結果的に無関係な人たちが巻き込まれていくんだろうね」
空を仰ぎ、母親似の無機質な声を出す。
「……何味噌だろうが、美味しかったじゃない。でも、私たちがそれを言うと『同性だから庇ってる。これだから――』ってなるんだろうね。あっちはよく『俺は事実を言ってるんだ』って怒るくせに、私たちの『事実』は絶対に認めない。それどころか『これだから――』ってねじ伏せようとする』
また、ブランコを漕ぎだした。
「男の教え子だってそう。前に慣れない酒飲んで酔ってたアイツに聞かされたことがあるんだけど、『昔、潔癖症かなんか知らんが、俺が拾ってやったペンを目の前で拭きやがったから、クラス全員の前で叱り飛ばしてやった!』って言っててさ。で、不登校になったんだって。どこまで本当かわからないけど、今だったら大問題だよね。結局は、アイツの『好み』にあった人だけなんだよ。幸せなのは」
首が、ガクンガクンと揺れている。
「それでも、沢山の人が『あの先生に会えて良かった!』って思いながら生きていけるんだよね!陰でどんな風に言われているのかも知らずに。……一番近くにいる私たちはコレだし、追い詰めた人だっているのに。でも、大勢の幸せの為なら、少しの『犠牲』は仕方がないよね?」
首から、ぎちぎちと嫌な音が聞こえた。
「………………馬鹿みたい、馬鹿みたい、馬鹿みたい、馬鹿みたい、馬鹿みたい、馬鹿みたい!!!………私たちって、一体なんなの!?サンドバッグ!?そりゃあ、昔と違って大変なのは察するよ?………力でねじ伏せることが出来なくなって、すぐにハラスメントって言われて、ストレス溜まるだろうねっ!そうだろうねっ!!でも、でもさぁ、……………なんで、私たちには言ってくれないの?」
揺れていた首がコロリと雪の上に落ちた。
雪が、血で真っ赤に染まっていきたちまち大きな染みができる。
下の子は、無言で中心にある首を拾い抱きしめた。
黄色い服の所為か、椿の花のように見える。
「…………本当、ここで取れちゃってたら、よかったのに」
無感情な声で呟くと、呆然としている涼多を見てすっと指をさした。
先には、水色の小さな扉がある。
「次に行きたいのなら、ご自由に」
そう言われ、涼多は金色のドアノブに手を伸ばした。
悪夢・7⃣『着せ替え人形』
扉の先は、何処かの学校の廊下だった。
窓の向こうに知らない町の景色が広がっている。
(……あっ、海が見える)
山に囲まれている後祭町ではまず見れない光景に、気分が高揚する。
暫く眺めていると、お洒落なワンピースを着た、小学校中学年くらいのマスクをつけたデッサン人形が歩いてきた。
涼多が見えている様子もなく、教室の戸をガラリと開け中に入ると、自分の机の前で立ち止まる。
机の上には、絵具が無茶苦茶に塗りたくられ、胸にまち針の刺さった小さな兎のストラップが置かれていて、白兎の被り物をしマスクをつけた数人の生徒がクスクスとデッサン人形を見ていた。
「おはよー。あ、それ▲▲ちゃんがカバンに付けてるヤツだよね?昨日、廊下に落ちてたから置いといたよ。また落ちないように針でとめておいたから」
さも当然と言う風に、一人の少女が言うと「白くて地味だったから、可愛くしておいたよ」ともう一人が続く。
「毎度毎度、よくやるよねー」
「……女子って怖。陰湿だよな」
「そろそろ先生に言う?」
「やめようぜ、えっと『触らぬ神に祟りなし』……であってる?」
離れた席で二人の兎がひそひそと会話をしている。
「……はあ~、こういう事をするから『これだから』って言われるんだよ。それとよく飽きないね」
場がピシッと固まった。
「何?」
「言いたいことがあるなら言えば?こっちは被害者なのに、加害者の■■さんと同じ『女子』って思われたくないもん」
「は?加害者とか大げさなんだけど」
「で、早く言ってよ」
デッサン人形は椅子に腰かけながら先を促す。
「じゃあ、言うけど、▲▲ちゃんってズルいよね。この間、読書感想文と絵画コンクールで最優秀賞とってたけど、▲▲ちゃんの家って、お父さんは小説家でお母さんはイラストレーター、色々と教えてもらっているんでしょ?皆と環境が全然違うじゃん」
態度が癪に障ったのだろう、更に早口で捲し立てた。
「それで賞をとるってさー、どう考えてもズルいよ、言っておくけど、私だけじゃなくて皆言ってるんだからね?」
「そんなの、そっちの才能がないだけでしょ?わたしの所為にしないでよ」
笑っていた生徒達の空気が、ピリッと鋭くなる。
(きっと、泣くのを待っているんだろうなぁ……)
過去の経験から、涼多はそう判断した。
苦い気持ちで見ていると、分厚い本を持っている一人が口を開く。
「やっぱ、ご両親がパクリ作家さんな子供の言うことは、一味違うね。これ、▲▲ちゃんのお母さんの画集だけど、私の知ってるイラストレーターさんと構図が似てるんだよね。はい、証拠写真」
周りに見えるようにスマホを掲げる。
「うわっ、本当だ。マイナーな人だから、バレないって思ってたんだー。……お父さんの小説もそうだよね?前に自慢していたやつ。親戚のおじさんが『六十年代に○○って国で上映された映画と内容がそっくり』って言ってたよ』
「読んでみたけど、話の内容、訳わかんなかった。お父さんも『金の無駄だった。買うんじゃなかったこんなゴミ』って言ってたし」
「よく外を歩けるよね、普通に犯罪だよ?こうやってバレるから、悪い事はしちゃいけないんだね」
「だいたい、▲▲ちゃんの絵も、お母さんの絵と色の塗り方とか似てるじゃん。パクリのパク――」
喋っていた兎の頬がパンッと叩かた。
シーンと静まりかえる。
暫くすると兎が大声で泣き出し「何逆ギレしてんのよ!?」と周りにいた兎たちが喚きたてた。
それを無視して、先程、こちらを見てひそひそ話をしていた兎達を見る。
「××君の持っているレアカードを盗むのは『陰湿』じゃないの?」
「えっ!?」
離れた場所に座っていた兎が立ち上がった。
「あれ、お前らが盗ったの!?」
「い、いや、ちょっと借りただけだって……」
「そうそう。黙っていたのは謝るけどさ……」
「ふっざけんなよ!!!」
兎が二人に掴みかかる。
「あのさー、▲▲ちゃんは下らないことを言う前に謝りなよっ!!」
「どうして?悪いのはそっちでしょ?叩かれるようなことを言うから」
「……っ!!ほんっと、性格悪いね!自己中!!ワガママ女!!!」
「痛っ!髪の毛引っ張らないでよ!!」
あっちでもこっちでも、乱闘騒ぎが始まった。
騒ぎを聞きつけた先生が入って来て、デッサン人形は別室へと連れていかれ、その後、両親と思われる兎たちと一緒に帰路へとつく。
「全く、どうしてうちの子が怒られなければならないんだ?そもそも、あんな民度の低い連中に俺の高尚な小説の何が分かるって言うんだ、下らない。▲▲、パパとママの為に怒ってくれてありがとう。はぁ、最近は、すぐパクリパクリって騒ぐ奴らばっかりで嫌になるよ。いや、俺なんかは、まだいい方かな……」
「……私と一緒に専門学校で学んでいた人達も何人か鬱になって、漫画や絵を描くのをやめちゃったわ。絵や話の内容の苦情ならまだいいんだけど、誹謗中傷が家族や友人、応援してくれている人にまで及んだ人もいて、反論したら『自己責任』『こっちが悪いみたいな言い方すんな。○ねよ』『これが被害者ビジネスか』『メンヘラ』『自分ならコレをバネに頑張ります。あなたの心が弱いだけです』『じゃあ、描くのやめて別の仕事したら?』『←こんな、メンタル弱弱が職場に来るとか嫌すぎる』『家族や友人はこいつが身内にいたことを恨んでください(笑)』って……」
デッサン人形の頭を優しく撫でながら続ける。
「▲▲、あなたは何も間違っていないわ。でも、これで分かったでしょう?やっぱり、ママたちが決めた学校に入学するのが正しかったのよ」
「うーん、それはそうだな。▲▲が行きたいって言うから仕方なくOKしたけど、パパとママが言った通りろくでもない連中ばっかりだっただろ?大丈夫!次の転校先はママとパパで探すから!!何も心配はいらないよ」
「そうそう、さっ、この話はお終いっ!皆でランチにしましょっ!!」
「そうだな、▲▲、何が食べたい?え?それは駄目だな。んー、それもなー」
「▲▲、どっちのレストランに行きたい?」
グイッとスマホを押し付けられ、しぶしぶと指をさす。
「じゃあ、行こうか!」
晴れた空の下、三人は仲良く歩き出した。
デッサン人形がクルリと涼多を見て告げる。
「今回は、ここでお終い。またね」