悪夢まとめ・1
こちらは現在連載をしております『醜くも綺麗な一瞬』という物語の『悪夢』のみを纏めたもの『1』となっております。
これだけだと、何のことか全くわからない仕様です。
鬱々としていて胸糞な内容ですので、お読みになる際はご注意ください。
悪夢・1⃣
あら、何を持っているの?
賞状……?
○○絵画コンクール▲▲賞?
賞に選ばれたの?
そう。
え?何?それ以外に何か言うことがあるの?
はいはい。わかったわよ。
調べて欲しいんでしょ?調べればいいんでしょう?
ちゃんと口で言えばいいのに、そうやって惨めったらしい目で。
ああ、嫌だ嫌だ。
小学生の部……応募総数328点、500もないのね。
そのうち入賞が30点。
あなた▲▲賞は、最優秀賞、優秀賞……はあ、下から数えた方がいいわね。
最優秀賞の子、あなたよりも年下なのね。
何よその目?事実でしょう?
図書カードか何か貰えたの?ああ、賞状だけ。
だから、何よその目。
私、間違ったこと言った?言ってないでしょう!?
ああ、もうっ!言いたいことがあるんなら言いなさいよ!!
どうせ私が悪いんでしょう!?
私は事実を言っただけなのに、どうして嫌な思いをしなきゃいけないの?
……その察しろって顔、お義母さんそっくりね。本当、イライラする!!
先祖がえりだか何だか知らないけど、何でよりにもよってあの人なのよっ!!!
何でっ!死んでからも私を苦しめるのっ!!?
あんたなんか――
あ、割れちゃった。
お気に入りのティーカップだったのに、うっかり投げちゃった。
あなたが賞状持ってくるから。
私をイライラさせるから。
あなたのせいよ。
ゴミになっちゃった。
賞状よりも、よっぽど価値があるカップだったのに。
そもそも、あなたは絵なんて描いている場合じゃないでしょう?
……もうすぐ先生が来るから着替えなさい。汚れてる。
汚れてない?袖に紅茶がかかってるでしょうが!
そうやって全体を見ようとしないからダメなのよ!!
だから、この間だって……。
どうして分かってくれないの?全部全部全部あなたの為なのに……。
お願い。
これ以上、私を失望させないで。
悪夢・2⃣
あ、帰って来た、テレビ消して。
ニュースのチャンネルにしておいた?なら、いいよ。
……なんか、イラついてるっぽい。
あのさー、今日お腹減ってないから夕飯は……はい、一緒に食べます。
◇◇◇
あー、くそっ!あの屑どもっ!!
俺がどんだけ気を使って授業をしていると思ってんだ!
それなのに、安全な場所からピーピーピーピーとっ!!
は?近所迷惑?知るか!勝手に迷惑がってたらいいだろっ!!!
それとも何か?俺は家でも周りに気を使わないとダメだってのか?
はぁー、誰が養ってやってると思ってんだっ!!
あぁもう、直ぐそうやって反発するなお前はっ!
お前が働かなくてもいいくらいには、稼いでやっているだろっ!!
俺に甲斐性がないって親戚連中に思われたら責任取れんのか?あ?
ヒステリックにキンキン喚くな馬鹿がっ!!
分かったなら、水くらい入れてこい。
お前らも、そうやって俯くなっ!気分が悪いっ!!
◇◇◇
ちっ!最近こんなニュースばっかだな。
お前らみたいなのがいるから、関係ない俺までアイツらから嫌な目で見られんだよっ!
はあ、ニュース以外の番組はクソみたいなのしかねーな……。
明日も馬鹿共に合わせて仕事しなきゃなんねーのに。
低レベルな連中ばっかで嫌になるぜ。
おい、溜息ばっかり吐くなっ!鬱陶しい!!
ったく、どいつもこいつも……。
悪夢・3⃣
▲▲は本当に可愛いな。
▲▲は本当に可愛いわね。
だから、何もしなくていいんだよ。
私たちが全部やってあげるから。
明日の授業に必要な物なら全部用意できているよ。
明日の遠足に必要な物なら全部用意できているわ。
心配だから、様子を見に行こうか。
心配だから、一緒に行こうかしら。
今日は雨が降っているな。風邪をひくといけないから車で学校に行こうか。
今日は日差しが強いわね。肌が焼けるといけないから車で学校に行きましょう。
あの、先生。どうして、うちの子が劇の主役じゃないんですか?
あの、先生。どうして、うちの子をもっと見ていてくれないんですか?
聞きましたよ。あなた今日、うちの子を叱ったそうですね。
あの子、とっても傷ついたんですよ!?可哀そうに。
▲▲、もうあんな学校行かなくていいよ。
立派なのは設備だけだったわ。
もっと、▲▲に相応しい学校を探してあげるからな。
あなたは特別なんだから。
なんたって、俺たちの子供なんだから。
なんたって、私たちの子供ですもの。
……え?この服は嫌?駄目だよそんなの。
……え?この靴は嫌?駄目よそんなの。
じゃあ、この服とこの服ならどっちがいい?
じゃあ、この靴とこの靴ならどっちがいいの?
その服は▲▲には似合わないよ。
その靴は▲▲には似合わないわ。
▲▲は反抗期かな?
悲しいわ……
大丈夫。反抗期なんて一時のことさ。
そうね、またいつもの▲▲に戻ってくれるわよね。
当り前さ。だって俺たちの――。
当り前よね。だって私たちの――。
子供なのだから。
悪夢・4⃣
「兎火君、ちょっとちょっと」
涼多が、果無寺の受付に置くパンフレットの束を持ちながら歩いていると、バイトの先輩が声をかけてきた。
「パンフレットは俺が持っていくから、本堂に行ってもらってもいい?」
「でも、今日のシフトは先に書院に行って、それから一時間後に本堂の案内のはずなんじゃ……」
「他の人達には説明しておくから。その、ちょっと困った拝観者さんが来て困ってるの」
「困った?」
(二回言った……)
先輩は周囲を見回し、拝観者がいないのを確認すると口を開く。
「今、特別公開してる末枯 晩稲作の襖絵あるじゃない?」
「はい」
江戸時代の画家で、かなりマイナーな人物だ。
「あれ見て『これは、末枯派の描く絵じゃない』って言って聞かなくて。で、兎火君、相手してもらってもいい?俺みたいな、おじさんじゃ駄目なんだよ。今日に限って青葉さんはいないし」
先輩は「ったく、こういう時に限って……」と愚痴をこぼす。
『青葉さん』とは、涼多と同時期に入ったバイト仲間だ。
年齢は三十代前半なのだが、おっとりとした童顔の所為か、大学生と言われても納得の見た目をしている。
「こんなこと言うと『差別』って言われちゃうけど、本当は二十代前半くらいの女の子が一番いいんだよね。一人いるけど……」
ちらりと視線を送った先には、トランシーバー片手に仏像前に立っている一人の女性。
「あの子は、ちょっとチャラいじゃない?チャラいっていうか、キツイっていうか。兎火君や青葉さんみたいな『言いやすそう且つ話を聞いてくれる子』がベストなの。お願い」
「これも、社会勉強と思って頑張って。ねっ」
二人の会話を聞いていた年配の女性が、涼多の肩をポンと叩いた。
(ここで断ったら、裏で『これだから、今時の子は~』って言われるし……)
「分かりました……」
「ちょっと」
了承し本堂に向かっていると、バイト仲間の中年の女性に呼び止められる。
「他人相手にどこまで通用するか分からないけど……」
彼女は、そう前置きした後、小声で言った。
「十の質問をされたら、八間違えるといいわ」
「どうしてですか?」
「ああゆう『頭のいい』人はね、今でいうマウントをとりたいの。全部の質問に答えてしまったら、答えに詰まるまで質問攻めにしてくるわ。最終的に屋根の瓦の数まで聞いてくるわよ」
すっと、門の瓦を指差し続ける。
「襖絵なんて関係ない『勝った』って思いたいの。たとえ、親と子ほど年齢が離れていても」
「…………」
「でも、全部間違えると『お前、話聞く気がないだろ』って言われるわ。だから八間違えるの。相手が得意げに笑いながら『そんなことも知らないのか。仕方がない奴だなぁ』って言ったら、あなたの勝ちよ」
どう転んでも、相手から何か言われるのが確定している勝負だ。
いや、そもそも勝負になっていない。
「ごめんなさいね、こんなことしか言えなくて」
「いえ、ありがとうございます」
本堂につくと、襖絵の説明が書かれたパネルの前に、一人の初老の男性が立っていた。
しかめっ面をこちらに向ける。
「随分と、ひょろい奴が来たなぁ」
男性は「ま、家でゲームばかりしている孫よりはマシか」と舌打ちをする。
「この説明にある『末枯派の描いた――』っていうの、まずここから違う。僕は、こういった検定受けてるから、普通の人よりも絵に詳しいんだけど……って、そもそも君、末枯派の絵がどんなのか知ってる?」
「い、いえ、ここの説明文くらいしか、存じ上げません……」
「はっ、やっぱりねぇ~」
そこから四十分ほど話をされたが専門用語が多すぎて余り覚えていない。
ただ『これだから今の世代は、仕方がないなぁ……。もっと勉強しないと』と言いながら、本堂を後にした。
すっきりとした顔で出て行ったので、『勝ち』だったのだろう。
「はあ、ああいう人がいるから、私達の世代が悪く言われるのよね……」
「全くだ。いい気分だったのに台無しだよ」
遠目で様子を見ていた、男性と同年代であろう夫婦が愚痴をこぼしていた。
◇◇◇
次の日、涼多が朝の本堂で準備をしていると、青葉がやって来た。
「昨日は、ごめんなさい。災難だったわね」
「そんな、青葉さんが謝る必要なんてないですよ」
「……ちょっと前まで『これだから、最近の若者は~』だったのに、こういうのって、終わらないものね」
溜息を吐き、安置されている仏像を見つめる。
青葉は「でも、その人にきっと『悪気』や『悪意』はないのよね」と呟く。
「『何も知らない奴に教えを説いてやったんだ。自分は正しいことをしているんだ』って思ってはいるでしょうけど……」
休憩所から、姦しい笑い声が聞こえてくる。
「そういうのが、一番、怖いのかもしれないわね」
笑い声よりもずっと小さな声のはずなのに、嫌にはっきりと耳に届いた。